【番外編】恋せよ青年、何度でも(起)
【あてんしょん】
当拙作最後の番外編(になる予定)です。
全四話を予定しております。
主人公は(一応)天下です。
拙作『清くも正しくも美しくもない』のキャラクターを彷彿とさせる方が登場します。
天下は自宅でテレビにくぎ付けの涼の横顔を見ていた。来年の授業で使う題材『ニュルンベルクのマイスタージンガー』が上映中。天下も何度か横目で見たことがある。ストーリーも名盤も、どこが見所なのかも、涼から聞いた。正確には、言わせたのだ。
天下が音楽に興味がないと思い込んでいる涼は、なかなか自身の仕事の話をしようとしない。ともすれば聞き役に徹しそうな涼に天下から話を振った。ぽつぽつと断片的に語り出した涼ではあったが、だんだんと熱が入り、オペラにまで話が進む頃には子供のように目が輝いていた。が、すぐさま我に返って「悪い」と口にした。天下にはつまらない話だと思ったのだろう。続きを促すと意外そうな顔をした。
「いいの?」
「聞きたい」
あの時言ったことに嘘はない。オペラなんて全然知らないし興味もなかったのは事実。でも知りたいと思った。涼がそんなに夢中になるものを。
大学の四年間で何度も互いの自宅を行き来したものの、なし崩しに同棲にまでは至らなかった。涼の性格を考えれば当然のことだった。だから、天下も正攻法でいった。
就職して三ヶ月後――研修期間も終わって仕事の担当もほぼ定まってきた頃に「一緒に住まねえか?」とさり気ない風を装って切り出した。直球だった。例え断られても、また折を見て話を持ってくるつもりだった。そんな気迫を感じ取ったのか、涼はやや気圧されるように頷いた。
まずはお試し期間。部屋に初めて足を踏み入れた時に涼は言った。本人にすれば憎まれ口のつもりだったのだろうが、天下はまた少し歩み寄れたのだと安堵とも達成感ともつかない感慨に浸った。そのお試し期間も、もうすぐ半年を迎えようとしている。
二学期も終わる。涼も冬休みだ。顧問となった合唱部の練習があるだろうが、それも二、三日程度だと先日天下は知った。そして思った。
年末には実家に顔を出すつもりでいる。その時、涼は一緒に来てくれるだろうか。
舞台では騎士ヴァルターが『歌いそこね』の烙印を押されている真っ最中だった。ザックスの弁護も虚しく彼は失格となってしまう――まだまだ物語は続く。
天下は財布と手帳の入った鞄を手に取った。
「ちょっと出てく。夕方には戻る」
涼は画面から目を離して「いってらっしゃい」と言った。行き先を詳しく聞かないのは無関心かそれとも信頼か。後者だと信じて天下は家を出た。
オペラが終わる頃には帰るつもりだった。