【蛇足】恋せよ音楽家、熱烈に(その一)
当番外編は『恋せよ妹、密やかに』の続編にあたります。
・天下は登場しません(予定)
・コメディ(予定)
・主人公は琴音の愛しのお兄様(予定)
以上のことを広いお心でお許しくださる方はお読みください。
それは、紙のように軽い思いつきから始まった。
「ショパンコンクール優勝者の出演料っていくらなんですかね?」
うららかな昼休み。
音楽科準備室で弁当をつつきつつ校内演奏会の打ち合わせ中のことだった。
毎月第一水曜日に行われる校内演奏会は、いわば音楽科の発表会だった。学年ごとに数名が専攻楽器の課題曲を聴衆の前で発表する。最後には毎回、卒業生などを中心にエキストラを一人呼んで一曲か二曲演奏してもらう――という、恒例の行事。それだけに、ここ数回の聴衆の減少は音楽科として憂慮すべきものだった。
「少しだけ盛り上がった時、ありましたよね? 渡辺先生の先輩がいらっしゃった時」
「神崎さんの時ですね」
あれは企画勝ちの面が否めない。
コンクール優勝経験はあるものの、神崎恭一郎自身はさほど高名な歌手ではなかった。彼が優れていたのは、選曲だ。とにかく有名なもの。自分が歌いたい曲ではなく、聴衆が喜ぶ「どこかで聴いたあの曲」をテーマに曲目を組み立てた。そのかいあって、普段の倍近い観客が集まり、アンケートもおおむね好評だった。
「またテーマを決めてやっては?」
「音楽科生に新しい曲を練習する時間的余裕はありません」
文化祭も視野に入れなければならないこの時期。新しい曲を演奏するにはそれだけの練習時間を捻出する必要がある。練習を必要としない簡単な曲を選べばいい、という考えもあるが、では練習を必要としない演奏を聴くためにわざわざ足を運ぶ観客がいるのかどうか、という問題が浮上する。
早くもミーティングが暗礁に乗り上げたその時、百瀬理恵が呟いたのが冒頭の台詞だった。
音楽科主任含む教師一同が沈黙。代表する形で渡辺涼が見解を述べた。
「少なくとも公立高校が払えるような可愛い額ではないかと存じます」
「でも、縁故とか「無理です」
「渡辺先生はたしか、妹さんと「無理です」
「昨日TVでやっていましたよ。一時帰国「絶対無理です!」
頑として突っぱねると、不満げに理恵は唇を尖らせた。
「訊くだけ訊いてみてくださいよ。噂によれば、妹さんには甘いみたいですし」
その妹が一番問題なのだと言ってやりたかった。