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   (その八)意外に繊細なのです



 美幸の言う「ご相談」とは、つまるところ生徒の進路相談だった。

 彼女の担当クラス──一年三組の上原直樹。名前に覚えがあるのは芸術科目で音楽を選択していたからだ。少なくとも音楽の授業は、真面目に受けていたと記憶している。特筆すべきことのない、良くも悪くも普通の男子生徒だ。

「その上原がどうかしたのですか?」

 返答の代わりに美幸は涼の前にプリントを差し出した。進路希望アンケート。高校入学早々に志望大学を決めろという、なんとも理不尽なプリントだった。とはいえ、学校側もさほどこの回答に期待はしていない。所詮、高校生になって浮かれ気分最高潮の学生の世迷い言だ。ゴールデンウイーク明けに行う三者面談の参考になれば儲けもの。その程度のアンケートだったはずだ。深く受け止める必要はない。

 たとえ、希望職種の欄に「ボーカル」と記入されていようと。

「どう思われますか?」

「男子高校生にしては綺麗ですね」

「そうですね」

 美幸はにこりともせずに同意した。

「しかし字の達筆さはこの際関係ありません。書道ではないので。上原直樹が渡辺先生と似た癖を持っていようがさしたる意味を持たないのです」

 なるほど。言われてみれば、字が全体的に固く、几帳面な印象を受ける。自分と同じだ。ああ見えて実はかなり気難しい学生なのだろうか。

「問題は内容です」

「悪魔と書くよりはまともな回答かと」

「茶化さないでください」

 美幸はため息をついた。早くも涼に頼んだことを後悔している顔だった。

「担任としては諸手を上げて応援できる進路ではない、ということです」

「応援できなくとも、邪魔をしなければそれで良いのでは? 夢を語るのは勝手です。高校に入ったばかりなのですし、何でもできそうな気になることだってあります。情熱だけで突っ走る、賢くない期間を経て知恵と分別を身に付けるものだと私は考えますが」

「入学早々の実力試験を白紙で出されてもですか?」

 三年も教師をやっていれば白紙回答なんて何度かは遭遇する。珍しいことではない。が、厄介なことではあった。特に、学校生活や将来になんらかの不満を抱き始める二、三年生ならまだしも、入学早々というのは前例がない。

「なかなか大胆な生徒ですね」

 他人事のように呑気なコメントをすれば、美幸は唇を尖らせた。が、話が進まないと判断したのかあえて咎めはしなかった。

「要するに意趣返しなんです。ボーカルの夢を理解してくれない親へのあてつけで」

「なら話は簡単です」

 涼は進路希望アンケートを美幸に差し戻した。

「彼の親に報告すれば桜井先生の仕事は終わり──」

 途端、美幸はまるで異星人を見るかのような眼差しを涼に向けた。我が耳を疑うと言いたいのだろう。目は口ほどにものを言った。

「上原直樹は別に、学校に対して不満を持っているのではないんですよね? 彼はあくまでも親の無理解を責めたいのであって、桜井先生を困らせたいわけではない。これは親子間で解決すべき問題かと」

「問題を抱えた生徒を導いてこそ、教師だと思いますが?」

 ご立派なことだ。言い訳めいた自分の台詞とは雲泥の差がある。その理想論をご自分一人で成し遂げてくだされば、文句はないのに。

「それで渡辺先生にお願いがあるのです」

 ああやっぱりそうなるのね。涼は内心で力無く笑う他なかった。


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