(その四)順風満帆なのです
わたあめの販売が曲がりなりにも許可された翌々日、文化祭は予定通り行われた。多少の混乱は毎年のこと。特に大きなトラブルもなく、一般公開日を迎える。
その昼過ぎ、担当クラスもない涼はもともと少ない仕事の大半を終え、残すは合唱部のステージ発表と後片付けのみとなっていた。つまり、時間を持て余していた。とりあえず図書委員会主催の古本市に顔を出し、中庭の吹奏楽が盛り上がっているのを二階窓から眺め、恵理に店番を押し付けられたりと適当に過ごす。そして昼頃になってようやく、涼は一年三組の『縁日』を思い出した。わたあめ。折衷案が通ったと聞いたが、その後はいかに。
焚き付けた手前、涼は様子を見に行くことにした。パンフレットを片手にたどり着いた教室棟の三階。笛と太鼓の音をBGMに、はたして一年三組は盛況していた。
お客の大半は近隣の親子だろう。スーパーボールすくいは特に小学生以下の男の子には人気だった。昔懐かしのラムネに駄菓子の販売。接客をする女子生徒の中には浴衣を着ている者もいて、本格的だった。
そして肝心のわたあめは教室の窓際で売られていた。衛生問題なぞなんのその。色鮮やかなビニールの中に手を突っ込み、わたあめを食べる子供の姿もあった。一学年主任が目撃したら、わたあめ自体が来年から禁止されそうな、のどかな光景だった。
「先生」
教室の奥からラムネを片手に直樹が寄ってきた。
「なんかホント、色々ありがとうございました」
「礼なら、責任を持つ桜井先生に言うといい。私は口を挟んだだけだ」
できたてと思しきわたあめ数袋を抱えた男子生徒が横切る。さすがに教室でのわたあめ製造は認められなかった。その代わりに調理室の使用許可が下りたのだ。運搬に人数を割かれるというデメリットはあるものの、衛生管理の行き届いた家庭科調理室ならば主任の言う衛生問題はクリアできる。
「でも先生が助言してくださったから、わたあめも──あの、音源まで貸してくださって、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げたのは文化祭実行委員の杉本だった。
「それは、こっちの主任に伝えておくよ」
校内で祭囃子のCDなんぞを持っているのは、音楽科主任ぐらいだった。普通科とは違って良くも悪くも大らかな主任は二つ返事で貸してくれた。聞けば、去年も縁日をやる際に使用したらしい。
「もしこれ、良かったら、どうぞ」
礼のつもりなのか直樹はラムネを涼に差し出した。氷水につけていたのだろう。水も滴る冷えたラムネにはどこか懐かしさを覚える。涼は素直に受け取って、財布を取り出した。
「気持ちはありがたく受け取っておく」
二百円を直樹の手に乗せる。ご馳走になるわけにはいかなかった。年上の大人として、教師として──そして、姉として。




