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26.女性の悩み

 柚月姉さまの最初の休みに乗馬へ出掛けることになった。


 フォルランと柚月姉さまが二人乗りをし、あとはお母さん、僕、ステラリアと絵里香の六人だ。


「フォルランが二人乗りだから、走らずに歩いて行きましょうか」

「はい。お母さま」

「柚月さま。怖くはないですか?」

「はい。フォルランさまが支えてくださるので大丈夫です」

 うーん。お熱いことだな。これって密着もできるし、良い手だよね。


 時間を掛けて湖まで進んだ。野山は新緑に包まれ、木々や草、花の香りがして心が洗われる様だった。例によって小白はマイペースで、ついて来ていると思えば何かを見つけて勝手に走って行ったりして相変わらず自由だった。


「絵里香もすっかり乗馬には慣れた様だね」

「はい。サリーはとても良い子なのです。いつもお話ししながら乗っているのですよ」

「それならば安心だね」


「柚月姉さまは、ひとりで乗れる様になりたいですか?」

「えぇ、是非、乗馬を習いたいです」

「ではお母さまに習うと良いですよ。僕と絵里香は馬と会話しながら乗っているので通常の乗馬とは違うのです」

「まぁ!馬と話せるなんてうらやましいですわ!」


 のんびりと一時間近く掛けて湖までやって来た。

『小白。近くに君の仲間は居ないかな?』

『におい しない』

『そうか。小白。周りに警戒していてね』

『わかった におい かぐ』


 いつもの様に絨毯を敷いて絵里香とステラリアがお茶の準備をしてくれた。

僕たちは馬に水を飲ませ、木に繋いで草をませた。


「こんなに美しい景色を見たのは初めてです。フォルランさま。ネモフィラ王国は美しいのですね」

「柚月さま。ここだけではございませんよ。ネモフィラの丘や高山植物の咲く山、美しい海岸もあるのです。これから色々なところへお連れしますよ」

「フォルランさま。ありがとうございます。とても楽しみです!」

 うーん。連れて行くのはほとんど僕の瞬間移動なのだけどな・・・まぁ良いか。


 その時、馬たちが一斉に首を持ち上げる。小白も同じ方向を見ている。でも緊張感はない。

『小白。何か来るのかい?』

『うま くる』

『馬?馬が来るのだね』


「小白が馬が来ると言っていますね」

「馬ですか?・・・あ!来ましたね」

 一頭の馬が歩いて来た。馬具が装備されているのだが人が乗っていない。


「お母さま、ステラリア。あの馬に見覚えはありますか?」

「私は知りませんね」

「はい。くらが騎士団のものとは違いますね」

「ちょっと話してみるか」


 僕は皆の前に出て馬に集中する。馬も僕に気付いて立ち止まり、きょとんとしている。

『そこの君!どうしたんだい?』

『にんげん?』

『そうだよ。人間だ。君は誰かを乗せていたのではないのかい?』

『あなべる おちた』


『アナベル?それが君のご主人かい?』

『しゅじん おちた』

『落ちたところへ案内してくれるかな?』

『わかった』


「どうやらアナベルという主人が乗っていたらしいのだけど途中で落馬したらしい」

「どうするのですか?」

「これからその場所へ案内してもらいますよ。ステラリア。一緒に来てくれるかい?」

「はい。かしこまりました」


「絵里香は小白とここに居て。猛獣が来ないか小白と警戒していてね。何かでて来たら、絵里香の念動力で持ち上げておいて」

「はい。分りました」


「よし、ステラリア。アル。行くよ」

「はい!」

 馬の手綱を掴んで、アナベルのところまで走って来た。湖から十五分くらい走ったところだった。


 アナベルは赤毛で二十歳代前半の若い女性だった。意識が無い様だ。落馬したのであればどこか骨折しているかも知れないので全身を透視して怪我の有無を検査した。


 やはり左腕にひびが入っている。落ちた時に腕を着いてしまったのだろう。他は恐らく打撲くらいだろうか。僕はアナベルを力で持ち上げてお姫さま抱っこした。


「ステラリア。僕は彼女を神宮へ瞬間移動で運ぶよ。すぐに戻るからこのままここで待っていてくれるかな?」

「はい。月夜見さま」


「では、行って来るね」

「シュンッ!」


「まぁ!お兄さま。乗馬へ行かれていたのでは?その女性はどうしたのですか?」

「月影姉さま。湖まで行っていたのですが、そこへ馬が一頭だけで歩いて来たのです。馬に聞いたら主人が落馬したと言うので、その場所へ行くとこの女性が倒れているのを見つけたのですよ」


「その様なことが・・・それで怪我をしているのですか?」

「えぇ、左腕のこの部分が骨折しています。お姉さま、服を脱がせて打撲の箇所を確認しておいてください。僕は一度湖に戻って皆と合流してから城へ帰って来ますので」

「分かりました。診察しておきます」


 僕はステラリアの元へ瞬間移動で戻った。

「シュンッ!」


「ステラリア。月影姉さまに預けて来ました。アナベルという女性に見覚えはありますか?」

「私は存じません。学校でも見かけたことがないので、二十二歳以下なのではないでしょうか」

「でも貴族に見えましたね。この近くの領地だとどちらの家になるのでしょうか?」

「この近くだと王都の貴族の屋敷が近いですので、どこの家かは分かりませんね。城に戻れば年齢とアナベルという名前で特定できるのではないでしょうか?」


「そうですね。では、まず皆のところへ戻りましょう」

「はい」


 急ぎ足でアナベルの馬を引きながら湖まで戻った。

「お帰りなさい。主人は見つかりましたか?」

「はい。気を失って倒れていました。二十歳前後の女性です。この馬の言う通りであれば、アナベルという名前なのでしょう。左腕を骨折していたので神宮へ運びました」

「そうですか。では私たちも戻りましょう」


「それならば、私、帰りはその馬にひとりで乗ってみたいのですが」

「柚月姉さま。いきなりひとりでは無理ですよ」

「でも、フォルランさまに引いてもらえば大丈夫なのではありませんか?」

「あぁ、そうですね。二人乗りで歩くよりは少しは早いかな。ではそうしましょう」


 僕たちはゆっくり目の駆け足で城まで戻るとすぐに神宮へと駆け付けた。

「月影姉さま。アナベルはどうですか?」

「骨折以外は左足に打撲のあざがありましたが、大きな問題はないかと思われます」

「まだ、意識が戻らないのですね」

「えぇ、どうしたのでしょうか?」


「意識を失ってから落馬したのかも知れませんね。他に病気か精神的な問題があったのでしょうか」

 横で話しているとアナベルの目が覚めた。ゆっくりと目を開き、だが焦点が定まらないかの様にボーっとしている。


「あなたはアナベルですか?」

「え?は、はい。アナベルです。ここはどこでしょうか?あなたさまは?」

「ここは、ネモフィラ王城の隣にある神宮です。私は月夜見と申します」

「つ、月夜見さま?神さまで救世主でもいらっしゃる?」

「はい。とは言いにくい問い掛けですね」


「わ、私は一体・・・何故、ここに?」

「あなたは落馬したのですよ。おひとりで乗馬をされていたのですか?」

「あ!そ、そうです。乗馬を、それで・・・気がついた時には王家の土地へ入っていたのです」

「何か考えごとでもされていたのですか?」

「え、えぇ、そうです」


「落馬した時に左側から落ちた様で、左腕を骨折し、左足に打撲があります。このままここで毎日治療を受ければ二週間くらいで骨折は治るでしょう」

「何故、落馬したとお分かりになったのでございますか?」


「あなたの乗っていた馬から聞いたのですよ。あなたの名前と落馬したこと。それにどこで落ちたのかもね」

「え?ジニアとお話しされたのですか?」

「えぇ、私は動物ともお話しできますので」


「それでは、ジニアが私を助けてくれたのですね。あ!ではジニアは今、どこに?」

「あの馬の名はジニアというのですね。王城のうまやで休んでいますよ」

「あぁ、ありがとうございます!」


「それで、あなたは疲れていらっしゃる様ですね。良かったらお話を聞きますよ」

「神さまに聞いて頂けるのですか?」

「えぇ、話せば楽になることもありますからね」


「私は、アナベル ロータス ハルトマンでございます。モーリッツ ハルトマン公爵の長男、サミュエル ハルトマンさまの五人目の妻です。四人目までの妻にはそれぞれ二人ずつ娘が生まれておりますが世継ぎを授からないのです」


「それで一年前に私が迎え入れられたのですが・・・一年経っても子を授からないのです。このままでは私は家に帰されてしまうでしょう」


「なるほど、思い悩んで馬に乗って出掛けたということですね」

「はい。最近では夜もよく眠れずにいたものですから・・・」


「アナベル。サミュエル殿やそのご両親、姉たちから子が授からないことで色々言われているのですか?」

「いいえ、皆さん、お優しくて私を責める様なことを言われることはございません」

「では、あなたがひとりで考え込んでしまうのですね」

「はい。子供の頃から心配性なところがあるとは思っております」


「子を授かるための診察をしても良いでしょうか?」

「神さまに診て頂けるのですか?」

「えぇ、構いませんよ。それと神さまというのは止めて頂けますか。月夜見で良いのです」

「月夜見さま・・・」

「では、診察していきますね」


 アナベルの全身をもう一度、詳しく診察していった。特に子宮、卵管、卵巣を徹底的に診てみたが特に悪い所は見当たらなかった。


「アナベル。基礎体温表はつけていますか?」

「はい。一年前より継続して記録しております」

「生理の周期はどれくらいですか?」

「はい。丁度四週で毎月来ています」


「ほう。では性交はどのくらいされていますか?」

「は、はい。そ、その・・・排卵日と思われる日の前後三日間は続けて・・・」

「なるほど。正しい知識をお持ちの様だ。問題はないですね」


「では、あとはサミュエル殿に聞いてみましょうか」

「サミュエルさまに・・・私。大丈夫でしょうか?」

「その辺も含めてですよ」


 ステラリアが騎士団の者を手配し、ハルトマン公の屋敷へ向かわせ、アナベルの事故のことを伝えてもらった。じきにサミュエル殿が来ることだろう。


 それから三十分後にサミュエル殿と使用人たちが神宮へやって来た。

「これは月夜見さま。妻のアナベルを助けて頂いたとのこと。ありがとうございます」

「サミュエル殿、お久しぶりですね。アナベルはあなたの妻だったのですね」


 流石に公爵家の者だけあり、以前に面識があったので覚えていた。確かに良い印象の若者だ。まだ三十代前半だったはずだ。


 サミュエル殿はアナベルの元へ駆け寄ると声を掛けた。

「アナベル。一体どうしてこの様なことになったのだ?」

「サミュエルさま。申し訳ございません。全て私の不徳の致すところでございます」


「サミュエル殿。アナベルは世継ぎのことで心を痛めていたのです。気晴らしで乗馬に出たものの、夜も眠れなくなっていたために朦朧もうろうとしてしまい落馬したのですよ」

「そ、そんなことに・・・私が君を追い詰めてしまったのだね」

「サミュエルさまは悪くございません。私が駄目なのです」


「まぁまぁ。済んだことの原因を誰のせいにしたところで何も良いことにはなりません。それにアナベルのお話を聞いたところ誰も悪くはない様でしたよ」

「月夜見さま。アナベルの話を聞いて頂けたのですか?」


「えぇ、今日のところは動かさない方が良いでしょう。サミュエル殿。明日、迎えに来てください。二週間は毎日ここで治療が必要です」


「二週間後に完治したかを確認した上で、お二人の世継ぎについては相談に乗りましょう」

「やはりどちらかに問題があるのでしょうか?」


「それを確認しながら世継ぎができるようにするのですよ。アナベル、基礎体温表は続けてつけてくださいね」

「はい。かしこまりました」


「あと、ジニアを使用人に迎えに来させてください。今回、アナベルを救ったのはジニアですから、彼をねぎらってあげてください。とても賢い馬ですね」

「はい。ありがとうございました」




 サミュエル殿が帰り、今日一緒に湖へ行った人たちが部屋に集まった。僕から皆にアナベルのことを詳しく伝えた。


「サミュエル殿は四人の妻と既に八人も娘を儲けているのですよね。ということは男性不妊症ではないのですよね?」

「お母さま。そこはここ一年で変わることもありますから検査は必要です。アナベルには不妊症の症状は見当たりませんでしたし、性交も正しい知識で行っている様でしたね」


「では、やはり男性側の問題でしょうか?」

「そうとも言えません。アナベルは最近では夜も眠れず、自分のことを心配性だとも言っていました。生理は定期的に来ているとのことでしたが、その様に気に病む人というのは、その精神的な負担だけで受精できなくなってしまうことがあるのですよ」


「そんなことがあるのですか?身体には問題がないのに子ができないのですか」

「えぇ、サミュエル殿も彼の家族もアナベルを追い詰める様な発言はしていない様子でした。もしかするとアナベルは自分を責めやすい性質なのかも知れません」

「自分で自分を責めるのですか?それは治せるのでしょうか?」


「その様な性質の人は、他人が大丈夫だと言っても勝手に自分で自分を追い詰めていってしまうのですよ。性格の問題なのでこれを治すのはとても難しいのです」


「私。凄く分かります。何でも自分が悪いんだと思い込んでしまうのですよね」

「そうだね。絵里香もその様なことを言っていたね」

「周りから優しくされればされる程、自分を責める様になったりすると思います」

「では、その場合はどうしたら良いのですか?」


「これはその人ごとに違うから、こうすれば良いと言えるものもないのです。でも、しばらく子作りのことを考えない様にできれば良いのだけどね」

「子作りを考えない様にする?とはどういうことですか?」

「しばらくは基礎体温表もつけず、性交もしない期間を作るということです」

「完全にお休みするのですね」


「そうです。お母さまが乗馬やネモフィラの丘を見ることが好きな様に、何か好きなことを見つけて、それに没頭して子作りのことを忘れさせるのです」

「でも、お休みが終わって、また子作りしようとしたら元に戻ってしまうのではありませんか?」


「えぇ、それはあり得ます。でも一度は精神的に改善していますから再開してすぐにできれば良いし、何もせず悪化させてしまうよりは良いと思いますよ」


「それにしても、どうしてそんな風に考えてしまうのでしょうね。基礎体温表をつけて正しい知識で性交すれば昔に比べて格段に子が授かり易くなっているというのに」

「柚月姉さま。それは精神的に健康な人ならばそうなのです。でもアナベルの様な性質の人は、ここまでしているのにできなかったらどうしよう。と考えてしまうのですよ」

「あぁ。そういうものなのですね。私たち宮司はそういう人たちのことも知っていないといけないのですね。お兄さま、勉強になりました」


「流石は柚月さまですね。すぐにその様に理解されるとは・・・」

「まぁ!フォルランさまったら」


 どうするかは二週間後にアナベルの怪我が治ってからだな。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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