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   (その十)黒ヤギさんはしっかりいただきました

「生徒に向かって『馬鹿』はないと思います」

 と書かれたノートの切れ端を、涼は手の中で握り潰した。

 今朝返却したはずのマグカップは涼の机に舞い戻っていた。無論、この状況を予測できなかったわけではない。そもそも天下が一、二度冷たくあしらう程度で追い払えるような奴なら話は早いのだ。

 しかし実際は、マグカップを突っ返されてもめげないどころか、嬉々として返信してくる始末。こうなってしまうと涼も退けなくなる。何が何でもマグカップを返却し、天下の淡い期待を打ち砕かなくては。

 涼は机に置いたメモの束から一枚引き抜き、ボールペンを手に取った。イタリア語では甘かったか。

「新しいコップですね。買ったんですか?」

「いいえ」

 手元を覗き込んできた同僚に即答。

「忘れ物です」



「Narr」

 と書かれたメモを天下は摘んだ。あまりにも予想通りで頬が緩む。

 嫌なら無視すればいいのに。律儀に返信してくるのはもはや性根と言っていい。天下は涼の性格を理解していた。

 押せば押し返す。引けば引き返す。無かったことにして流すことができないのだ。そのくせ、酷く臆病で自分から動くこともできない。

 残念ながら生徒と恋愛する程後先考えない人ではないが、こちらがアプローチする度に毎回突っぱねてくる。毅然と拒むのだから意思は強い方と言っていい。しかし恋愛の場合は、無関心であることが一番効果的に拒む手段なのだ。こうしてマグカップを返したりせずに捨ててしまえばいい。涼にはそれができなかった。

 拒絶であれ一々反応を示すからかえって天下は煽られるのだ。少しでも関心を引きたくて、こっちを見てほしくて、んでもって思惑通り向いてくれたら嬉しくて。

 馬鹿だなあ。まさに涼の言う通りだ。子供染みて、馬鹿みたいだ。涼も、自分も。

 でも、悪くはなかった。

「何それ。課題?」

「いや」

 手元を覗き込む香織。咄嗟に天下は青いメモを裏返した。

「手紙、みたいなもん」


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