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【番外編】恋せよ妹、密やかに(転1)


 珍道中ではあったが当初の堅苦しさは抜けて、それなりに心地よいものだった。目的の公園では既に屋台が到着しており提灯が赤々と灯っていた。小走りで駆け寄った零が屋台の親父と何やら話をし、次にこちらを手招きした。

「貸し切りだってさ」

 五人がけの席なのだから当然だ。それをさも嬉しそうに報告するものだから指摘する者はいなかった。冬も近い夕暮れは風もそれなりに冷たい。さり気なく醒時が右端の席についたので、天下は左端に腰かけた。せめてもの風除けだ。醒時の隣には当然の如く零が座り、天下の隣には涼――ではなく、何故か琴音が座った。

「ごめんね」

「いいや、別に……」

 てっきり共通の知人である琴音が真ん中に座るものだと思っていたが、涼がその座についた。不満を抱くほど幼くはないが、不思議ではあった。六年ぶりの兄妹再会ではなかったのか。

 口に出したらマズいような気がして天下は指摘せず、品書きを見た。よくよく考えれば、誰かと外食なんて久しぶりだった。

「ここ、二人でよく来た店なんだって。私は初めてだけど」

 何気ない風を装ってはいるが琴音は寂しげだった。

「羨ましいですよ、俺なんか二人で食事に行ったことすらありませんから」

 琴音の隣に座る涼はどこまでも素っ気なかった。品書きを睨みつけて何をしているのかと思いきや、零に激辛ラーメン『くれない』を勧められて悩んでいる模様。端にいる醒時は既に注文を終えており、カウンターに左肘を立てている。その視線の先は――琴音だ。

 天下は目を瞬いた。

 醒時の眼差しに気づかないはずがない。現に琴音は時折、物言いたげに右側を伺っていた。二人の目が合うことも何回か。その度に琴音は弾かれたように視線をそらす。

(なんだこの兄妹)

 アイコンタクトか。それにしてはぎこちなかった。

 そうこうしているうちに、天下は涼と視線がかち合った。不審な兄妹の様子なんぞ気づいていないかのように涼はいつも通りだった。

「注文、決まったか」

「あ……はい」

 とりあえず天下は『くれない』を注文した。手持無沙汰になり醒時を盗み見ることにした。ピアニストらしく、すらりと整った指をしている。手入れが行き届いているのだろう。

「指輪してませんね」

 独り言だったのだが、琴音は耳聡かった。

「二人ともあんな感じでしょ? 指輪とか大仰なものはあんまり好きじゃないのよ。お兄様なんてほら、ピアノ弾く時に指に何かつけていたら楽器を傷つける恐れもあるわけだし」

 もしかして結婚式もしていないのか。天下が呟くと琴音は数拍のちに「そうなの」と肯定した。六年ぶりの兄との再会に緊張していることを差し引いても、琴音の態度はおかしかった。今日は、ずっとそうだ。

 醒時達の方を物言いたげに見てはそらすの繰り返し。その視線がまた必死そのもので、見ているこちらの胸が詰まるほどだ。琴音の頬が紅潮しているのは、寒さのせいだけではないと天下は思った。

(まさか……)

 好きなのか。

 自分の思いつきに天下は愕然とした。しかし、そう仮定すると琴音の行動すべてに説明が付くのだ。血の繋がりのない兄妹。兄を溺愛していながらも六年間も会わなかった妹。それは、自分の恋心を抑えるためだったのでは? そして再会した今日、消えかけていた恋心が再び燻り出しているのでは――おいおい。

(だから俺や先生を呼んだのか)

 琴音は距離を置こうとしているのだ。が、どうしても目は想い人の方へ向いてしまう。

「ほれ」

 零が自分の味付き卵を琴音に差し出した。無論、涼を通してだ。きょとんとする琴音。零は頬を緩めて笑った。

「好きだったろ? 温泉卵」

 しばし味付き卵と零の顔を交互に見た琴音だが、やがて泣き出しそうな顔で受け取った。

「ありがとうございます……お義姉さま」

「初めてだな、そう呼んでもらえるの」

 零の声は弾んでいた。ラーメンの湯気に紛れて彼女には見えなかったのか。だが、すぐ隣にいた天下も涼も琴音が涙ぐんでいるのには気づいた。それでも見て見ぬふりをした。気づくべきではなかったと天下は後悔した。

 六年ぶりの再会。仲睦まじい二人。思い出の屋台で食べるラーメン。その一つ一つが琴音の胸をしめつけるのだ。

 箸を割り、麺をすする。ほどよく辛みのあるラーメンは、確かに美味しかった。


本日も二回更新です。十四時過ぎを予定しております。

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