23.フォルランと柚月
翌日から僕の侍女は三人揃って日本の衣装を着ている。
ステラリアも騎士の仕事が終わると、日本の衣装に着替えて僕の元へやって来る様になった。
「ニナ、シエナ。侍女仲間はその衣装のことを何か言ってくるかな?」
「えぇ、皆、珍しがって色々と聞いてきます」
「特にスカートが短いのが可愛いと評判が良いです」
「昨日はお仕着せを作っている方から、動き易さとか寒くないかとか色々と聞かれました」
「それは良い傾向だね」
夕食時に僕の侍女だけが他の侍女と違う格好をしていることに、王であるお爺さんが気付いて質問して来た。
「月夜見。お前の侍女だけ変わった格好をしておるのだな?」
「お爺さま。あれは僕の前世の世界の服装です。今では世界の国々で貴族も平民も着ているのですよ」
「そうなのか?」
「えぇ、あれらはネモフィラ王国のプルナス服飾工房で購入したものです」
「何?既に我が国で販売されていたのか」
「はい。もう半年程前から次々と新しい服やドレスが作られていますよ」
「そうだったのか。ふむ・・・他の侍女たちもそういった服で仕事がしたいのか?」
「お爺さま。侍女たちがお爺さまに物申すことなどできる訳がございません。私が代って申し上げますが、皆、着たいに決まっておりますわ」
アニカお姉さまもしっかりして来たな。
「マチルダ。ここへ」
「は、はい!」
「マチルダ、月夜見と月夜見の侍女から話を聞いて、異世界の服とやらをお仕着せとして使うかを検討しなさい」
「陛下、仰せの通りにいたします」
侍女長のマチルダもそこに居た全ての侍女たち皆が笑顔になっていた。
まぁ、お仕着せもいわゆるメイド服だから悪くないのだけど、スカートの丈が長くて可愛くないのだよね。
そして、柚月姉さまが、ネモフィラ王城へ訪問する日となった。
朝食の席でフォルランは既に落ち着きを欠いていた。
「月夜見。まだ柚月さまを迎えに行かないのかい?」
「フォルラン。瞬間移動で往復するのだから、一分あれば連れて来られるのですよ。それよりも準備の方はできているのですか?」
「勿論、客間は既に用意できているさ」
「客間?それは当たり前でしょう。そうではなくて、柚月姉さまをお迎えして何をするのかを聞いているのですよ」
「何をするか?え?何をするのだ?」
「えーーっ!考えていないのですか?昼食を共にして、その後、お茶をして、夕食を食べて終わり。ですか?」
「そ、それは・・・どうしよう!」
「あぁ・・・」
僕は肩を竦める他なかった。フォルランは今までも勉強は真面目にするが、それ以外は剣術馬鹿で女の子など興味がない様子だった。それが急に一目惚れなどしてしまったからたちが悪い。
「本当に何も考えていなかったのですか!アニカ姉さま、ロミー姉さま。ちょっと助けて差し上げたら如何ですか?」
「そうですね・・・こんな雪しかない冬に招待する方がおかしいのです」
「ロミー姉さま。キツいですね」
「雪でも眺めるしかないでしょうか・・・」
「あー。仕方がないですね。では、かまくらでも作りましょうか」
「かまくら?それ、何ですか?」
「やはり、この世界にはないのですかね。雪で作った家ですよ」
「雪で家を作るのですか?」
「えぇ、そうです。では朝食を食べたら作ってみましょうかね」
柚月姉さまを迎えに行くまでに作ってしまおう。まずは厩の横に、日本と荷物をやり取りしている大きな木箱を倉庫から引き寄せた。
「シュンッ!」
「うわぁ!大きな箱ですね!これが家なのですか?でも木でできている様ですけど」
「ロミー姉さま。これは後で無くなるのですよ。まぁ、見ていてください」
僕は、念動力で周囲に積もっている雪をどんどん木箱の上から振り掛けていった。
やがて木箱は見えなくなり、大きな雪の山となった。
「これは、ただの雪山だな・・・家には見えないが?」
「フォルラン。まだできていないんだよ。これからさ」
厩から水の入った桶を浮かばせて運んで来ると、その雪山の頂上からザバーっとかけ流した。外気温の寒さで雪山はあっという間にカチコチに凍った。
今度は指から火炎放射を出し、雪山のこちら側から雪を溶かしていき、四角い出入り口を作った。雪が解けた出入り口には木箱の壁が現れていた。
「さぁ、最後の仕上げだよ」
そう言って木箱を倉庫へと一瞬で飛ばした。
「シュンッ!」
雪山の中には大きな長方形の部屋が出来上がっていた。
「さぁ、これが雪の家。かまくらだよ」
「す、凄い!中が本当に雪の部屋になっている。これは雪の家だ!」
「でも雪の家では中に居たら凍えてしまいませんか?」
「ロミー姉さま。この中で火を焚くので暖かいのですよ。床に絨毯を敷いて椅子を並べ、炭火の焜炉を入れたら完成なのです」
「雪の家の中で火を焚くのですか?雪が溶けてしまって家が壊れるのではありませんか?」
「アニカ姉さま。この辺の気温は氷点下十度くらいまで下がっています。雪の壁が冷たい風を遮断するし、雪には空気が多く含まれていて断熱効果があるのです。中で火を焚いても外気温との温度差で簡単には溶けないのですよ」
「本当なのですか?まだ信じられません」
「では、柚月姉さまをお迎えして昼食を頂いたら、皆でこのかまくらの中でお茶にしましょう」
「うわぁ!楽しみです!」
昼食の準備が整い、フォルランがおめかしをしてサロンで待機したのを見計らい僕は月宮殿へと飛んだ。
「シュンッ!」
「お兄さま!お待ちしていましたわ」
「柚月姉さま。準備はよろしいですね?」
「えぇ、勿論です。荷物はこちらに」
「では、行きましょうか」
「月夜見さま。柚月をよろしくお願いいたします」
「はい。メリナ母さま。ご心配には及びません」
僕は柚月姉さまをお姫さま抱っこした。
「あぁ!柚月ずるいー!」
「那月姉さま。また今度ダンスを踊りましょう」
「はい!お兄さま!約束ですよ」
「えぇ、分かりました。では柚月姉さま。行きますね!」
「はい!」
「シュンッ!」
「あ!柚月さま!」
「フォルランさま!」
「ようこそ、ネモフィラ王城へ」
「ありがとうございます。フォルランさま。今日から一週間、よろしくお願いいたします」
初々しいね。ふたりとも赤い顔しちゃってさ。僕はふたりを横目で見ながら、お姉さまの荷物を引き寄せた。
「シュンッ!」
そこへお爺さんとお婆さんが挨拶にやって来た。
「其方が柚月さまですか。ようこそ、我がネモフィラ王城へ。私はネモフィラ王国国王、ヴィスカム ネモフィラです。こちらが第一王妃のシレーノスと第二王妃のウィステリアです」
「初めてお目に掛かります。私は、天照 玄兎とジキタリス王国第三王女、メリナ ジキタリスの次女で柚月と申します。この度はご招待頂きまして、ありがとうございます」
「ネモフィラ王国は冬の盛りで雪以外には何もないのですが、滞在中はゆっくりとしていってくだされ」
「はい。ありがとうございます」
「では、柚月さま。昼食の準備が整っておりますので、家族と共に昼食を頂きましょう」
「はい。フォルランさま」
王子さま然とした恰好のフォルランのエスコートで日本のドレスを参考にしたスカート短めのドレスを着た柚月姉さまが食堂へ向けて歩き出した。
うーん、二人の服装のバランスが悪いな・・・まぁ、仕方がないか。
食堂では伯父さんや伯母さん、フォルランのお姉さまたちが紹介され、大人数の昼食会が始まった。
「柚月さまはもう、どちらの神宮へ入られるのか決まっていらっしゃるのですか?」
「オードリー伯母さま、柚月姉さまはまだ決まっていないのです。それに神の一家の娘が神宮の宮司として派遣されることもこれからは絶対ではなくなったのです」
「え?宮司にならずに嫁に行くこともできるのですか?」
「はい。伯母さま。既に多くの姉さまが宮司でありながらも結婚して、子を授かっています。今後は宮司から直接継承することも増やしていくこともできるでしょうから」
「では、柚月さまはフォルランの嫁に来て頂くことも可能なのですね?」
「お、お母さま!」
「え!もう、その様なお話に?」
フォルランは嬉しそうだ。柚月姉さまは嬉しそうだけど、少し戸惑いもあるかな?
「えぇ、伯母さま。フォルランとお姉さまの意思が固まれば、ふたりの結婚は可能です。伯母さまや伯父さまは、ふたりの結婚についてはどうお考えなのですか?」
「それは大賛成だよ。今までに人間界から神の一家に嫁を差し出すことはあっても、嫁に迎えることはないと考えられていたのです。それが月影とクラウゼ公の長男が結婚したのだからね。その時は本当に驚いたものだよ」
「そうなのです。王家に神の一族を嫁に迎えられることは、夢の様なお話だったのですから。もし柚月さまがフォルランの嫁に来てくださるならば、大変光栄なことでございます」
「そうですか。神の一族の価値についてはよく分かりませんが、歓迎くださることはありがたいことだと思います。ただ最後はふたりの意思ですので・・・」
「フォルラン。柚月姉さま。結婚は急いで決めることではありません。まだ成人するまで時間はあるのですから、じっくりとお互いの気持ちを確かめてくださいね」
「はい。お兄さま」
「月夜見。ありがとう」
初めから両家の親に結婚の許しが出るなんて、とても不思議なものだな。当人たちの意思はまだ固まっていないというのに・・・うん?そうだよね?
昼食が終わりお茶の時間となったところでかまくらへ移動することになった。
初めはかまくらの中で炭火を焚いてと思っていたが、よく考えたら炭火で焼くお餅がないことに気付いた。それでお茶のお湯を沸かしている電熱器を持ち込むこととなった。
かまくらに入るのは、フォルラン、柚月姉さま、アニカ姉さま、ロミー姉さま、僕、ステラリアと絵里香だ。かまくらに入る前に柚月姉さまに冬景色を見て頂いた。
「これが雪なのですね!寒いけれどきれいな景色です。全てが白一色に染まっていて、月の都とは大違いです」
「柚月姉さま。紹介します。狼の小白です」
「これが、お兄さまの言っていた狼なのですね。大きいけど真っ白できれいなのですね。でもこれだと雪の中に居たらどこに居るか分かりませんね」
「そうですね。外へ遊びに出てしまうと戻って来るまでどこへ行ったか分からないのです」
全員がかまくらに入ると入口に小白が座って少し風よけになってくれた。
絵里香が侍女役を引き受けてくれて皆にお茶を淹れた。
「雪の家の中なのに、本当に外よりも暖かいのですね!」
「これはやはり、お兄さまの異世界のものなのですね?」
「ロミー姉さま、柚月姉さま。これは私の前世の世界のものです。この中で、ちょっとした食事をしたりお酒を飲んだりするのも良いし、子供たちが集まってお菓子を食べたりもするのです」
「楽しそうですね」
「こうして皆で狭い空間に集まるところが、親しみが増して良いのです」
「絵里香も前世ではかまくらに入っていたのですか?」
「私の住んでいた地域では雪がほとんど降らないのです。かまくらのことは知っていましたが、入ったのはこれが初めてです」
「えー!そうなんだ!」
「何故、雪の中なのに暖かいのでしょう?」
「これはですね。実際には暖かい訳ではないのです。外があまりに寒いので、この中がそれより暖かく感じてしまうだけなのですよ」
「え?そうなのですか?暖かいと思うのですが?」
「本当に暖かいのであれば雪は溶けてしまいます。皆さんの体温からの発熱とこの電熱器の熱で暖められた空気がこの狭い空間で循環するので暖かく感じるのです。でも実際にはこの間口から空気は入れ替わっているので、それほど暖かくはなっていないのですよ」
「面白いですね!」
「それにしても絵里香。あなたは結局、お兄さまの妻の座を得たのですね!」
「ロミーさま。私もあの時は本当にこうなるとは思ってもみなかったのでございます」
「まぁまぁ、ロミー姉さま。僕が一方的に絵里香を好きになったのです。それを絵里香が受け容れてくれたのですよ」
「まぁ!お兄さま。平民の絵里香のどこがそんなにお気に召したのですか?」
「ロミー姉さま。僕は貴族ではありません。平民だからなどという思いはないのです。それこそ相手が捨て子でも奴隷でも、好きになってしまえば結婚することに問題はありません。それに絵里香は特別なのです」
「まぁ!そんなに好きなのですか!」
「ロミー。あなたも誰かを想う様になれば、お兄さまのお言葉も理解できる様になりますよ」
「お姉さまは余裕ですわね・・・」
「ロミーもお父さまにお願いして、お見合いをすれば良いではありませんか」
「うーん。そうですね・・・」
「ロミー姉さまは、この国を離れたくないのですね」
「離れたくないというより、知らない国へ行くことが怖いのです」
「あら、それならば私や柚月さまの様に、お相手の国へ通ってお相手だけでなく国の様子も見て来れば良いのですよ」
「柚月さまもそれで、ネモフィラ王国を見に来られたのですか?」
「え?わ、私は・・・フォルランさまがいらっしゃるならば・・・どこでも構わないのですが・・・」
「おぉ!」
皆の声が揃った。フォルランは耳まで真っ赤になった。
「あ、あの・・・柚月さま。ここはちょっと暑いので・・・ちょっと散歩に出ませんか?」
「はい。喜んで・・・」
ふたりは真っ赤な顔をしてかまくらを出て行った。
「あらあら、あのふたり。気持ちを確かめる必要なんてあるのかしら?」
「あぁなってしまうと、もう他を見ることなどできないでしょうね」
「では、この一週間で決めてしまうのですかね」
「お兄さまは、早く決まらない方が良いのですか?」
「いや、そういう訳ではないのです。自分だって絵里香と恋に落ちたのはとても早かったので人のことは言えないですしね」
「では、ステラリアとはどうだったのですか?」
「え?ステラリアですか?そうですね。気が付いた時には愛していましたね」
「自分では気付いていなかったのですか?」
「いや好きなのは好きでしたよ。でもそれが愛だとは気付いていなかったのです」
「どうして気付いたのですか?」
「絵里香に対しての気持ちに気付いた時、ステラリアに対する気持ちと同じだと気付いたからです」
「あぁ、では絵里香と恋に落ちたことで、ステラリアへの愛に気付いたのですね」
「そういうことです」
絵里香とステラリアは僕たちの会話を聞きながら、耳まで真っ赤にして俯いていた。
「ステラリアと絵里香が本当に羨ましいわ!」
「ロミーさま。そんな・・・」
「ふたりは幸せね。お兄さまにこんなに愛されているなんて」
「はい・・・」
「嬉しいです・・・」
フォルランと柚月姉さまの話だった筈なのに、いつの間にか自分のことを聞きだされていた。
気のせいだと皆に話していたのに、何故かかまくらの中は暑く感じられた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!