【番外編】恋せよ大人、それなりに(そのいち)
アンケート一位『そういえば修学旅行はどうなった?』
大変大変大変遅くなりましたが、更新を開始致します。とはいえ、カタツムリ更新ですので気長にお待ちくださいませ。
二日目までは良かったのだ。
初日は他学科とは別行動で異人館の見学。西洋文化を掠めただけで音楽にどう影響を及ぼすことができるのかは甚だ疑問だが、普通科と別行動という点に於いては万々歳だった。二日目の有名テーマパークの見学だって、まあ悪くはなかった。学校行事特有の制約をかいくぐり、生徒たちは思い思いに(班行動など無視して)楽しんでいるように見えた。
そして迎えた三日目は、古の都を班別に見学。涼は緊急要員として宿泊先のホテルに待機していた。はぐれたとしても日本語圏内、高校生ならばケータイで連絡を取り合うなり、道行く人に訊ねるなり対処の仕様はいくらでもあった。普通科の女子生徒が一人、気分が悪くなったとかでホテルで休んだ件以外特にトラブルもなく、つつがなく終了。ホテルで食事を取り、班ごとに割り振った部屋の鍵を渡せば、あとは十時に点呼を取るだけだった。そう、ここまでは良かったのだ。
不穏な空気を感じ取ったのは食事中だった。普通科の教師陣がどうもよそよそしい、というより怪しかった。始終こちらを伺っては忍び笑いを漏らす。
涼は箸を揃えて戻した。隣で茶をすすっていた百瀬恵理に何の気なしに訊ねる。
「百瀬先生、何かあったんですかね?」
「え!?」
大仰なリアクション。恵理は激しく首を横に振った。
「いえ何でもありません何にもありません! ええ本当にっ!」
涼は目を眇めた。絶対何かある。が、生徒たちもいる手前、事を荒立てるのは好ましくない。
「先に部屋行きます。二〇九号室ですよね?」
「え、あ……はい」
追及は後にしよう。涼は席を立って部屋に向かった。
しかし、この時既に手遅れだったのだ。
涼はだだっ広い部屋の玄関で立ち尽くした。部屋番号を確認。二〇九号室。渡された鍵と同じだ。だからここは、涼と恵理が泊まる部屋のはずである。
「なんで?」
と、ベッドの上でくつろいでいた矢沢遥香が呆然と呟く。
「なんで先生がここにくるんですか?」
同感だ。涼は遥香の隣に腰掛けている佐久間に冷たい一瞥を寄越した。食事中に見かけないと思いきや、性懲りもなく。
「わ、私は、ここに泊まるようにと言われたんですけど」
佐久間はしどろもどろで弁明。スペアキーを証拠として提出してきた。二〇九。逆さまにしても裏返しても二〇九。この部屋で間違いはない。
どういうことだろう。
涼は腕を組んで天井を仰いだ。
何故迷惑カップルが自分の泊まるべき部屋を占拠しているのだろうか。だいたいどうして京都に来てまでこの連中に振り回されなければならんのだ。やっぱり神社かなんかでお祓いでもしてもらおうか。よく考えたらここ本場だしな。
「あの……リョウ先生?」
あーでも、明日は帰るだけだ。お祓いどころか神社仏閣に参拝する時間的余裕さえ、あるかどうか怪しい。
「先生は、どうしてここに?」
困惑を露わにする佐久間。その呑気な面に拳を叩き込んでやりたい衝動を涼は辛うじて押し止めた。何故こんな展開になったのかが判明しただけに苛立ちはひとしおだった。
(……ハメられた)
つまりは、そういうことだった。おそらく教師陣に悪意はない。面白がってはいただろうが、あくまでも善意でやったことなのだろう。職場恋愛にもかかわらず担当する教科が全く違うために普段接点を持たないカップル――誰と誰のことだかはあえて言いたくはなかった。屈辱的にも程がある――に、修学旅行先でのちょっとしたサプライズ。題をつけるならさしずめ「あらびっくり、最終日にらぶらぶ同室大作戦」といったところだろう。
「あの……」
まだ何事かをほざこうとする佐久間の顔面に涼は枕を投げつけた。
「すみませんが、しばらく口を開かないでいただけませんか? 今、あなたの声ほど私を不快にさせるものはないので」
「ちょっと何よ、それ!」
「うるさいやかましいとにかく喋るな」
いきり立った遙香をも黙らせてから涼は部屋を見渡し――ツインのベッドが完全にくっついているのが視界に入るなり、とてつもない脱力感に襲われた。
小さな親切、大きな迷惑。
(最悪だ)
涼は深々と、三日間で一番大きくため息を吐いた。