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   (その七)でも妹限定なのです。

「だから言ったじゃないか。立ち位置を決めておけと」

 恭一郎は呆れた口調で言った。

「直樹君がこの学校に通う以上、こうなることだって予想できたはずだ。いくら高校生とはいえ未成年なんだから親が干渉する余地は多分にある」

 涼は無言で校舎に身を預けた。事前に忠告されていた手前、面目次第もない。結局、恭一郎の危惧した通りになった。

「予想はしてたよ」

 公立高校では珍しい管弦楽団。音楽に携わる者なら興味を示して当然だった。ましてや、息子の通う高校だ。行かない理由はなかった。ばったり顔を合わせてしまう可能性だって考えなかったわけじゃない。

「来るんじゃないか、とは思ってた。直樹から私のことを聞いて、真偽を確かめに来るかもしれない。あるいは、何も知らずにやって来るかもしれない。色々、考えてたよ。それでも私は大丈夫だとも思っていた」

 涼は額に手を当てた。えもいわれない敗北感が胸を占める。

「予想外だったのは、自分の方だった」

 千夏と顔を合わせても自分は揺るがないという考えが、そもそも大きく外れていたのだ。顔を合わせるどころか、いざ訪れるかもしれない状況になったら脱兎の如く逃げ出した。

 覚悟が足らなかった。つまりは、そういうことなのだろう。千夏と向き合い、素知らぬ顔をして挨拶をする。直樹には何も気付かせないように。簡単だと思っていたことの、なんと困難なことか。

「私が、甘かった」

 嫌悪を抱きながらも笑みを湛えて受付嬢に挨拶した『彼女』には遠く及ばない。涼はラムネの瓶を花壇の角に置き、その隣に腰かけた。見上げた恭一郎は物言いたげにしながらも口を噤んでいた。

「渡辺涼と上原直樹は、どんなふうに見えた?」

「いくら親しげでも、事情を知らなければ教師と生徒で通る程度の距離は保っていると思う。でも僕の目には君が彼の姉に映った」

「鬼島天下とは?」

「教師に迫る血迷った生徒と、迷惑顔な教師、とでも言ってほしいのかい? 君が彼に追いつめられていなかったら、さすがの僕でも口を挟まなかったよ。できればこれっきりにしてほしいね。妹の色恋沙汰にまで干渉する格好悪い兄にはなりたくない」

「じゃあ」涼は顔を伏せた「渡辺涼と、神崎恭一郎だったら?」

 恭一郎の顔なんか見れやしない。くだらない質問だった。もしも仮に涼が同じようなことを訊かれたら、幼稚と断じていただろう。しかし、幼稚でくだらない質問に、恭一郎は真面目に答えた。

「どうだろう。先輩と後輩、幼馴染、友人、どれでも間違いじゃない」

「でも、兄妹には見えないだろうね」

「そうだね」

 自虐的な台詞を恭一郎はあっさり肯定した。

 別段、涼は傷ついたりしなかった。恭一郎が冷たいわけではない。世間一般的に、違う血を引いて戸籍上の繋がりのない男女は、友人か恋人にしかなりえない。ただ、それだけのことだった。

 不意に、恭一郎の手が涼の肩に置かれた。宥めるように軽く二、三叩く。

「不思議だねえ」

 しみじみと呟く恭一郎の傍らで、涼は目を細めた。本物の家族になれなくても、と思った。世間一般的におかしな部類に入ってもいい。恭一郎が自分のことを妹として見、家族だと思ってくれているのなら、それで良かった。

 大切に思う人がいる。大切に思ってくれる人がいる。周囲に理解されなくても確かにいる。ぬるま湯のような曖昧な関係だとしても、それだけで涼には十分だった。

 他のものなんか、きっと必要ない。


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