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   (その七)挑むか従うかは選べます

 思いもよらない反論に天下は口を閉ざした。が、納得はしていない。それどころか剣呑さが増した。

「まさか佐久間と同じ轍踏む気じゃねえだろうな」

「君がそれを言うか」

「俺は立場をわきまえろって言ってんだ」

 馬鹿か、と一笑に付そうとしたが、涼は深くため息をつくことしかできなかった。

 天下の誤解を訂正する気も起きない。

 彼の胡乱な眼差しは大学生時代を思い起こさせた。あの時もそうだった。『カルメン』のドン・ホセ役に恭一郎が、そしてカルメン役に自分が選ばれた時も。

 適性で選ばれたはずだった。涼と恭一郎が非常に親しい間柄だから揃って主役に選ばれたわけじゃない。だが、周りはそうは思わなかった。

 一度持たれた疑惑は拭いようがない。いくら説明しても返ってくるのは奇異か蔑視の目だけ。それが当然なのだ。

 何故なら、当人達がどういうつもりなのかは、他人の知ったことではないからだ。

「私は、少なくとも佐久間先生よりはわきまえているつもりだけど?」

「俺はそうは思えねえ」

 すかさず天下は否定した。

「石川だってそうだ。あんたが上原や神崎さんを特別視してることに文句言ってる」

「私は聞いた覚えはない」

 香織は直樹に関しては触れていなかった。

「直接言うわけねえだろ。クラスで陰口叩いてんだ。だが問題はそこじゃねえ。あんたの二人に対する態度は、少なくとも端から見た俺と石川には特別待遇に見えんだ。他の連中だってそう思うだろうな」

 そもそも誤解ではないのかもしれない。

 ある時は外部の男性、ある時は生徒と親しくする。自分のやっていることは、他人から見たら──天下に言わせれば、誰が見ても教師にあるまじき態度なのだ。非があるのは誤解を招くような態度を取った涼自身であって、誤解をして責め立てる他人に非はない。それが涼の知るこの社会の常識だった。家族でもない男性と親密な関係を築いた自分が悪いのだ。

「なあ、説明しろよ。何があったんだ」

 釈明の間違いじゃないのか。

 涼は笑い出しそうになった。言いたい放題言った挙げ句に説明を要求する天下がおかしくて、腹立たしかった。

 説明したら理解してくれるのか。黙って好きにさせてくれるのか。謂われのない誹謗中傷を受けずに済むのか。

 そんなことは、これまで一度たりともなかった。

「君には関係ない」

「……何、言ってんだ」

「関係ないよ」

 明らかに動揺を示した天下に、涼は真っ正面から相対した。溢れそうになる悔しさだとか胸を締めつけるような切なさは無理やり押し込んだ。

 気を緩めたら、きっと立っていられなくなる。教師としての体面すら忘れて、何もかも喋ってしまう。

 恭一郎に対してはともかく、間違いなく自分は、上原直樹に目をかけている。だが、授業中は他の生徒と平等に扱った。特別褒めたり、優遇した覚えはない。ただ休み時間に準備室に訪れる直樹の相手をしているだけだ。無碍にはできない。どうしても。

 一生徒である前に、彼は涼の弟だった。

 半分しか血の繋がりのない上に、自分は流産したはずの姉だ。生まれなかったことにされた姉が、何も知らない弟に名乗れるはずもない。

 正体を明かさないかわりに、涼は直樹を邪険にしなかった。それが『特別扱い』というのなら認めよう。否定はしない。

 だが、天下が統に優しくするのとどれほどの差があるのか。何故自分は責められ、弁明しなければならないのか。姉が弟と休憩時間に二人で話をした。ただ、それだけの理由で。

(馬鹿馬鹿しい)

 望むべくもない理解を求める程、涼は幼くなかった。絶対とまではいかないが、わかり合えないことだって世の中にはたくさんある。今回もまた、その一つに過ぎないのだ。

(大したことじゃない)


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