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SHR(その一) 寄り道はいけません 

 渡辺涼が二人を見たのは偶然以外の何物でもなかった。

 生徒達が部活に勤しむ放課後。明日の授業プリントを作成しようとした折にふと、ピアノの鍵が気にかかったのだ。本日五限目の授業で使用したのは記憶に新しい。はてさてその後しっかり鍵を掛けただろうか。

 鑑賞室の鍵を閉めた以上、中にあるピアノを勝手に弾くことはできない。が、スタンウェイのピアノを放置する、というのは教師として──いや、音楽を愛する者としては許し難いことだ。なんてったってスタンウェイ。数百万もする代物だ。

 涼は鍵を片手に鑑賞室へと向かった。扉に鍵を差し込もうとして気付く。すでに開いている。

 五限終了後に鍵はしっかり閉めた。それは間違いない。今日はどの部活も鑑賞室は使っていないはず。鑑賞室使用の届け出もなかった。

 では、一体誰が。

 涼が小首を傾げたその時だった。

「先生ぇ……」

 甘ったるい声。思わず扉の隙間から覗き込み、涼は我が目を疑った。

 広い鑑賞室には二人がいた。ピアノの椅子に腰掛けるのは、世界史教師の佐久間秀夫。涼の二、三歳上の、まだ若い部類に入る教師だ。その膝の上に女子生徒が座り、佐久間の首に腕を伸ばしている。名前は知らないが、見覚えのある子だった。たぶん、二年生だろう。授業を受け持った気がする。

 それにしてもこの甘ったるい雰囲気は何だ。ここは鑑賞室のはずだ。

「ねえ先生、何か弾いてよ」

 薄い化粧をした女子生徒はピアノに触れた。

「勘弁してくれ」

 佐久間は苦笑した。少年のように無防備な顔だった。

「リョウ先生に弾いてもらいな」

「だって外国語の歌ばっかり。つまんないだもん」

 悪かったな。涼はこめかみをひくつかせた。残念ながら文部科学省の決めたことだ。文句ならばそちらへどうぞ。

「弾いてよ、あたしのために」

 雰囲気に流される形で佐久間の手が、チョークの粉が微かに残る指が鍵盤に伸びる。

 そこまでだった。涼は扉を勢いよく開け放った。

「ちょっと待てあんたら」

 女性とは思えない。ましてや教師の口調ではないのは重々承知。しかし涼には耐えられなかった。

 生徒と教師の禁断の恋。教室での逢い引き──そんなものはどうでもよろしい。

「わ、渡辺リョウ先生……」

 鳩が豆鉄砲をくらったかのような二人の顔が、みるみるうちに青くなる。何かを言いかけた佐久間を涼は鋭く制した。

「二人とも離れなさい」

 女子生徒の瞳が潤む。

「違うんです! これは、その……っ」

「私は離れろと言ったんですけど?」

「リョウ先生、落ち着いてください。まずは話を」

 立ち上がろうとした佐久間の手が鍵盤に触れる。もう限界だった。

「汚い手で」

 涼は渾身の力とスピードを持って佐久間を突き飛ばした。女子生徒ごと。

「ピアノに触るなぁっ!」

 椅子から転げ落ちた二人は、今度こそ目を丸くした。

 

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