(その二)でないと流されてしまいます
熱しやすく冷めやすい。若者特有の傾向は三年一組の生徒達にも当てはまった。翌日になれば球技大会など話題にも上らない。興味は引退試合、そして受験や進路へと戻る。
(あ、やべ)
教室の掲示板に貼られた予定表を確認し、天下は眉を寄せた。
三年生全員が対象の三者面談。鬼島天下の名は火曜日の15時からの時間枠に記入されていた。その日、父は出張のはずだ。面談には出席できない。母なら──考えるだけ無駄だ。安易な思いつきに天下は自嘲の笑みを浮かべた。
「亮太、おまえ火曜日空いてっか?」
「その日は部活。無理」
英単語帳をぱらぱらめくっていた亮太は首を傾げた。
「火曜にやってねえ部活ってあったか? 帰宅部の連中に当たれよ」
たしかに、その方が効率的だ。天下は廊下側で談笑している男子生徒達に目を向けた。さっさと代わってもらおう。足を踏み出しかけた天下の前に香織が現れる。
「私、代わろうか?」
願ってもない申し出は非常に魅力的ではあった。ともすれば頷きそうになるのを天下は辛うじて堪えた。どうしても警戒心が先行する。同級生で貸し借りもないが、こと香織に対しては厚意に甘えることはできなかった。
「天下」
返答に窮した折に割り込む声。天下は弾かれたように振り返った。普段の三割増しの笑顔の矢沢遙香がそこにいた。三年になってから彼女が話しかけてきたのは初めてかもしれない。例のキス事件以来、気まずさが残って互いに避けていた。
そんな経緯などさっぱり水に流したかのように、あるいは最初からなかったかのように遙香は胡散臭い程親しげに訊ねてきた。
「大切な話があるの。ちょっといい?」
何故呼び捨て? しかも下の名前。違和感を覚えたのは天下一人だけではなかった。割り込まれた側の香織も目を瞬く。
「……え?」
亮太はポカンと口を開けた。遙香を指差し天下に向かって、
「お前まさか」
「ンなわけねえ」
「そうよ。邪魔しないでね」
天下の声を遮って遙香は堂々と宣言した。
「行きましょう」
「ちょ、ちょっと矢沢さん」
「ごめんね。こっち優先事項。後にして」
香織は適当にあしらい、有無を言わせず天下の腕を取る。それでもなお止めようとする香織に向かって、遙香は高圧的に言い放った。
「三度目はないと思って、私は、邪魔しないでと言ったの」
どこかで聞いた台詞だった。そういえば今週はまだ声すら聞いてないな。今日は月曜だから当然と言えば当然だが。会えるあてもない。
色々思案に暮れている間に天下は連行されて教室の外へ。廊下では好奇の眼差しを注がれながら角を曲がり、屋上に続く階段を上らされる。完全に遙香のペースに乗せられる中、天下は考えを改めた。勘違いしていた。涼が意志薄弱なのではない。
(こいつに勢いがあり過ぎるんだ)




