(その六)一般論は一般論でしかありません
不機嫌よりも侮蔑と呼ぶのが相応しい。六つも年下の高校生に蔑まれる自分って一体何だろう、と涼はため息を漏らしそうになった。
「普通はしないな」
天下の眉間の皺が深くなる。
「やっぱり好きなんじゃねえか」
「だから、どうしてそうなる。一緒なのは学校を出るまで。その後は二人で勝手にやるさ。私の知ったことじゃない」
ひらひらと手を振って会話の終了を示す。しかし――踵を返した涼の腕が掴まれた。さすが若者。力の加減を知らないようだ。
「おかしいじゃねえか。あんたは生徒と教師の恋愛には反対なんだろ? なんで協力してんだよ。慣れねえことまでして」
天下の目には責める色があった。まるで詰問だ。質問の内容自体は至極もっともなので性質が悪い。
「私が教師だから――じゃ、納得しないんだな? わかった。睨むなって。ただでさえ君は目つきが悪いんだから」
天下は根本的に勘違いをしている。佐久間は正直言ってどうでもいいのだ。先輩だが恩はこの数日で十分以上返したつもりだ。生徒との恋愛が表沙汰になれば懲戒免職は免れない。それを知った上で遥香を受け入れたのだ。責任ぐらい自分で取れるはずだ。
しかし、矢沢遙香は違う。
「他人の恋愛を応援するほど、私は悪趣味じゃない。さっさと別れてくれればいいと思ってるよ。でも、表沙汰になるのはどうしても避けたい。佐久間先生のためではなく、矢沢さんのために」
「先生とあいつ、それほど仲が良かったか?」
「全然。名前だって覚えちゃいなかった」
「じゃあ、なんで」
知っているからだ。高校生の無知と脆さを。そうでなければ、涼が母親に捨てられることはなかった。そもそも生まれなかった。
今となっては推し量るしかないが、母もまた、どうにかなると最初は思っていたのだろう。しかし、できなかった。その挫折の結果が身籠った子供を養護施設に預けることだ。
「生徒はみんな可愛いものだ」
「見え透いた嘘吐くな。ンなわけがねえ」
おそらくそのことを一番よく理解しているであろう優等生が吐き捨てた。教師達の覚えがいい天下だからこそ、十分過ぎるほどにわかっていた。
好かれるためには条件がある。人によって程度の差はあっても満たすべき基準は必ず存在した。鬼島天下という生徒が慕われているのも単に、周囲の人間の持つ「良い生徒」もしくは「良い友人」の条件を満たしているからに過ぎない。
逆を言えば、条件を満たさなければ受け入れられない、ということだ。
「そうだよ。嘘だ。高校生だからってみんな無条件で愛せるはずがない。どうしても気に食わない生徒だっているし、どうしても可愛く思えてしまう生徒だっている。教師にできることはそれを公的な場には持ち込まないことだけだ。そして私の場合は、矢沢遙香がえこ贔屓したくなる生徒に当たる」