(作戦会議)嫌いな人だっているのです
「コンクールが近いんです」
今週では三人目。例の学校行事が本格的に近づいてから七人目となる『相談』は、音楽科職員室の応接スペースにて行われていた。
「バスケなんかして、突き指でもしたらどうするんですか? 一日でもピアノ練習をサボったら、遅れを取り戻すのに何週間もかかるっていうのに」
またしても一年十組――音楽科の女子生徒だ。本人は正当で深刻な悩みを打ち明けているつもりなのだろうが、毎年毎年同じ『相談』を受けている教師側としては苦笑を禁じ得ない。それは百瀬理恵も同じらしく、
「じゃあ、サッカーにしたらどう? キーパー以外なら手を使わないし」
と、にっこり笑顔で適当なアドバイスを授けた。途端、不機嫌になる悩める女子生徒。
「そういう問題じゃないんです」
じゃあどういう問題なんだ。
指摘する代わりに涼は布の切れ端に綿を詰めた。自身の机で応接スペースに背を向けてひたすら内職。糸で結ぶ手つきもだいぶ様になってきた。
「ここは音楽科のある学校ですよね? だったらコンクール前の生徒は免除にするとかの配慮があってもいいと思うんですけど」
「球技大会はちょっと難しいわねえ」
「おかしいですよ。コンクールで結果、残せなくてもいいんですか? 球技大会なんて三回もあるんですから、一回くらい休んだっていいじゃないですか」
ショパンコンクールじゃあるまいし、大概の国内コンクールは年に一回だ。高校生の間に三回チャンスがある。球技大会と条件は同じだ。
いくら説明しても納得はしない。どの生徒でも同じことだ。同様に、教師側の返答も変わることがない。
「私に何を言っても無駄よ。学校全体で決めたことだから、音楽科だけ不参加なんて認められません」
恵理が穏やかにだがはっきりと突っぱねたのと、涼が目を書き終えたのはほぼ同時だった。可愛いとは形容できないが、まあ悪くない出来だ。糸を結んでぶら下げるとますますそれらしくなる。効能は全く期待できないだろうが。
反論を与える暇を与えず、恵理は合唱部のパートリーダーに呼ばれて退室。
取り残される格好となった音楽科一年の女子生徒は何を思ったのか、我関せずを決め込んでいた涼に救いを求めるような視線を寄こしてきた。
「渡辺先生はどう思います。球技大会って、なんか横暴じゃありません?」
「反対賛成以前に、私には馴染みの薄い行事だよ。団体競技はあまり得意じゃないし、担当クラスもないから応援しようと思うチームもない」
少し、突き放し過ぎたか。涼はイスを回して、身体ごと女子生徒の方へ向けた。
「好きか嫌いかを問われたら、好きではないと答えるね。でも、一教師や生徒の好き嫌いで左右されるような行事じゃないと思うよ。こんな音楽科準備室の隅っこで不満たらたら言っている暇があるなら、もっと生産性のあることをするべきだ」
「学校に脅迫文を送りつけてやるとか、ですか?」
「個性的なアイディアだね。でもバレた時のリスクが大きい。もっと未成年らしく、穏やかで笑って済ませられる程度の事にしておいた方がいい。いざとなったら体育の成績を捨てるつもりで休めば解決することなのだから」
完成した手のひらサイズの人形を譲る。
「個人的にオススメなのは、これ」
突如渡された『それ』の扱いに困る女子生徒に涼は説明した。
「当日雨が降ればサッカーは卓球に変更だ。本格的にやっているならまだしも、大抵の女子生徒は温泉卓球レベルだ。怪我する可能性は格段に低くなる」
「……で、これを逆さまに吊るすわけですか」
胡乱な眼差しを注いで一言。子供騙しもいいところではあるが、安っぽい造りの人形を見ている内に女子生徒も思うところがあったのだろう。ムキになっていたのが馬鹿馬鹿しいと思ったのかも知れない。何にせよ、先ほどよりも余裕が生まれたのは事実だ。
「変なてるてる坊主」
妙にキリッとした顔つきのてるてる坊主は頼りなく揺れていた。
「ただ、一つ忠告するのなら」
どんなに生意気でも生徒は可愛かった。特に、同じ音楽という分野に足を踏み入れた生徒となれば、説教臭くもなる。
「見学も休むのも君の自由だ。でも、君の無関心を周りに撒き散らすのはやめておいた方がいい。たかが球技大会でもそれなりに真剣に、それなりに楽しくやろうとしている子だっている。それに水を差すような真似はしちゃ駄目だ」
「マナーを守れってことですか?」
「平和な学校生活を送るための知恵だよ。君だってピアノコンクールを馬鹿にされたら腹立たしいし、他の出場者にやる気なかったら頑張っている自分が阿呆らしくなるだろ?」
「いいえ、むしろ嬉しいです」
女子生徒は悪戯っぽく微笑んだ。
「だって、皆やる気がなかったら優勝は私だもの」




