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   (その三)前を向くのは悪くありません


「私に何か?」

 やや高圧的な物言いになってしまったのは、あの鬼島天下の弟であるからだ。理不尽かもしれないがこればかりは諦めてもらうしかない。恨むなら見境のない兄を恨め。

 鬼島統は首を捻って、涼を視界に入れる。凝視とは違う目つきだった。感情がこもっていない。何かが動く気配を感じ取った。だから目をやった。それだけ。眺めている、と言った方が適切だ。

 これはまた、天下とは対照的なだんまりだった。

 拗ねている時であれ機嫌がいい時であれ、天下は黙る代わりに視線で主張する。故に、何らかの意思が彼の眼差しから感じ取れた。しかし統にはそれが全くと言っていいほどなかった。涼に対して不快な感情を抱いているのかも、戸惑っているのかもわからない。

「……そろそろ、この教室を閉めたいんだけど?」

 聞こえないわけではなさそうだ。統はあっさりと教科書を手に、涼の後に続いた。明かりを消して、鍵をかける。一連の作業も傍らで静観。観察されているような居心地の悪さに、涼はこめかみを指で掻いた。

「あのね、鬼島――」

「統」

 弾かれたように能面少年は顔を上げた。声こそ出さなかったものの、目を二、三瞬いて自分を呼んだ人物を見る様は、実に人間らしい反応だった。

「よう、奇遇だな。授業終わったのか?」

 突如現れた兄――天下の問いに統は小さく頷いた。

「少しは慣れたか?」

 こっくり。

「そりゃあ良かった。クラスの連中とは?」

 可否では答えようのない質問にどうするのかと、涼が様子を見れば、統は口を開いた。

「……隣」

 無機質な声音。初めて耳にした統の声は、天下の声に似て低かった。

「多少は我慢しろよ。皆が皆おめえみたいに無口なわけじゃねえ」

「図書」

「適当にやっとけ。どうせ月に一回程度しか集まらねえよ。それより部活はどうすんだ」

 口を閉ざす統。天下は呆れたようにため息をついた。

「俺のこと気にしてどーすんだよ。来週から勧誘期間だから、一回くらいは顔出せ」

 俯きがちな統は少し顔を上げた。心なしか、表情が晴れている、ように見えなくもない、涼の見間違いでなければ。

「あの……兄弟の談笑中に申し訳ないんですが」

 遠慮がちに口を挟む。天下は完璧なまでの優等生スマイルで頭を下げた。

「渡辺先生、弟をこれからよろしくお願いします」

「いえいえこちらこそ――じゃなくてだな。今の会話は一体何だ。キャッチボールが交わされているようにはとても見えない」

 天下と統は揃って首を傾げた。その表情は兄弟らしく非常に酷似していた。

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