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SHR(その二) 寄り道はいけません 

 とりあえず不届き者二人を床に正座させ、スタンウェイの無事を確認した。外傷はない。ただ、白い粉と手の脂で少々、汚されていた。清潔な布で丁寧に拭き取り、今度こそ鍵をしっかり閉める。ついでに椅子も拭いてから、涼は二人の前に立ちはだかった。

「どういうことだか説明していただきましょうか、佐久間先生」

 半眼で見下ろす。ちょうど佐久間の目の位置に涼の太ももがくるが、構いはしない。動きやすいスラックスを穿いている。

「先生は悪くありません!」

 女子生徒──矢沢遙香が立ち上がった。

「私たち、真剣なんです。教師とか生徒とかなんて関係ないんです」

「あのね、矢沢さん。私が聞きたいのはそういう未成年の主張じゃなくて」

「だいたい、教師と生徒が恋愛して何がいけないんですか? 誰にも迷惑かけてないじゃないですか」

 思いっきり迷惑かけられているんですけど、私。

 朱が差した頬をひっぱたきたい衝動を抑えて、涼は口を開いた。

「校長、理事長、PTA会長──私にどれを呼んでほしい? 同じことをお三方の前で言いなさい」

 突き放したように言えば、佐久間は血相を変えた。

「り……渡辺先生、このことはどうか内密に、していただけないでしょうか。矢沢はまだ高二ですし……」

 その十六歳の女子高生と見境もなく恋愛した教師の言う台詞ではなかった。涼は深くため息をついた。身勝手カップルにも程がある。

「お二人とも勘違いしているようだけど、私は教師が生徒と恋愛しようがこっそり煙草吸おうが個人の自由だと思ってる」

 鑑賞室の床一面に敷かれた絨毯。毛足の長いそれを涼は軽く足で払った。

「ただね、世間様はそうは思っていない。未成年は煙草を吸ってはいけないし、教師と生徒の恋愛は望ましくないと考えている。それは、二人とも重々わかっているはずだ」

「でも好きなんです!」

 遙香は眉をつり上げた。

「この恋を捨てることなんて出来ません」

 好き。その二文字が全てを正当化する大義名分かのように振りかざす遙香に、涼は冷たい視線を送った。禁断の恋だの聞こえのいい言葉に酔っている女子高生に通じるとは思えなかったが。

「矢沢さん、君は佐久間先生との恋を大切にしたいわけだ」

「そうです。遊び半分じゃありません」

「愛を育むためにバレる危険を冒してまで校内で二人きりになる必要があるのかな? 私には矛盾しているように思えるよ。二人っきりになりたいのなら、地元を少し離れた駅で落ち合えばいい。相応しい場所が他にもあるだろう。少なくともここはカップルがいちゃつく部屋でもなければ、このピアノは恋愛の小道具でもない」

 押し黙った佐久間に厳しく言い放つ。

「佐久間先生、鑑賞室のスペアキーを勝手に使わないでください。それは緊急用です。あなたたちの恋愛用ではありません」

「だって、どうしても会いたかったんです。教室で顔を合わせてもただの教師と生徒のふり……その辛さが先生にわかりますか?」

 涙ぐみながら遙香は言う。悲壮感溢れさせているつもりなのだろうが全くお門違いの責めをしている。それを承知で二人は交際しているのではないのか。

「二人っきりになりたいからなる。スペアキーがあったから鑑賞室を使う。それは恋愛ごっこと言われても仕方ない。あなたたちがやっていることは、煙草が吸いたいから学校で吸って、バレたら『禁煙の苦しさがわかりますか』と訴えているようなものだ」

 とうとう遙香は手で顔を覆った。これ見よがしに泣き出した教え子に、佐久間は戸惑いを隠せない模様。しかし涼を見る目には責めの色がある。何もそこまで言わなくても。完全に自分のことを棚に上げた態度だ。

 関わるのも阿呆らしくなった涼は鍵を上着のポケットに入れた。

「見なかったことにします。後はご自分で決めてください」

 それなりに尊敬してたのになあ。落胆を振り切るように涼は鑑賞室を後にした。

 学校では一番歳が近い先生だ。一年半前の新任時には何かと良くしてもらった。

(でもまあ、これで借りは返したってことで)

 一人納得し、涼は忘れることにした。


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