(その七)無関心過ぎるのも問題です
「――というので、どうでしょうか?」
澄ました顔で天下が訊ねてくる。涼は肩の力が抜けた。
「昼ドラならありえる展開だな」
「現実味には欠けるか」
「私が家族に内緒で隠し子を育てるんだったら、学校側に提出する電話番号も住所も隠し子が現在住んでいる場所にするね。間が抜けている」
天下は口元に手を当てた。しばし思案に暮れて、指を鳴らした。
「じゃあ、こういうのは? 母親は俺を忌み嫌っていて、憎しみが募るあまり存在そのものを抹消してしまった」
「逆に覚えていそうなものだがな。それに、憎むには相応の理由が必要だ」
「興味がないだけだ」
「他人のふりをするのも結構大変じゃないのか? どんなに仲が悪くても興味が欠片もなくても学校側には何事もないように振舞うのが普通だ。大人には体面ってものがあるし現に、君とお父さんはそうしている。でも君の、」
「行かないっていう選択肢もあるよな」
涼の言葉を遮り、天下は承諾書を突き返した。
「そうすりゃ保護者のサインも必要なくなる」
「一人登校して課題プリントをひたすらこなすだけだぞ。もちろん、今まで積み立てた分の返金はない」
「別に構わねえよ。あんたが監督ならな」
二年生を担当する教師はほぼ全員修学旅行に駆り出される。逆を言えば担当以外はほとんど残る羽目になるということだ。どちらにしても面倒だ。
「残念でした。先生は一緒に行きます。君の監督はできません」
虚を突かれたのか天下の顔が間の抜けたものになる。一瞬の出来事にしかし、涼は少なからず優越感を抱いた。喰えない生徒に一矢報いたような気分になる。
「サイン一つのために断念するなんて、もったいないとは思わないのか。私としては君が何食わぬ顔で修学旅行に参加してくれれば文句はない。佐久間先生には私から言っておく。とにかく、サインを貰ってくるなり偽造するなり上手くやれ。得意だろ? そういうの」
どうしても言いたくないのならそれもいい。適当に誤魔化してサインを貰って承諾書を提出すれば済む話だ。天下が何を隠しているのかはわからないが、はぐらかそうとしていることだけは理解できた。なら、これ以上詮索する必要はない。教師といえど複雑な家庭事情に首を突っ込む権利も義務もありはしないのだ。
天下は承諾書の一点を凝視し、やがておもむろに口を開いた。
「先生が抱かせてくれるならいいですよ」
三限の授業開始を告げるチャイムが鳴った。間延びした、いささか力の抜ける音は相変わらず。これで五十分間真面目に勉強しろというのだから、学校も無茶を言う。せめて曲でも流せばモチベーションも変わるだろうに。
つらつらと取りとめのないことを一通り考えてから、涼は改めて訊ねた。
「何だって?」
「抱かせてください。そしたら承諾書のサインもちゃんと貰って来ますし、なんならどうしてそんな奇妙なことになるのか、説明してもいい」