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一限目(その一)前途多難です

 予想通りではあったが期待外れだ。

 天下は配られた時間割表を睨んだ。三年ともなると大学受験を視野に入れた科目の割合が増える。当然、削られる科目というものもあるわけだ。週に一度に減らされた総合学習はテストの成績順でクラス分けされる英語強化訓練の時間と化していた。もはや総合ではない。学習ですらない。洗脳だ。

 たった一人でいい、とにかく有名大学に生徒を入れよう、という普通科教師陣の魂胆が見え見えだった。

 何しろこの学校の進学実績で誇れるのは、毎年二、三名が芸大への切符を手に入れていることぐらいだった。それも音楽科の優秀性を示すものであって、普通科はハッキリ言って関係ない。

 特に普通科の偏差値が低いわけではない。むしろ高い方だ。ただ、のんびりした校風が、良くも悪くも学生達に余裕を持たせていた。有名大学に進学するよりも、それなりの大学で収まろうとする生徒が圧倒的多数を占める。やる気があるのは教師達、それもごく一部だけだ。

「Sクラス?」

 後ろに座るクラスメートが手元の時間割を覗き込んできた。

「ぜってえスパルタだな。頑張れよ」

 ご愁傷様、と言わんばかりの軽々しさだった。天下は早くも実力試験に真面目に取り組んだことを後悔した。学年一位なんて取るものじゃない。Sクラス。英語のエリートが集うクラス。嬉々として英語を教えるであろう、お受験命の熱血教師。想像しただけで帰りたくなる。

 天下は深々とため息をついた。

「おいおい、そんなにSクラス嫌かよ」

 違う。Sクラスは確かに嫌だ。しかし、たかが週に一回だ。五十分適当に過ごせばいい。

 問題なのは、そのたかが五十分すらないことだ。天下は時間割表を握り締めた。

(なんで音楽ねえんだよ……っ!)

 不満はこの一点に尽きる。普通科の教室棟に向かい合うように位置する特別棟は、音楽科の領域だ。よっぽどのことがない限り、普通科生徒は立ち入らない。例えば、音楽の授業を鑑賞室で行うとかだ。

 つまり、唯一特別棟に立ち入る正当な理由が奪われたのだ。あまりの理不尽さに天下は言葉もなかった。

「あ、鬼島くんもSなんだ」

 よし、落ち着け。まずは状況を把握しよう。

「私もSクラス。他にはいないみたいね」

 タイムリミットは来年の三月。卒業式までだ。それまでに自分はベルリンの壁よりも強固な意志を持ち、キリマンジャロの吹雪よりも容赦がない渡辺涼をなんとか懐柔せねばならない。敵は強大かつ狡猾だ。

 そのためには、まず綻びを見つける必要がある。鉄壁かと思われたベルリンの壁だって崩壊したのだ。渡辺涼にも隙があるはずだ。

(……で、どうやって探すんだ?)

 思考は巡り巡って結局、最初の問題に行き着く。すなわち、普通科と音楽科、いかにして垣根を越えて接触するか。

「なんか難しそうだけど、よろしく」

 そうだ。難解にも程がある。しかしやらねばならない──

「あ?」

 そこにきてようやく、天下は顔を上げた。覗き込んでいた勝ち気な瞳と遭遇する。クラス替えをしたばかりで顔と名前が一致しないクラスメートが多い中、見覚えのある女子だった。たしか、バレーだかバスケットだかの部長だったような気がする。

 天下は胸元の名札を一瞥した。石川。同じ運動部とはいえ、全ての部長副部長を知っているわけではない。しかし、予算会議等の折に何度か言葉を交わした記憶が微かに。同じクラスになったのはこれが初めてだ。

「……まあ、よろしく」

 言葉を濁した天下だったが、彼女はそれで満足したらしい。黒板前でたむろしていた女子数名が「かおりー、英語何クラスだった?」と呼びかける声に応じてそちらへ向かう。

 天下は目を眇めた。石川香織。思い出した。女子バスケットの部長だ。

 記憶が一致した時点で天下は満足した。すぐさま思考は失った機会へと戻る。音楽の授業があるなら英語特訓コースが毎日あっても構わなかった。


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