24.恋の駆け引き
フォルランと柚月姉さまは、かまくらを出て城の裏手を散歩していた。
「柚月さま。寒くはないですか?」
「はい。コートを着ていますから暑いくらいです」
「あ。でもコートを脱いでしまうと寒いですから・・・」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「今日は月がきれいですね・・・」
「はい。とても」
「月の都ではもっと大きく見えましたね」
「えぇ、月の都は空高くに浮かんでいますからね。月にも近いのでしょうか」
「でも月よりも柚月さまの方がお美しいです」
「まぁ!フォルランさまったら・・・」
「柚月さまは宮司になりたいとお考えでしょうか。それとも・・・」
「今までは神の一族に生まれた女子は、宮司になるしか選択肢はありませんでした。ですから私もそうなると思っていたのです」
「でも、お兄さまの計らいで月影姉さまが結婚できたのです。それからは宮司も結婚の対象として見て頂ける様になり宮司自ら家族を増やすことが出来、変わったのです」
「あぁ、お見合い舞踏会ですね」
「えぇ。それまでは私もどこかの国の神宮で宮司になり、良い方に見初められて結婚できれば良いな。くらいにしか男性のことは考えておりませんでしたから」
「では、今ではそのお考えも変わって来ていらっしゃるのでしょうか?」
「どうでしょう・・・フォルランさま」
柚月は少し潤んだ瞳でフォルランを見上げた。
「あ。そ、そうですね。えーと。その。そろそろ皆のところへ戻りましょうか」
「はい。そうですね・・・」
フォルランはビビッてしまった。あまりにも経験不足だったのだ。
その後、夕食前に僕と柚月姉さまと絵里香の三人で神宮の月影姉さまのところへ顔を出した。
「月影姉さま!お久しぶりです!」
「まぁ!柚月なの?すっかり大人の女性になったのね」
「えへっ。でもまだ十三歳です」
「それでもフォルランに見初められて招待されたのでしょう?立派な女性よ」
「そうだと良いのですが」
「なーに?自信がないのかしら?」
「フォルランさまはまだ十一歳ですし・・・まだ分からないな、と」
「そうね。フォルランは王子として勉強やマナーをしっかり学んで来たと思うけど、剣術以外に好きなことがあるのかは分からないわね。それくらい彼から女性の話がでたことがないのよね」
「えぇ、だから急に熱が冷めてしまうかも知れないと思うと少し怖いのです」
「お兄さまの様に精神年齢が高ければ、言葉にも態度にも相手を想う気持ちが表れて来るものなのですけど、フォルランの精神年齢は実年齢の十一歳そのままだし、恋愛経験もないから好きだと言われても安心できないかも知れないわね」
「流石、月影姉さま。言うことが的確ですね」
「では、お兄さまもフォルランさまには不安をお感じになられているのですね?」
「うーん。不安ではないかな?ただの経験不足なのであって、彼の今の気持ちに嘘はないと思っていますよ。経験がないからといってそれを理由に一方的に不安がってしまったらフォルランが可哀そうかなとも思いますね」
「そうね。お互いに経験がないのですから自信を持って付き合うのは難しいですね」
「そうですね。だからこそ柚月姉さまには、何度もここへ足を運んでもらって色々な面のフォルランを見て、時間を掛けて決めて頂ければ良いのではないでしょうか」
「そうですよね。私、少し焦っていたのかも知れません。すぐに答えを出さなくても良いのですね」
「そうよ。フォルランが迫って来たら上手く躱して引くのです。そうすればフォルランはもっと追いかけたくなるでしょう?もしそれで気が変わるくらいなら相手にしない方が良いのですよ」
「え!そんな駆け引きみたいなこと、できないです・・・」
「そうか。柚月だって初めてのことですものね。まぁ、兎に角、すぐに返事をしないことよ」
「はい。分りました」
「月影姉さま。今日の晩餐には出席されるのでしょう?」
「えぇ、ロベリアさまと良夜も一緒に」
「良夜はいくつになったのでしたっけ?」
「もう四歳ですよ」
「あれ?お姉さま、二人目はまだ作らないので?」
「ふふっ!実はもうできているのですよ」
「え?今、妊娠しているのですか?」
「えぇ。今、三か月目に入ったところです」
「まぁ!お姉さま。おめでとうございます」
「それはおめでとうございます。それならば検診しますよ」
「えぇ、これから絵里香にお願いしようかと」
「あ、あぁ、そうでした。絵里香が毎週行きますからね。是非、検診を受けてくださいね」
「はい。私が毎週検診して差し上げます」
「えぇ、ありがとう」
「あ!なんだ。良い口実ができたではありませんか!」
「口実?何のでしょう?」
「柚月姉さまのですよ」
「え?私のですか?お兄さま。何の口実なのですか?」
「月影姉さまのお腹の子が九か月目に入ったら、臨時の宮司としてこの神宮に入るのです。そうすれば、ネモフィラに長く居られてフォルランと会える日が増やせますよ」
「それは私としては柚月に来てもらえるならば助かりますけれど」
「はい。今後フォルランさまとどうなるかは分かりませんから宮司の研修ができることは、私にとっても良いことだと思います」
「お互いネモフィラと月の都で離れていると妄想が膨らんだり、悪いことばかり考えたりであまり良いことはないでしょう。でも客人として長く王城に居るのもフォルランを熱くさせるだけです」
「神宮に居れば客人として扱われる訳ではありませんし、お休みの時や仕事が終わった後の時間で会えば良いのです。そして柚月姉さまの研修にもなるのですからお父さまも許可するでしょう」
「そうですね。でも私の代わりとしてきちんと宮司の仕事をするからには、一か月前からの研修では心許ないですね」
「そうですね。今が三か月目ならば、出産は九月でしょうか。その三か月前の六月からは神宮へ入った方が良いでしょうね」
「あと四か月後には毎日、ここで暮らせるのですね!」
「柚月。ここでのお仕事は遊びではないのですよ。それまでに月宮殿でお父さまからできる限りのことは教えて頂くのですよ」
「はい。しっかり学んで参ります」
「では、僕は今からお父さまに許可を頂いてきますね」
「え?今すぐ行かれるのですか?」
「瞬間移動できるのですから、その扉の向こうの部屋へ行く様なものですよ」
「あ。そうでしたね」
「絵里香。一緒に行こうか」
「私も一緒で良いのですか?」
「うん。お爺さまに絵里香のことを報告したいんだ」
「分かりました」
「では、お爺さまの屋敷の裏山の頂上へ飛ぶよ」
「はい」
「シュンッ!」
「シュンッ!」
ふたりは山頂に立っていた。
「絵里香。ちょっと試したいのだけど。良いかな?」
「何を試すのですか?」
「ここでキスしたら、この前みたいにおかしなことにならないかどうかをさ」
「まぁ!」
僕は両腕を広げる。絵里香は僕の首に腕を回して抱きついてキスをした。
「何も起こらなかったね」
「はい。少しドキドキしてしまいました」
「では、安心したところでもう一回!」
僕はがばっと絵里香に抱きつき「アハハ!」と笑う絵里香の唇を奪った。
「よし、落ち着いたところで、お爺さまの屋敷へ行こうか。あの屋敷の前に飛ぶよ」
「はい」
「シュンッ!」
「シュンッ!」
「お爺さま。月夜見です」
「おぉ、月夜見。絵里香も来たのか。どうしたのだ?」
「はい。お爺さま。絵里香のことなのですけれど、色々と分って来ましたので、ご報告をと思いまして」
「そうか。入りなさい」
「ダリアお婆さま、カルミアお婆さま。お久しぶりです」
「まぁ!月夜見さま。絵里香。いらっしゃい。婚約したそうですね」
「えぇ、ステラリアと絵里香、二人と婚約しました。結婚は成人してからですけれど」
「そう。それは良かったわ。今、お茶を淹れるわね」
「月夜見。絵里香殿の報告を聞こうか」
僕は絵里香の前世のこと。最近発揮した能力のことなど今までのことを全て話した。
「そうだったのか。絵里香殿の能力が高いことはその前世が影響している可能性もあるのだな。それにしても女性で瞬間移動や透視までできる者は今までに聞いたことがないな」
「そうですか。女性ではここまでの能力を持つ者は居なかったのですね。やはり絵里香は特別だね」
「そうなのですか・・・」
「それでは、ふたりの子はどれ程の能力を持って生まれて来るのか楽しみであるな」
「あぁ、そうか!まだ、そんなことまで考えていませんでした」
絵里香は耳まで真っ赤にして俯いている。
「ところでお爺さま。今日はもう一件、別のご相談で伺ったのです」
僕はお爺さんへ月影姉さまから始まった、宮司でありながら結婚することと柚月姉さまとフォルランのことを報告した。
「お爺さまは、この様な神の一族の女子が、宮司でありながら結婚することや宮司にならずに嫁に行く様な流れや変化については、どうお考えでしょうか?」
「うん。とても良いことだと思っているよ。月夜見のお陰で子も増えた。そのお陰で女子たちにもそうやって将来の選択肢が増えたのだ」
「更には宮司が新たな宮司を生み、増やして行くことも可能となったのだからな。私は感謝しているし賛成するよ」
「ありがとうございます。お爺さまにそう言って頂けると安心できます」
「では、お父さまに許可を頂いて参ります」
「うむ。またゆっくりできる時に来てくれ」
「はい」
絵里香と月宮殿へ瞬間移動した。
「シュンッ!」
「シュンッ!」
「あ!お兄さま!絵里香さまも!どうしたのですか?柚月は?」
「那月姉さま。柚月姉さまはネモフィラに居ますよ。ちょっとお父さまに相談があって来たのです」
「では、サロンでお待ちください。呼んで参ります」
「あぁ、メリナ母さまとマリー母さまも呼んでください」
「分かりました」
サロンに入ると巫女がお茶を淹れてくれた。月宮殿のお茶は基本、緑茶だ。
「絵里香。日本人の記憶が戻ってからの緑茶はどうだい?」
「はい。とても懐かしいです。ここのお茶は美味しいですね。この世界で緑茶と珈琲が飲めるなんて不思議です」
皆が次々とサロンへ集まって来た。
「月夜見。また何かあったのか?」
「悪い事件ではありませんよ。柚月姉さまのことでご相談がありまして参りました」
「まぁ!柚月が何かご迷惑を?」
「いえ、そんなことはありません。フォルランが少々熱くなっていまして、柚月姉さまがそれを躱すのが大変なくらいです」
「躱す必要などあるのですか?求婚されたなら婚約してしまえば良いではありませんか」
「マリー母さま。大胆ですね。でも柚月姉さまはまだ十三歳ですし、フォルランは十一歳なのですよ。お互いに経験不足なのです。それでお姉さまが少々不安に感じておられるのです」
「あぁ、なるほど。一直線に追われると怖くなりますよね」
「そこへ丁度、月影姉さまが二人目の子を授かったのです」
「まぁ!月影が!それは素晴らしいですね。今度は女の子が良いですね」
「えぇ、そうですね。マリー母さま。それで月影姉さまが二人目の子を出産される時、柚月姉さまが代理として宮司を務められると良いなと考えたのです」
「二人はまだ若いし成人まで時間があります。性急にことを進めるのではなく、じっくりと相手を見定める時間が必要だと思うのです。でも王城に客人として招かれている間は距離が近過ぎてどうしても燃え上がってしまうのです」
「ですから神宮に滞在して週に一度の休みの日や、仕事が終わってから会うくらいが丁度良いと思うのです」
「それは良い考えですね。流石は月夜見さまです」
「ありがとうございます。まだ二人がどうなるかは分かりません。万が一婚約とならなくとも、柚月姉さまが宮司としての経験を積めるならば、それは良いことだと思いますし、月影姉さまとしても心強いでしょうから」
「それで九月が出産予定ですので、三か月前の六月には入ってもらおうと思っているのですが如何でしょうか」
「それならば、柚月は優秀なのでな。あと三か月もあれば仕上げられると思う。四月までに訓練を終わらせるから五月から入れば良いのではないかな?」
「そうですか。それは良いですね。お父さま。ありがとうございます」
「メリナ母さま。それで進めても良いでしょうか?」
「勿論です。月夜見さま。柚月のためにそこまでお考え頂いて、ありがとうございます」
「では五月に入られる時、お父さま、メリナ母さま、マリー母さまも一緒にネモフィラ王国へ参りましょう」
「えぇ、楽しみにしております」
「あと、絵里香のことなのですが、最近、瞬間移動や透視もできる様になりました」
「何?瞬間移動もできるのか?」
「えぇ、ここへ来る時も絵里香はひとりでお爺さまの屋敷まで飛んだのですよ」
「そうなのか・・・大変なものだな」
「お爺さまへは詳細を報告しておきましたので」
「うむ。分かった。月夜見。絵里香を大事にするのだぞ」
「勿論です。では、今日はこれで失礼します」
「月夜見さま。ありがとうございました」
「はい。では絵里香。僕の部屋へ飛ぶよ」
「はい」
「シュンッ!」
「シュンッ!」
「まぁ!本当にひとりで飛んで行ったわ!」
「うむ。驚いたな。女性の能力者でここまで力を持った者など今までに居なかったであろうからな」
「でも、月夜見さまと婚約されたのですから、安心ですね」
「そうだね。絵里香といい、ステラリアといい、月夜見は良い女性と縁があるのだな」
「持って生まれたものがお強いのですね・・・」
部屋へ戻ると僕の部屋で柚月姉さまがお母さまと談笑していた。
「お兄さま!お帰りなさい」
「月夜見。お帰りなさい」
「ただいま、お母さま。お姉さま」
「柚月から月影の二人目と神宮の臨時の宮司になる話は聞きましたよ」
「えぇ、お爺さまとお父さま。それにメリナ母さまとマリー母さまにお話しして来ました」
「お兄さま。どうだったのですか?」
「えぇ、お父さまが、お姉さまは優秀なので、あと三か月で訓練を仕上げられるだろうから、五月から神宮へ入って良いとのことです」
「まぁ!五月からしばらく、ここに居られるのですね」
「えぇ、そうです。良かったですね」
「はい。お兄さまのお陰です。ありがとうございます」
「僕というよりは、月影姉さまのお陰ですよ」
夕食時、月影姉さま、ロベリア殿と良夜も集まった。
「皆さま、私、二人目の子を授かりましたのでご報告致します」
「おぉ、そうか。月影、ロベリア殿、おめでとう!」
「それで、出産時に宮司の仕事ができなくなるので、その代わりとして、五月から研修のために柚月に神宮へ来て頂くことに決まりました」
「え!柚月さまは五月から毎日、ここにいらっしゃるのですね」
「フォルラン。正確には神宮に。です。寝泊まりは神宮となります。神宮がお休みの日以外は、毎日神宮の仕事があります。だからお姉さまと会えるのは、毎日仕事が終わった後と週に一度のお休みの日だけですよ」
「では、夕食は毎晩ここで一緒に頂いても良いのですね」
「え?毎晩ですか?それはその日の状況によって。でしょうかね」
まぁ、これで少しは落ち着くと良いのだけど。
お読みいただきまして、ありがとうございました!