(その三)暴力はいけません
思春期の少年は扱い辛い。ところで十七は青年だろうか、それとも少年だろうか。
少年と青年の狭間を彷徨う学生は、少しだけ首をこちらに曲げて、やけに真剣な顔で確認してきた。
「佐久間とは何でもないんだな?」
「あるように見せかけなきゃいけないけどね」
「真面目に答えろ。彼女のふりだからってまさか、本当にヤるわけじゃないんだろ?」
「何を」
「セッ――」
涼は手にしていた教科書で天下の頭を叩いた。音楽の教科書の薄さを忌々しく思う。大したダメージを受けなかった天下は恨めしげな視線をよこしてきた。
「暴力教師」
「当然の措置だ。そもそも『付き合う=身体を重ねる』という考えに問題がある」
身体を重ねるって方がいやらしいよな、と天下は全く反省していない様子で呟いた。
「先生は手を繋ぐところから始めるタイプか」
「いや、まずは一緒に演奏会に行く。全てはそこからだ」
「でも結局は身体を重ねるところまで行きつくんだろ。コウノトリが運んでくるわけでもあるめえし、子孫繁栄のために必要なことだ」
「人類の未来を心配する暇があったら教室に戻れ。次の授業、もうすぐ始まるよ」
壁に設置された時計を指差す。五分の余裕があったはずの時間は既になくなっていた。天下は肩を竦めると机から立ち上がった。
「あんた、やっぱり面白い奴だよ」
「君は理解に苦しむ生徒だ」
天下は二、三回目を瞬いた。
「そうか?」
「成績オール五。教師の覚えも良く、顔もそれほど悪くはない優等生――かと思えば、口も態度も悪い。上手く化けているものだと感心してしまうよ」
「先生も意外と失礼なことを言うよな。どっちも俺だぜ?」
似非優等生は酷薄そうな笑みを浮かべた。
「また来ますね、先生」
口調が優等生モードに戻った。さっきまでの彼を知る涼にしてみれば胡散臭いだけだ。
「授業以外で来るな。そして今日話したことは忘れろ」
「もちろん。教師と生徒が付き合っているなんて誰にも言いませんから」
「忘れろ」
「では、また」
「まず人の話に耳を――」
絶妙のタイミングで授業開始のチャイム。が、慌てる様子もなく天下は出て行った。
なんてこったい。涼は天井を仰いだ。間接的とはいえ、弱みを握られた。よりにもよって外面だけはいい普通科きっての優等生に。怪文を送りつけた犯人すら特定できていないというのに。いっそもう何もかも洗いざらいぶちまけてしまった方が楽ではないか。そもそも、自分は無関係であって、巻き込まれただけであって、迷惑を被っている被害者なのであって――なのにどうしてこんな疲れる目に逢っているのだろう。
チャイムが鳴り終わっても涼は本気で悩み続けた。