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   (その三)気になる人は気になるのです


 文化祭も終わり、あとは大学受験に向けてひたすら勉強。教師達の希望を余所に、生徒達に際立った変化はなかった。単語帳を広げる割合が増えてきた程度で、いつもと大して変わらない光景だった。授業の合間に、雑談に興じる同級生の女子達も珍しくない。進路のこと、家庭のこと、彼氏のこと、話題には事欠かない。が、普段ならば聞き逃すような雑音をしかし、天下の耳はとらえた。

「ねえ、あれ……例の先生じゃない?」

 単語帳から視線を外して見やれば、女子数人が窓の外を指差していた。

「誰だっけ? 音楽科の」

「リョウ先生」

 スズだ、馬鹿。天下は胸中で訂正した。口にすればそれこそ「何故知っている」だの痛い腹を探られかねない。

「へえー、なんか怖そう」

 怖いかどうかはわからないが、容赦ないのは確かだ。

「いかにも音楽科って感じだよね。授業も難しかったって、みんな言ってた。普通科なんかじゃ、音楽はわかりませんよねって言わんばかりだったみたい」

 その『みんな』って、どこのどいつらだ。言ってみろ。どれだけ苦労して授業の準備しているかも知らないで。

「えー、やっぱ嫌な先生だね」

 評価する前に音楽の授業受けてみろ。てめえで授業やってみろ。何も知らないくせに好き勝手言ってんじゃねえ。罵倒と化した悪態は辛うじて、天下の胸中に止まる。

(今時いるかよ、授業のリハーサルまでしてる教師)

 視線は再び単語帳へ。危惧した通り、内容は全く頭に入らない。

 文化祭以来、渡辺涼の噂が時折耳に入るようになった。曰く、気に入った男には甘い教師。文化祭に彼氏を連れていた。

 その「彼氏」が神崎恭一郎を指しているのは明白だ。だから余計に天下は気に入らなかった。そして一年の上原直樹はお気に入りの生徒、らしい。香織が同級生とそんな話をしていたのも聞いたことがあった。実に不愉快だった。

 こっちの気も知らないで他の男とよろしくやる涼にも、懐いている直樹にも、なんか上手いポジションを獲得している恭一郎にも、それにいちいち反応してしまう自分にも。

(いい加減にしろ……っ!)

 男がそんな簡単に惚れた女を忘れられるか。そりゃあ一度「顔も見せない」と約束した以上、可能な限り努力はする所存だが。涙を呑んで全力で渡辺涼を避ける所存ですが! 世の中には不慮の事故というものが少なからず存在するもので、会いたくなくても顔を合わせてしまう場合だってあるわけで。始末が悪いことに、久しぶりなので余計に可愛く見えたりするのだ。

(……で、なんでよりにもよって他の男といちゃこらしてる所ばっか見せつけられなきゃなんねーんだよ)

 そしてこの噂だ。自分への嫌がらせとしか思えなかった。忘れようとしても忘れられない。むしろ逆をいく。

「誰か俺を埋めてくれ」

「は?」

 独り言を聞きつけた亮介が、顔を覗き込んでくる。

「大丈夫か、お前。勉強のし過ぎじゃねえのか?」

 天下は首を横に振った。勉強のし過ぎでも大丈夫でもなかった。


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