(編成変更)ごくたまに的中する場合もあります
空は快晴。風は穏やか。
「かったりい」
絶好の球技大会日和に早くも亮太は文句を垂れた。ジャージを着、グラウンドに出て、準備体操を始めたこの期に及んで何を、と思わなくもないが、天下は黙ってサッカーボールを蹴り上げた。見よう見まねのリフティング。サッカー部員とは比べようもない出来だが、素人にしてはまずまずだ。テンポ良く跳ねるボールを亮太はふてくされた顔で睨みつける。
「こんな炎天下の中で白黒の玉を追いかけて、蹴って何が楽しいんだよ。マジありえねえ」
「じゃあキーパーやるか?」
天下は脇に置いていた手袋を差し出した。所詮ジャンケンで決めたポジションだ。当人達の同意があれば勝手に変更したとしても問題はない。
「駆けずり回る必要はなくなるぞ」
「その代わりボールがドカスカ飛んでくんじゃねーか。一体誰がサッカーなんて原始的で野蛮な競技を考えたんだ。信じられん。高校生に推奨するものか、これが」
「ワールドカップを徹夜でテレビ観戦してた野郎にだけは言われたくねえな」
天下はなおも不満を言う亮太を余所に、校庭を見渡した。
初戦の相手は一年三組。弟のクラスと対戦ということにやや気まずさを覚えながらも、天下の意識はパス練習をする上原直樹へ向かう。
グラウンドの中央でクラスメートと談笑しながらボールを蹴る姿は無邪気なものだ。良く言えば年相応。悪く言えばガキだ。他人の気も知らないで。
「……敵じゃねえ」
「そりゃあ、相手は一年だしな」
独り言に追随したのは亮太だった。おまけに「ウノは三回戦までお預けだな」などと残念そうに付け足す。
思惑はたがえども、その点に関しては天下も同感だ。負ける気はない。相手はたかが一年のガキだ。
敵を見据える天下の袖を亮太が引っ張った。
「女バスは勝ったみたいだな」
顎でしゃくる先は体育館入口前。クラスメートの女子が歓声を上げて跳ねたり、抱き合ったりしている。一回戦の対戦相手は一年十組だったはず。一年でしかも音楽科──バスケット部員なんぞ一人もいないであろうクラスに勝ったところで何が凄いのかはわからなかったが、当の本人達は観客共々喜んでいた。
と、その輪の中にいた香織が天下達の方を向いた。はにかみ、親指を立てる。
亮太は軽く手を振って香織に応じた。
「罪な奴め」
「何がだ」
小突いてくる肘を天下は押し返した。
「気付いてるくせに何言ってやがる」
意地の悪い笑みを浮かべる亮太。面白がっているのは明白だ。最近香織に対してやたらと愛想が良いと思っていたら、案の定。
天下は投げやりに言った。足下に転がるボールの上に片足を置く。
「どうしろっつーんだよ」
人に比べて聡い方であると自負している。確証はなくとも思い当たる節はいくらでもあった。そもそも傍にいる亮太が気付いて当の本人である自分が気付かないわけがない。
だが、決定的なものがなかった。だから天下としては何事もないように無関心を貫くしかない。白黒はっきりしろと、香織に促すこともできない。
何故なら、天下には応じることができないからだ。理不尽と言わば言え。こればかりはどうしようもなかった。
「お? 例の元・弓道部員じゃんか」
ようやく直樹の存在に気づいた亮太が声を上げる。体育館の方を向いたまま。
(……体育館?)
校庭のど真ん中を陣取っていた奴が何故。天下は顔を上げた。
直樹は統と一緒にいた。そこまでは良かった。弟の交友関係にまで口を出すつもりはない。問題はなかった。二人して仲良く歩く先に、体育館──の入り口付近で音楽科と思しき女子生徒と話す涼がいなければ。
まさか。天下の危惧は的中した。直樹と統は躊躇うこともなく涼の元へ向かうと何やら話しかけた。他の生徒や教師らが見ている前で、堂々と、談笑し始めたのだ。
しかも、それだけでは終わらなかった。体育館から出てきた矢沢遙香がこれまた涼に寄ってきて、こともあろうに二人っきりで校舎へ。体育館に阻まれ姿が見えなくなる。
天下は舌打ちした。遙香が人目をはばかって涼に相談することといえば思い当たる節は一つしかない。
(あんのバカップルが……っ!)
今度は一体どんな厄介事を持ってきたのか。悪びれもせず涼に頼る遙香に対しても、また性懲りもなくのこのこついていく涼に対しても天下は腹を立てた。
「これ、頼む」
ボールと手袋を亮太に押し付け、天下は駆け出した。
「は? なに、鬼島? おい!」
「試合前には戻る」
本当にしょうもない連中だ。そこでいちいち首を突っ込んでしまう自分も、また。




