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   (その二)それでも少しは進歩したいものです


 新学期早々、渡辺涼は頭を抱えたくなった。

 一年の合同クラス。今年度、普通科で音楽を選んだ生徒は四十人余り。例年通りだ。

 ホワイトボードに「渡辺涼」と書き、生徒に向かっておざなりに「渡辺です。一年間よろしく」とだけ挨拶。去年と同じだ。

 早速発声の練習を始めた涼に生徒達が不満の声を上げたのも、無視して進めたら渋々口を開いたのも、いつものことだった。

 しかし、ここでかつてない問題が浮上した。

 歌わない生徒がいたのだ。

 自分で選択しておきながら真面目にやろうとしない生徒は別段珍しくもない。口パクで誤魔化せると本気で思っている生徒だっている。教師としてできることはさり気なくバレている旨を告知し、授業態度の欄にゼロをつけるくらいだ。やる気のない生徒にやる気を出させる程、涼は意欲のある教師ではなかった。

 しかし、だ。最前列で真剣な顔して口を閉ざされでもしたら、さすがに戸惑いもする。

 初日から恨まれるようなことをしただろうか。素知らぬ顔で授業を進めつつ、涼は記憶を探った。特に覚えはない。しかし――唇を真一文字に引き結んだむっつり顔を盗み見る。ざんばらだが艶やかな黒髪、鋭い双眸、面影は嫌という程あった。名簿を確認するまでもない。

 この生徒が、鬼島統だ。

 兄弟そろって何とも面倒な。涼は己の自意識過剰であることを祈りつつ、今回は目を瞑った。初日だ。喉を痛めたりしたとかで、調子が悪いのかもしれない。可能な限り好意的に解釈することにした。さすがに次も同じことをされたら黙っているわけにもいかないが。

 やたらと長く感じる五十分を終えると、次の授業に向けて生徒達は足早に鑑賞室を去っていく。スタンウェイのピアノを丁寧に拭いていた涼ははたと手を止めた。

 一人だけ、席から離れない生徒がいた。

 訴えかけるかのように真摯な眼差しをこちらに向け、そのくせ口は固く閉ざしている。

 生徒の一団が扉を閉める音がどこか遠くのことのように聞こえた。人気のない鑑賞室で二人っきり。涼は天井を仰いだ。

 この状況、前にもなかったっけ?


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