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   (その三)お構いなく、は社交辞令です

 涙目で頭を押さえる琴音と、せんべいをかじっている天下は一様にキョトンとした。

「「何って……」」

 これまた二人揃って困惑気味に顔を見合わせる。

「初めてのお宅訪問」

「その付き添い」

 涼は怒る気さえ湧かなくなった。堂々巡りだ。元より、一対二では分が悪い。

「先生、大丈夫か?」

 頭痛の種に心配され、あまつさえ肩を軽く叩かれる。いつになく馴れ馴れしい仕草に対しても、曲がりなりにも一度約束してしまった手前、涼は文句を言えなかった。

「で、結局昨日はどうしたんだ」

「約束通り帰った。いたのは二、三時間くらいだが食事もしたし、思い出話もした。それなりに親睦は深めたんじゃねえのか?」

 やや投げやりに言ってから、天下は何気なく付け足した。

「毎週日曜は向こうに泊まることになった。月曜の朝は自主練してっから」

 涼は軽く目を見張った。学校に徒歩で通える距離に位置する実家から通った方が便利なのは間違いない。合理的で非常に天下らしい『名目』と言えた。全く交流のなかった三年を思えば、画期的な進歩であることに変わりはない。

「それは、」

 良かったな。

 反射的に口にしかけた言葉が止まった。果たしてこれは天下にとって良いことなのか、涼には判断がつかなかった。天下は気ままな一人暮らしをそれなりに楽しんでいるようにも見えた。もともと自立心のある生徒だ。ある程度ならば自分の面倒を自分でみることのできる人間ならば、家族との同棲なんて煩わしいだけなのかも知れない。

「……お疲れ様」

「大したことねえよ」

 天下はせんべいのかけらを口の中に放り込んだ。咀嚼すること僅か。不意に、思いついたように言った。

「一年の音楽の授業は月曜だったよな?」

「月曜の三、四限だ」

「ん。ならいい」

 天下はこくんと頷いた。どことなく満足げな表情だった。

「それがどうかしたか?」

「いや、別に」

 明らかに何かありそうな様子を感じ取っていても、本人に否定されてしまえばそれ以上の追及はできなかった。傍から生温かい視線を送ってくる琴音に不快感を覚えていても、だ。

「どうせなら今日も家族団欒すればいいものを」

「冗談だろ。息が詰まる」

 煩わしそうに首の後ろに手をやる天下。その態度も涼の気に障った。

「猫かぶりはお得意だろ? 似非優等生」

 言ってしまってから険があると思った。いきなり押し掛けられたことを差し引いても今のは失言だった。天下が軽く目を見張り、勝手に音楽雑誌を読んでいた琴音も顔を上げる。涼は二人と顔を合わせることができなかった。

 いつになく神経質になっている自分を涼は自覚した。その原因が本当にしょうもないことであることも。我ながら理不尽だ。よりにもよって何も知らない、無関係な天下に八つ当たりするなんて。

「得意ですよ」

 軽く笑みさえ含んで天下は涼の顔を覗き込んできた。

「でも落ち着かねえんだ。先生と一緒の時とは違って」

 大人顔負けの穏やかな表情を浮かべる天下に、涼は途方に暮れた。これではまるで自分が駄々をこねているみたいではないか。事実、子供なのは涼の方なのだが。

「はい、涼の負けー」

「だからなんで勝負になっているんだ」

 琴音の手から音楽雑誌を取り上げて、涼は立ち上がった。

「昼飯、もう食べた?」

 半ば自棄気味に訊ねれば、目に見えて天下は顔を輝かせた。どこが大人だ。まだまだ子供じゃないか。

「私、鯖寿司がいいな」

「一人で銀座でも行ってなさい」

 唇を尖らせる琴音は無視して、台所へ立つ。スパゲッティなら茹でるだけでいい。軽食程度で十分だと判断し、鍋に水を入れた。

 やけに――そう、非常に嬉しそうに待つ天下の方はなるべく見ないようにした。


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