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   (その五)安請け合いは控えましょう

 職員室へ顔を出したが、佐久間の姿は見当たらなかった。三者面談だろう。そろそろ終わる時間のはずだ。涼は二年一組の教室へと向かった。

 遙香は人目のつく場所で佐久間と約束を取り付けてほしいようだったが、涼にその気は全くなかった。何が悲しゅうてこれみよがしにデートの相談なんぞをしなければならないのだ。

 教室前の廊下に置かれたイス二つは空席。本日最後の生徒の三者面談が中で行われているのだろう。涼は壁に背中を預けた。

 三者面談。授業参観。保護者会。体育祭。文化祭。親が子の通う学校に行く機会は多くもないが少なくもない。その度に不貞腐れた幼い自分を思い出し、涼は苦笑した。今思えば可愛げのない子供だった。

 ほどなくして教室の前方の扉が開く。涼は無意識に背を壁から離し――息を呑んだ。

 歳は四十を過ぎているだろうか。鋭い双眸に苦み走った顔といい、真一文字に引き締まった口元といい、鬼島天下がそのまま歳を重ねたようだった。その心象を裏付けるように天下本人が後から続く。

「失礼いたします」

 親子二人揃って教室内の佐久間に向って一礼。天下より低くて渋みのある声だ。扉を閉めて振り返る。そこでようやく天下は涼に気づいたようで、軽く目を見開いた。が、動揺はすぐさま打ち消された。代わりに優等生の笑みが浮かぶ。

「奇遇ですね、先生」

「本当に」

 つられるように涼もまた口端をつり上げた。父親の前でさえ優等生の仮面を被る天下に対する皮肉を込めて。

「鬼島君のお父様でいらっしゃいますか? 似てますね」

 軽く会釈して涼は教室に入った。天下の視線を遮るように扉を締め切る。資料を片づけていた佐久間が顔を上げた。

「どうなされたんですか?」

「今日の放課後、お時間ありますか」

「職員会議が終われば、後は特に」

 それは好都合。いや、涼にとっては不都合だ。

「ちょっとお茶でもいかがですか。学校関係者がいない隣町あたりで」

 何もそこまで驚かなくてもと涼が思うくらいに、佐久間は面食らった。まるで信じられないものを見るような目だ。

 涼は声を発さずに口だけで紡いだ。

 や・ざ・わ。

 意図を察した佐久間は慌てて何度も頷いた。

「はい、喜んで」

「用はそれだけです。では」

 そそくさと涼は退室した。今度は器楽室へ。いつから自分は佐久間と遙香の伝書鳩になったのだろうか。釈然としない涼が中央廊下を曲がろうとしたその折、背後から張りのある声で「先生」と呼ばれた。

「お父上殿はどうした」

「帰った」

「一緒に帰ったらどうだ? 貴重なコミュニケーションの機会じゃないか」

 天下は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「必要ねえよ」

 冷たい以前の態度だ。感情を切り捨てたように天下は素っ気なかった。

「そんなことよりも、あれは一体どういうことだ」

「あれって?」

「デートの約束を職場でするもんなのか、先生って」


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