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   (その七)応用次第です

「俺にはわかんねえ。優秀で愛想の良い生徒ならともかく、あんな可愛げのない女のどこがいいんだか」

「顔が整っていて、頭が良くて、スポーツ万能で、愛想も良くて、教師が押し付ける雑用にも嫌な顔一つしない生徒なら、きっと好かれるだろうね」

 鬼島天下のように。暗に言えば本人はそれを察したらしく愁眉を寄せた。

「でも、それは生徒じゃない。不自然だ。苦手教科は多少手を抜いて、夜更かしして授業中に寝る。嫌いな教師はなるべく避けようとする。窮屈な校則はこっそり破って、服装検査の前に慌てて髪を黒染めする。多かれ少なかれ、そういう馬鹿な事を一生懸命やってこその高校生だ」

 天下の言う通り、矢沢遙香は我儘で、傲慢で、気に入らないことがあればすぐキレるような可愛げのない女子高生だ。協力している涼にだって礼の一つも言わない恩知らずだ。

 しかし、我儘で傲慢なのが高校生であり、そういう子供に分別を教えるために学校はあるのだと涼は思う。

 おかしいのは天下の方だ。父親の前でも優等生の顔を崩さない。そのくせ「必要ない」の一言で父親を切り捨てる。それを反抗期と呼ぶには熱がなく、無関心のせいにするには優等生ぶりが徹底していた。

「我儘で、傲慢で、可愛げがない。そんな矢沢さんだからこそ、救われた気になるよ。私も頑固で可愛げのない子供だったから」

 天下に感じていた違和感の正体に、涼はようやく気づいた。彼には、人形のような可愛げがあっても、子供らしさが欠片もなかった。自分とは真逆の存在だったのだ。

 人形が熱を持つのは涼と二人きりでいる時だけだ。それが何を意味しているのかがわからないほど、涼は鈍感ではなかった。だが、その熱を受け入れることはできない。

「今もそうじゃねえか」

 天下は掴んでいた涼の腕を放した。

「全然可愛くねえ。むしろ憎ったらしい」

「君とは対照的だ。昔から私はこうだったよ。変わるつもりもない」

 天下は口をつぐんだ。唇を引き結んで前を向く様は凛々しくもあり、どこか痛々しくもあった。何故、と問いかけたくなる。

 何が楽しくて学校に来ている。何のためにそこまで優等生であろうとする。家族の前でさえ優秀な息子でいるのか。ならばどうして今まで完璧に演じていた優等生面を涼の前ではしない。何故。どうして。

 どうして、自分はこの青年に手を伸ばしたくなるのだろう。

 憐れみに似た感情が湧き上がるのを涼は感じた。思わず手を伸ばして抱きしめてやりたくなる。幾重もの包帯に巻かれたまま放置された彼の傷を曝け出して、触れてみたくなる。

 それが母性なのか、それとも他のものなのかは涼にはわからない。ただ、鬼島天下が求めているのは同情や慰めではないことはわかった。そして涼は、自分が憐憫以上のものを与えてやれないことも悟っていた。

 癒せない以上、天下の傷に触れることは許されなかった。そんな涼にできることは結局、一つでしかない。

「だから私は、優等生の考えていることなんて一生理解できないと思う」

 垣間見た傷から目をそむけて、突き放すだけ、だ。傷が深くなる前に。

 天下の顔から感情が抜け落ちていくのを涼はただ見ていた。

「同感です。俺も先生の考えていることなんてわかりたくもありません」

 平坦な口調で言う天下には、傷ついた少年の面影などどこにも見当たらなかった。行儀悪く机の上に座る姿も、人の悪い笑みを浮かべる唇も、憮然とした顔も、今の天下からは想像ができなかった。今後、そんな彼を目にすることは二度とないのだろう。そう仕向けたのは涼自身だ。

 つまるところ、鬼島天下はどうしようもないくらい優秀生徒で、そして渡辺涼はどうしようもないくらい教師だった。

 それ以外にはなれなかった。


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