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   (その十二)際限がないのです

 待ち伏せする必要はなかった。招かれざる客は練習が終わるなり当然の如く音楽科準備室に来訪し、紅茶をせびってきたのだ。いつにない図々しさは今日が誕生日であるが故のものだろう。特別な日だから多少の我儘も通るのではないかとどこか期待している。その気持ちは理解できなくもなかった。

 わからなくもない。しかし、だ。

 許可なく入室するなり「おい俺のカップはどこだよ」は許容できるものではなかった。涼は読みかけの音楽理論書を閉じた。

「色々言いたいことはあるけど、とりあえず敬語を使いなさい用もないのに入ってくるな帰りなさい」

「俺のマグカップはどちらにございますか?」

 とりあえず最初の項目だけは従ったらしい。天下は残りの勧告を無視して、来客用の椅子に腰かけた。制服を程良く着崩した様相は三年生なればこそのものだ。涼は時の経過を感じずにはいられなかった。

 もう十八なのだ。

 自分の行く末を考え始め、漠然とだが方角を決めて歩むべき道を選ぶ。後ろを振り返る暇もなく、ただひたすらに進む。そんな歳に彼はなった。

 いつの間にか大人びてきた天下の横顔から涼は目を逸らした。

「捨てたよ。一週間経っても持ち主が現れなかったから仕方ない」

 余所に追いやられたマグカップ。どこにも行く宛てのないもの。同じなのかもしれない。結局、自分は引き取り手のつかないまま十八を迎えた。置いてかれて、そのままだ。

「減るもんでもねえのに」

 さほど気落ちした素振りも見せず、天下は不満を口にした。

「まさかそれ、本気で言ってないよね?」

 教師の個人机に生徒のマイカップ。そんなものを目にした人間が何を思うか。想像できないのなら佐久間と同レベルだ。

「先生って結構神経質だよな」

「用心深いんだ。特に君に対しては」

「なるほど俺は特別か。光栄だな」

 涼は鈍痛のする額に右手を当てた。いかん。生徒に振り回されてどうする。

「用がそれだけなら帰りなさい。学校から徒歩十分のご実家に」

 ああまたストレートに言ってしまった。後悔しても遅かった。だらしなく背もたれに寄り掛かっていた天下が身を起こした。

「……統が言ったのか?」

 流石に全国模試三十四位は鋭かった。涼は誤魔化すという選択肢を捨てた。捻りを利かすなど、そもそも自分には無理な話だったのだ。

「年に一回の誕生日くらい家に帰ったらどうだ」

「あんたじゃなかったら『余計な世話だ』の一言で済ますところだな」

 天下は首の関節を鳴らした。不機嫌な時にする癖だ。それも、いつになく不快に思っている時に。佐久間の話が出ると大概この癖が表れるのを涼は知っていた。つまり、家族のことは天下にとって他人においそれと触れられて許せるものではない、ということだ。


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