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   (その四)面と向かっては言えないのです


「旅に出ます。探さないでください」

 テーブルの置き手紙に涼は苦笑した。案の定手紙の裏には「土曜の昼には帰ります。お土産は期待しないように」との追伸。

 どうやら彼女は金曜の定期公演には来られないらしい。寂しさを覚えるのは事実だが、仕方のないことだった。大学の定期公演会で一曲歌うことを彼女に何気なく話したのは数日前。その時既に今回の出張は決まっていたのだ。来てほしいと、言えるはずもなかった。母親でも家族でもないのに、それでも大学に通わせてくれる彼女に。

 涼は置き手紙をカレンダーに留めた。土曜には奮発してマカダミアナッツでも買っておこうか。二人でお酒を飲んで、出張と定期公演の慰労会をするのも悪くない。

 そのためにはまず練習だ。定期公演の報告を笑顔でできるように。涼は鞄を肩に掛けて、大学へ向かった。






 涼は壁の時計を盗み見た。十一時四十二分。そろそろ到着している頃だ。

 焦燥感をなだめるために深く息を吸って吐く。大丈夫。最寄り駅からはバスを乗るように伝えたし、バス停までの地図だって渡しておいた。何かあったら連絡が来るはず──果たして、有事の際に自分まで連絡は届くのだろうか。

「先生?」

 涼は我に返った。いかん。今は授業中だ。怪訝な顔をする生徒達に向かって「すみません。ちょっと考え事してました」と詫びて再開した。

 とはいえ、残り時間は僅か。区切りもいいので涼は連絡事項を伝えて締めることにした。来週に歌の小テストを行うので今まで習った曲の中から好きなのを選んでおくこと。再来週以降は音楽作品鑑賞をする予定であること。それと、授業とは関係ない宣伝が一つ。

「今日の放課後、第二音楽室で校内演奏会を行います。興味がある方はどなたでもご来場ください」

 一応返事はするものの、実際に聴きに来る生徒は皆無と言っていい。仕方のないことだと涼は思っている。所詮、音楽科生徒の発表会だし、当然流行りの曲ではなくクラシックが演奏される。ショパンやラフマニノフを好む普通科高校生というのは滅多にいない。目玉ゲストうんぬんの問題ではないのだ。会の目的は客寄せではないのだから、いくら音楽科教師が考えようと意味がなかった。

 しかし、今回に限っては興味を持った生徒が若干名。

「渡辺先生は歌わないんですか?」

 チャイムも鳴って解散後に教卓へ寄ってきたのは直樹だった。質問の意図がわからず首を傾げる涼に「校内演奏会で」と言葉を付け足す。

「音楽科生徒主催の演奏会ですから」

「あれ? 百瀬先生が今日は歌うって言ってましたけど」

 直樹の後ろで、一人いそいそと帰り支度をしていた統が足を止めた。何故そこで反応する? 二人分の視線を浴びた涼は何だかいたたまれなくなった。

「頭数が足りない場合は、たまに歌いますけど。基本的には生徒とゲストしか出演はしません。教師はあくまでも裏方です」

「でも今回は歌うんですよね?」

 目を輝かせる直樹。嘘をついてまで隠すようなことでもないので、涼はおざなりに肯定した。妙な気恥ずかしさが胸を占める。

「合唱部の練習も休みだし、聴きにいこうかな」

 無邪気な直樹は懐かしい記憶を呼び覚ませた。数年前のことのはずなのに、ずいぶん昔のことのように思える。

(そういえば)

 涼は上着のポケットに手を突っ込んだ。授業中、うんともすんとも言わなかったケータイ。着信履歴もなかった。

(どこをほっつき歩いているんだか)

 涼が一抹の不安を覚えた頃、見計らったかのようにケータイが震えた。


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