(選手交代)ルール上は問題ありません
亮太は半眼で訊ねた。
「お前さ、やる気あんのか?」
あるに決まってんだろ。こちとら三十分走り通しだ。ゴールを決めたのは三回。放ったシュートは数知れず。間違いなくチームの勝利に貢献した功労者だ。少しは称えやがれ。
反論の言葉は声にならなかった。
「圧勝してどうすんだよ。次の試合でゆるーく負けてウノする予定だったのに、満身創痍になりやがって、だっせえ」
うるせえ。年下に負ける方がよっぽど屈辱じゃねえか。それも、あの上原直樹率いる連中なんぞに。
開いた口からは「ひゅう」という掠れた吐息が漏れる。天下は校庭の隅でぐったりと座り込んだ。額に張り付いた前髪を払う余裕もない。「おい、大丈夫かよ」と肩を叩くクラスメートに応じる気力もない。
「一年相手に大人げねえなあ」
亮太の辛辣な言葉に反論する余地もなかった。たしかに大人げなかったし、ダサかったし、今現在自分は満身創痍だ。だが、それでも負けたくはなかったのだ。どうしても。
先ほどのサッカーの試合、前半はナメてかかっていたので結構苦戦を強いられた。思いの外一年三組にはサッカー経験者が多かったのもあり、ほとんど攻められっ放し。辛うじて天下がゴールを守っていたものの、放たれたシュートの数は相当なものだった。
負けるかもしれない、と天下は思った。多少悔しい気持ちもあったが、所詮球技大会だしウノかトランプやって残りの時間潰せばいいや、と高を括ってもいた。
が、後半開始直後に事件は起きた。
果敢に攻めていた一年三組の上原直樹が放ったシュートを、あわやのところで天下が受け止めたのだ。本日何度目かのファインプレー。そのおかげで散々攻められていながら、決定打を打たせない。対戦相手である直樹らが疎ましく思うのも無理はない。しかし、だ。
――しつこいなあ。
という言葉は許せるものではなかった。ぼやきと舌打ちを耳にした途端、天下の中で何かが弾けた。
その後はもう、自棄だ。
自軍のゴールを捨てて特攻をかまし、皆が呆気に取られている間にあっさりゴールを決めた。その後も相手のボールを止めたらそのままドリブルでひたすら攻め込んだ。
突如豹変したゴールキーパにチームメイトはもとより、一年三組は浮足立つ。その間も天下は捨て身の特攻を繰り返し、アシスト含めて四点をもぎ取って、勝った。戦略も技術もない、実にみっともない試合だった。まず次は通用しない。
敗因が『相手のキーパーが職務放棄して攻めてきたから』では消化不良なのも当然だ。上原直樹も納得がいかない顔をしていた。
「……まあ次の試合は軽くいこうぜ」
気を取り直すように亮太は言った。
「で、次はどこだ?」
「三年二組。さっき勝ってた」
天下は腕の中に顔を埋めて「あー」と呻いた。何故ここで三年二組。よりにもよって佐久間が担任のクラス。あの、諸悪の根元野郎が率いる連中。各人に恨みはなくとも叩きのめす動機としてはそれだけで十分だ。
もはや腹を括るしかなかった。ここで負けたら男が廃る。天下は立ち上がった。
「勝つぞ、次」
「ウノは!?」
悲鳴に似た声を上げる亮太を余所に、にわかサッカーチームは作戦会議を始めた。




