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   (その五)親の心子知らずなのです。

 祈りが届いたのか体育館では保護者説明会が行われていた。新入生の姿はない。教室でHRを受けているのだろう。

 説明会も終わりに近づいていた。最後の質問受付けで母親の一人が挙手。校則に文句を言っていた。質問の形式をとってはいるが、涼に言わせればいちゃもんだ。笑わせてくれる。校則ではローファは黒のみを認めるとあるが、うちは先日茶色の革靴を購入してしまった。どうしても黒でなくては駄目なのか。

 駄目なんですよ、お母さん。

 不条理だろうと何だろうと、それを知って入学したはずだ。校則に意味を求める方がおかしい。だいたい座っている位置からしてあんた音楽科生徒の母親だろ。革靴一つで愚痴っていたら、これから先どうやって進学費用をまかなうというのだ。半端じゃないぞ。音楽って特に。

 学校側はやや呆れつつも決然と「校則ですから。例外を認めるわけにはいきません」と譲らなかった。渋々顔で母親も引き下がる。

(ああいうものなのか)

 母親って。

 教師という職業柄、保護者(最近はそう呼ばないと差別と受け止められる)に遭遇する機会は結構ある。理不尽な要求を突き付けてくる母親もいたし、進学のことで思いつめた顔して相談してくる母親もいた。時折父親もあるが。

 しかしそのどれも共通していたのは、子供の状況を自分のことのように怒り、もしくは不安になり、あるいは喜ぶことだ。放任主義を貫く家庭でもその傾向はあった。

 その様子を傍で目にする度に涼は不思議な気持ちになる。羨ましいわけでも、哀しいわけでもない。ただ、珍しいものを見たような感覚。時には感心さえ覚える。よくもそこまで。

 娘、息子といえども違う意思を持った他者に過ぎない。よくもそこまで思いを込めることができるものだ。

 そんなことを考える自分は、おそらく何かが欠けているのだろう。

 質問が終わり、保護者達はまばらに立ち上がる。そろそろHRも終わっている頃だ。丁度いい。生徒と合流すべく保護者らは体育館の出口へと。涼は廊下の端に寄って道を譲った。

 目の前を通り過ぎていく方々は同じ保護者とのお喋りに熱心だ。去年と何ら変わりない光景だった。涼は壁と同化しているつもりになって、この行列が過ぎ去るのをひたすらに待った。

 特に意識を向けていたわけではなかった。ただ、この大群の中に天下の母親がいるのかとなんとなく、眺めていただけだ。この大人数では見過ごすだろうと諦めてもいたし、見つけたところで挨拶を交わすほどの間柄でもない。

 その折だった。

 視界の端に、女性が入った。グレーのスーツを品良く着こなした保護者――いや、母親だ。誰の母かなどとは訊ねるまでもない。この場にいる以上、わかりきったことだ。

 しかし、涼の思考は一瞬にして止まった。

 保護者の一団が通り過ぎて、その騒ぎ声すらも遠くなってなお、涼は動くことができなかった。半開きのまま閉じることを忘れた口に手を当てる。唇に触れた指は微かに震えていた。

「……まさか」

 涼は鼻で笑った。最近、いろいろあり過ぎて意識過剰になっているのだろう。それにしても性質の悪い幻を見たものだ。

 ――自分を生んだ女性がこの学校に来ているなんて。

 悪夢としか言いようがない。


 これにて導入は終了です。お付き合いありがとうございます。

 まあ……この時点で今後の展開の予想がつく方はいらっしゃるとは思いますが、ひたすら王道に突っ走ろうかと思う次第です。

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