【番外編】恋せよ叔母さん、あっさりと
天下はその双子が苦手だった。
そもそも『双子』に良い思い出がない。小学生の時に見分けがつかないほど似ている双子の片割れと同じクラスになって、何度か面倒な思いをした。中学生の時にはこれまたよく似た双子の妹の方に体育館裏で一方的に想いを告げられて、その返事を間違えて姉に伝えてしまったという笑えないエピソードもある。
その点、二卵性双生児の男女の双子というのは見分けがつく分扱いやすいのかもしれない。
しかしその双子の親が交際相手の兄となれば話は別だ。シスコンの兄となればなおさらだった。
渡辺涼の兄ーー神崎恭一郎には妻の凛子との間に双子がいる。冷静で賢い兄と元気のある妹。性別も顔も性格も異なる双子だった。それだけに扱いにも困った。好奇心旺盛でおしゃべりが大好きな三歳児。下手なことをすればすぐ保護者である恭一郎の耳に入ってしまうのだ。
今日も今日とて『突然入った仕事』だとかで涼は双子の子守を仰せつかった。おかげで二人で絵画展に行くのを延期せざるを得ないーーまず間違いなく、恭一郎の狙いはそこなのだろうが。
妹のデートを邪魔するためには、血の繋がった息子と娘ですら利用する兄がいた。
妹離れをするのはいつなのだろうと、来るかどうかもわからない未来を思いつつ、天下は双子の遊び相手になった。子どもは嫌いではない。弟が二人いることもあるせいか、あしらい方は涼よりも上手いと自負している。
昼過ぎになって、遊び疲れた双子が寝たのを確認してから、別室で天下はゼミのレポートに取りかかった。資料を揃えつつ作業すること小一時間。気づけば午後三時に差し掛かろうとしていた。
リビングの方で話し声が聞こえてきたのもあり、天下は切りのいいところでやめた。
「てんかのイチゴがおおい」
リビングに通じる扉を開けようとした手が止まる。お昼寝から起きた双子は早くも活発に動いている。
「変わらないって」
「ケーキもおおきい」
どうやらおやつに用意したショートケーキのイチゴでもめているようだ。大人の目には同じケーキでも、子ども目には違うように映るらしい。
「ずるい」
「ひーき、ひーき!」
親の教育か、双子は三歳児にしては語彙が豊富だ。
「天下の方が大人なんだから」
「ちがうよ。りょーはてんかのほうがだいじなんだ」
「すきなんだ」
「はあ?」
呆れを多分に含んだ声音で返す涼。しかし双子はこれっぽっちも引き下がらない。挙句、いつものフレーズが飛び出た。
「りょーはてんかとあたしたちとどっちがたいせつなの?」
あ、また始まった。天下は苦笑を禁じえなかった。
お年頃の二人はやたらと比べたがる。生まれた時既にライバルがいて、母親と父親の愛を独占することができなかったためだろうか。何かと比べては少しでも自分を優位に立たせたいのだ。一種の愛情確認でもあるわけだから天下も涼も無碍にはできなかった。かといって無難に「どっちも」と答えようものなら「りょうほうはだめ!」と怒られる。
さて現役教師はこの面倒な質問をどうかわすのか。好奇心が勝って天下は息を潜めた。
「また馬鹿なことを……」
「ばかじゃない!」
「じゅーようじこうです!」
「馬鹿だよ」
涼が深々とため息をついたのが聞こえた。
「そんなの天下に決まってるでしょうが。あんた達なんてその次の次の次くらいだ」
あっさりと。
至極当然のことのように涼は言った。さしもの双子もこれには驚いたのだろう。呆気に取られて動かないのが気配で感じられた。
天下は口に手を当てた。塞いでおかなければ叫び出しそうだった。自分の手のひらがえらく冷たく感じた。たぶん、顔が熱いせいだろう。
双子も悪くないかもしれない。