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   (その八)自分が動けなくなります

「たしかに私は君の兄上殿と面識はある。仮にも一年間担当した生徒だからね。でもそれだけだ」

 言い訳めいている。涼は我ながら不思議に思った。何故統に弁解しているのだろうか。後ろめたいことなど、何一つとしてないはずなのに。

 統はおもむろに口を開いた。

「来週、誕生日」

「君の?」

 返答は首を横に振る動作だった。涼は卓上カレンダーに目をやった。

「来週のいつに誰が誕生日を迎えるんだって?」

「土曜、兄貴、十八になる」

 なんだ。ちゃんと意志疎通ができるじゃないか。

 妙な達成感が過ぎ去れば、後に残るのはその意味。統の兄が来週の土曜に十八歳の誕生日を迎える。鬼島統の兄が。彼は三兄弟の次男。つまり長男──

「さようでございますか」

 涼はそう言う他なかった。鬼島天下が誕生日を迎えようと、十八になろうと一介の音楽教師に過ぎない涼には関係がない。

「親父、呼んだ。五人で、誕生日。でも兄貴、断った」

 涼は軽く目を見開いた。天下の父──鬼島氏は事なかれ主義だと思っていた。記憶を失った妻にこれから先も付き合い続けるものだとばかり。現に彼は二年以上も現状維持を貫いていた。それが一体どういう風の吹き回しだろう。

 五人で誕生日を祝うからには、細君に天下のことを話さなければならない。全く記憶にない息子のことを。天下の性格なら断るのも当然だ。内情はどうであれ、平穏な家庭に余計な波風を立てることになる。

 しかし逆を言えば、一波乱起こるのを知りつつも鬼島氏は天下を呼んだということだ。そこに以前とは違う鬼島氏の決意を涼は感じた。

「おおよその事情はわかった。でも、そこでどうして私が出てくるんだ?」

 統は首を小さく傾けた。

「親父、言ってた。兄貴、先生、好き」

 涼は危うくマグカップを落としそうになった。動揺を悟られまいと強く握る。潤したばかりの喉が急速に渇いていくのを感じた。

「……君の兄上が、私のことを?」

 やっとの思いで絞り出した声はかすれていた。心臓が一際大きく鼓動を刻んでいる。統は平然と頷いた。

「いい先生、だって」

 冷水を浴びせられた気分だ。一気に冷えて、反動で熱くなる。何を勘違いしていたのだろう。自分が恥ずかしかった。

 自分は教師で六歳年上なのだ。

 高校生が恋情を抱く対象であるなんて夢にも思われない。

 現実に立ち返った瞬間、涼は冷静になった。微笑さえ浮かべて肩を竦めて見せる。

「なるほど。他力本願なところは相変わらずみたいだね」

 こちらを伺う統に紅茶のお代わりを訊ねた。それが相談に乗るという了承の意を示していることを、彼は的確に察したようだ。能面のような顔に僅かだが安堵の色が浮かんだ。

 その表情に天下の面影を見い出し、涼は目を逸らした。


 ただ今やらせていただいております1000ポイント御礼アンケートですが、六月で〆切らせていただきます。一位は無論、二位……できれば三位までは、なんとか書かせていただこうかと思っております。

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