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【番外編】恋せよ妹、密やかに(起)

【いきなり警告】この番外編には少々怪しい展開が予想されます。近親……の後に続く単語が代表するような雰囲気です。あくまで雰囲気ですが、そういうのは受け付けない、という方はお願いです。健全な精神育成のため、どうかお読みにならないでください。読むと後悔なさるでしょう。

 そんなものに臆せぬわっ! という勇猛果敢な方は自己責任で視線を下にやってくださいませ。

『鬼才ピアニスト、吉良醒時帰国』

 新聞の芸能欄を独占する記事を琴音は丁寧に切り取った。聞けばスクラップを作っているらしい。もはや彼女のブラコンぶりを咎める者など、この部屋にはいなかった。少なくとも、涼は完全に諦めているように見えた。琴音そっちのけでプラシド=ドミンゴのDVDを鑑賞している。非常に不愉快なことだ。

 カラー写真の兄を眺める琴音の目はもう蕩けるばかりで、至福の二文字を体現していると言っても過言ではない。天下はなんだか危険な匂いを嗅ぎ取ったが、あえて指摘しないことにした。

 しかし、琴音の気持ちも理解できなくもなかった。

 新聞の写真を見て天下はきっかり十秒固まった。吉良醒時は格好いいだのそんな次元ではなかった。同じ世界にいることが不思議に思えるほどの美貌の持ち主だったのだ。白皙で鋭角的な顔立ちは日本人にしては彫りが深く、栗色の髪に百八十を優に超えた長身痩躯ということもあり、外国人かと思える。男色の気など微塵もない天下でさえも、息を呑むほどの秀麗な容姿だった。

 琴音には大変失礼だが、血の繋がりを疑った。いや、彼女の容姿も十分魅力的なのだが、吉良醒時があまりにも人間離れしていて、兄妹とは思えないのだ。

「吉良?」

 見出しを読んで、天下は呟いた。琴音の苗字は「榊」だったはず。

「母が違うの」

 察しがいい琴音は的確に答えた。

「ついでに言うと父もね。再婚同士で、私は母の連れ子」

 半分でもいいから同じ血が欲しかったわ、と冗談混じりで琴音は言った。意外に複雑な家庭らしい。

「結婚しているんですよね?」

「高校時代の後輩とね」

 普通に高校生活を送っている吉良醒時を思い描こうとして、天下は断念した。無理だ。こんなのが教室にいる状態で、どうやって気にせずに授業をしたのだろうか。

「なんか、想像できません」

「みんなそう言うんだけどね。慣れれば平気よ。証拠見せてあげる」

 琴音の手招きに応じて寝室に入れば、彼女は引き出しから何かを取り出そうとしていた。ベッドに机にタンス。意外に必要最低限なものしかない部屋だった。何の気なしに天下は整理された机の上に目をやり、立てかけてある写真を発見した。

 吉良醒時のブロマイド。どこぞのコンクールで優勝した時のものだろう。名前の通り醒めた表情でトロフィーを持っている。顔が整っているからこそ、より一層冷たい印象を受けた。

 天下は眉を寄せた。

 写真のアングルがズレているように思えた。吉良醒時の左手が不自然に途切れている。撮影ミスだとも推察できるし、通常の写真よりも半分のサイズなので何かの切り抜きとも思えた。が、こんな失敗写真を妹である琴音が飾っておくことが不自然に思われた。琴音自身とのツーショットでもいい。あれだけ兄に関するものを集めているのなら、もっと出来のいい写真だって持っているはずだ。

「あ、これこれ」

 琴音の弾んだ声に天下の思考は途切れた。高校の卒業写真集を開き、その一ページ――各クラスの写真を示す。今よりもいくぶん若い吉良醒時がやはり無表情で映っていた。たしかに、制服を着ていた。

「お義姉さまは一つ下だから個別写真はないんだけど……」

 琴音はページをめくった。様々な写真を集めて貼った中で、音楽祭のものがあった。オーケストラの演奏写真。ピアノコンチェルトを行った時のものらしい。もちろん、ソリストを務めたのは吉良醒時。彼の演奏姿にピントは当てられているが、その傍らで演奏していた第一ヴァイオリンも少しだけ枠内に収められていた。

「これがお義姉さま」

 吉良醒時の後ろでヴァイオリンを構えている少年――だと最初は思った。高校生にしては小柄で目も大きい。中性的な顔立ちも相まって可愛らしく見えた。

「可愛い人ですね。俺の弟と少し似てます」

 今でこそ生意気だが、小学校の頃はこれくらいの可愛げがあったと思う。忌憚のない感想を言うと、琴音は顔を曇らせた。

「あ……すみません」

 女性と弟を比べる失礼を天下は詫びた。

「え? あ……あの、違うの。ごめんね。ただ、懐かしくて……」

 琴音は取り繕うように笑みを浮かべた。

「そうそう天下君、来週の火曜日は時間ある?」

 平日だが授業さえ終えれば問題はなかった。部活は既に引退している。

「放課後なら大丈夫ですよ」

「二人が来るのよ。一緒に食事しないかって」

 高級マンションを惜しげもなく妹に与え、おまけに高校時代はスタンウェイのピアノを弾きこなしていた世界的ピアニストとの食事――天下はあらゆる意味で気圧された。

「いや、俺は面識ありませんし、家族水入らずのところを邪魔するのも」

「でも涼も来るわよ」

「行きますぜひお願いします」

 相変わらずねえ、と琴音は笑った。気恥ずかしかったが背に腹は代えられない。こうして琴音の家ならば一緒にいても許してくれるが、自宅に上げてもらったのは数えるくらい。学校なんて論外だ。ますます涼は素っ気なくもとい用心深くなっていた。

 最近、天下は媒体が何であれ教師と生徒の恋愛ものは全て虚偽で塗り固めてあることを悟った。禁断の恋だの背徳感だのに悩むなんて嘘だ。そこまで進めるだけ感謝しろ。

 不本意極まることだが、天下と涼に後ろめたいことは全くと言っていいほどなかった。

 かれこれ一年以上が経過しているというのに、まともに手を繋いだことすらないとは一体どういうことだろう。手の甲にキスしてくれたことなんて今では夢のよう。それもすぐに消毒されたが。

(向こうが歩み寄らねえなら、こっちが動くしかねえよな)

 というわけで、天下は燃えていたのであった。だから琴音の笑顔に陰があることにも気付かなかった。


 全七話、二月中に挙げます。時間が飛んでますが、だいたい天下の三年秋頃です。最後までお付き合いいただけたら恐悦至極に存じます。

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