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   (その六)犬猿の仲なのです



 涼は部活仲間と談笑する直樹を盗み見た――つもりだったのだが、視線に気づいた直樹が、一瞬だけ怪訝な顔をし、次に無邪気に手を振った。思わず上げかけた腕を涼は慌てて下ろした。軽く会釈し、やり過ごす。

 たったそれだけの動作にも目ざとい琴音は反応した。

「担当の生徒?」

「いや、合唱部の生徒」

 それだけでは逆に不自然かと思い、涼は適当に親しげな理由を付け足した。

「普通科だけど歌に興味があって、合唱部に。『カルメン』が好きみたいなんだ」

 他意は全くなかったのだが、失言だったようだ。つり上がる眉に反比例して琴音の機嫌が急降下。

「男で『カルメン』? それは趣味が悪いことで」

 心当たりがあるだけにあえて触れずにいたのだが、避けては通れないようだ。わざわざ自分からその話題を持ち出した琴音の心情を、涼は正確に汲み取った。

「……先日、そっちにお邪魔したんだって?」

「ええ。呼ばれてもいないくせにいらっしゃいましたよ、お宅のお兄さん」

 卒業生だからな。帰国ついでに顔を出したりはするだろう、普通。そしてちょうどオペラ研究会が練習していると耳にすれば、OBである恭一郎が足を運ぶのも至極当然のことのように思えた。

「先週、またイタリアに戻ったよ」

「日本と海外の往復頻度が多過ぎない? 金があるからって生半可な覚悟で留学するんじゃないわよ」

 毒づく琴音の実家は大層な金持ちだ。恭一郎とは比べものにならないくらいの。しかし、同じ金持ちだからこそ腹立たしいのかもしれない。

「行くからには向こうに骨をうずめるくらいの気概を持つべきね。失敗したら日本に戻ればいい、なんて甘いのよ。そう思うでしょ?」

 金持ちドングリで背比べされても答えようがなかった。涼に言わせれば、留学したり大学院に進めた時点でどちらも親のスネに感謝しろ、だ。

 この様子だと秋にまた帰国することは教えない方が良さそうだ。

「あれ? 鬼島くん」

 明後日の方向に行きかけていた思考が引き戻される。涼は血の気が引いた。

 会場から出て行く人の流れの中に、天下の姿を認める。学生服はともかく、男子高校生が一人。明らかに不自然だった。

 最悪なことに、その浮いた学生も涼の姿を認めて立ち止まった。いきなり歩み寄ってこないだけの分別はあるらしい。こちらの様子を伺い、琴音に軽く会釈。

 軽々しく手を振り返した琴音の頭を、涼はパンフレットではたいた。

「なによ、嫉妬?」

「一人で言ってなさい。あと、よろしく」

 解散宣言はした。それぞれ家路につく生徒達を見送り、涼は図書館を天下に指し示した。察しがいいのはこういう時にありがたい。天下は人の流れから外れて、遠回りに図書館の方へと向かった。


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