22.透視能力の訓練
僕は絵里香の言動に何か違和感を覚えていた。
僕はこのまま絵里香を部屋へ帰してはいけない。そう思い再び絵里香を抱きしめた。
「絵里香。本当に大丈夫かい?これを進めても良いの?」
「月夜見さま。私は自分の一生をあなたさまに捧げたのです。私のことはどの様に扱って頂いても構いません」
「絵里香。それでは駄目だよ。僕たちは日本人じゃないか。日本にそんな人は居ないでしょう?」
「でも、この世界は日本ではありません。今の私には、あなたさましか居ないのです」
「絵里香。僕は絵里香を愛しているんだよ。絵里香を侍女にはしたけれど、奴隷にした訳ではないし、妻になった後も絶対服従させようなんてこれっぽっちも思っていないのだからね」
「う、ううう。ふぇーん、うぇ・・・」
絵里香は大粒の涙を零し、子供の様に泣きだした。お母さんが絵里香の泣き声を聞いて寝室に顔を出したが僕と目を合わせて頷くと、また引っ込んでいった。
「やっぱり無理をしていたんだね・・・絵里香が次から次へと能力を発揮してくれるから僕はつい調子に乗ってしまったんだ。ごめんね」
「違います!月夜見さま。違うのです!私、わたし・・・日本でもこの世界でも・・・こんなにも人に優しくしてもらったことがないのです。こんなにも私の気持ちを考えてもらえたことがなかったのです」
「え?でも花音のご両親は優しくて、今でも花音のことを心配してくれていたではありませんか」
「えぇ、病気になってからはそうでした・・・でもそれまでは、いつもお姉ちゃんと比べられて・・・私は明るくないし勉強もできない、友達もいないって。それが負担で・・・」
「この世界でもアントンが生まれてからは常に比べられて、瞳や髪が黒いから貴族の家の侍女にはなれない。結婚も難しいとか夢も希望もなく、我慢することだけを教えられました」
「私は日本でもここでも否定されるばかりで誰からも必要とされない人生だったのです」
「ですから月夜見さまに見つけて頂いて、しかも婚約まで・・・折角、能力があることが分かったのですから、自分の存在意義を示せるならば何でもしよう。そう思っているのです・・・」
「絵里香。もう一度言うよ。僕は絵里香を愛している。僕は絵里香に初めて出逢った時から、君の言葉や表情。そして仕草。全てが気になってどんどん魅かれていったんだ」
「絵里香の能力には驚いたけれど、その能力の有無と僕が君を愛していることとは全く別の話なんだよ」
「だからね。僕が絵里香の能力が必要だから婚約したんだって君がそう感じるならば、今後一切、能力を使わなくても構わないんだよ?」
「月夜見さま。私はその様に思ってはおりません。私にできることがあるのですから、それを使って月夜見さまのお役に立ちたいのです」
「本当にそう思うのかい?」
「はい。心からそう思っています。私はあなたさまを愛しております」
「絵里香。ありがとう・・・」
僕は絵里香を抱きしめてキスをした。絵里香は泣きはらした顔で笑顔を作った。
「絵里香。でも無理はしないでね。辛いとか難しいと思ったら必ず相談するんだよ。約束できるかい?」
「はい。お約束します。ありがとうございます」
「うん。分かった。では明日からまた能力の訓練をしていこうか」
「はい。お願いいたします」
翌日、絵里香は神宮で月影姉さまに付いて一日研修をする日だった。僕は学校が終わってから神宮へ入った。
「絵里香、月影姉さま」
「あ!お兄さま。どうしたのですか?」
「絵里香が透視能力も僕と同等に使えることが分かったのです。ですのでそれに即した使い方ができる様に訓練をしていきたいのです」
「まぁ!透視もできるのですか。絵里香は優秀なのですね」
「えぇ、その通りです。それで月影姉さま。今日、妊婦が来たら絵里香に胎児を診てもらいたいのです」
「分かりました。では妊婦が来ましたら声を掛けますね」
「お願いします」
「絵里香。妊婦には様々な危険があってね。妊娠してからの定期的な検診がとても大切なんだ。例えば、胎盤が子宮口の方で定着していたら、赤ちゃんはでて来られなくなるし、逆子とか臍の緒が首に絡まってしまってもでて来られなくなる。そうなれば母親の命も危ないのですよ」
「日本であれば問題ないのですよね?」
「問題がないことはないよ。何れにしても手術や帝王切開が必要になるんだ。でもこの世界では手術や帝王切開はできないからね。皆、親子ともども亡くなっているのです」
「え?亡くなっているのですか?」
「えぇ、そうです。宮司は透視まではできません。つまりお腹の中で胎児がどうなっているのか分からないのです。治癒の力は万能ではないのですよ」
「では、透視ができれば助けられるのですか?」
「そうですね。検診で異常が見つかれば能力で治せることもあります。例えば、首に臍の緒が絡まっていたら胎児を逆に回転させて解くのです。逆子も上下を元に戻してやれば良いのです。前置胎盤なら出産の時に胎盤を剥がしてしまえば良いでしょう」
「それは私にもできるのですか?」
「えぇ、絵里香にもできますよ」
「本当ですか!それならば是非、助けたいです」
「絵里香ならばそう言うと思いましたよ。ではこの花瓶を胎児だと思って能力で持ち上げて回転させてみてください」
「はい。やってみます」
花瓶を持ち上げることはできた。でも回転させられない。絵里香は眉間にしわを寄せて必死になっている。絵里香は本当に真面目で真剣だ。
「絵里香。頭で想像するだけでなく両手を前に出して、手で回す様にイメージしてごらん」
「手で回す・・・」
絵里香は呟きながら両手で花瓶を包むような仕草をして手を回転させた。すると浮いた花瓶はゆっくりと回転を始めた。
「そうだ。できているね。ではそのまま逆回転させて。できたら今度は縦回転させてみて」
「はい」
ゆっくりだができる様になって来た。
「そうだね。お腹の中の胎児を透視しながら、そうやって手をかざして回転させるんだよ」
すると巫女がやって来て妊婦が診察に来たことを僕たちに告げた。
「この女性は妊娠初期で出血があり、神宮で逗留させ治癒を掛けていたのです。その後、安定したのですが今日は念のために来て頂いたのです」
「ほう。切迫流産が疑われたのですね。では絵里香。診察してください」
「はい」
僕と同じ様に白衣を着た絵里香は寝台に横たわった女性の前に立つと透視を始めた。僕も横から一緒に透視をする。
僕は念話で絵里香に話し掛ける。
『絵里香、これは念話だよ。胎児が見えているかい?』
『はい。見えます。テレビで観たのと同じです。こちらの方がはっきりと見えますけれど』
『うん。見えて良かった。では胎児の心臓の鼓動も見えるかな?』
『はい。元気に規則的に動いています』
『そうだね。子宮の様子にも問題はない様だし、胎児の心臓の拍動も規則的で、身体に奇形も見当たらない。健康と言えるね』
『はい。良かったです』
『うん?これくらいの大きさなら、もう男女の見分けができるのではないかな?』
『え?どこで見分けるのですか?』
『それは男の子にしかついていないものがあるかどうかを見るのですよ。どうですか?』
『え!あ。そうなのですね。えっと・・・あれ?見えないですね?』
『あぁ、それは向きが悪いからだね。では丁度良いから絵里香の能力で胎児をこちら向きに回転させて見てごらん』
『はい。やってみます』
絵里香は両手を前に出し、胎児を包む様に掴む仕草をして回転させた。すると胎児はゆっくりと回転を始めこちら側を向いた。
『あ!見えました!ありますね。男の子のものが付いています!』
『うん。では絵里香。彼女に赤ちゃんは元気だと。そして男女どちらなのか知りたいか聞いて、知りたいと答えたら男の子だと教えてあげて』
『はい。分りました』
絵里香は妊婦に向き直ると笑顔で話し掛けた。
「診察できました。赤ちゃんは問題なく育って来ていますよ。もう男女の区別が分かるのですが知りたいですか?」
「え?男の子か女の子か分かるのですか?それならば是非知りたいです」
「あなたの赤ちゃんは男の子ですよ」
「男の子!本当ですか!あぁ、神さま。ありがとうございます!男の子なのですね・・・」
服装から貴族と分かる妊婦は男の子と聞いて涙を流して喜んでいた。
「絵里香。ありがとう。良くやったね」
「いえ、私は診ただけです」
「うん。でもあんなに喜んでもらえるのだよ」
「はい。とても嬉しいです」
「月影姉さま、絵里香なのですがこれから透視能力の訓練をしたいのです。今日は診察の仕事をこの辺で終わらせて頂いても良いでしょうか?」
「えぇ、構いません」
「そう言えば、姉さま。五日後にネモフィラ王城に柚月姉さまが来ますよ」
「柚月が?何をしに来るのですか?」
「フォルランに招待されたのですよ」
「え?何故、フォルランに招待されるのですか?」
「先日、月宮殿で湖月姉さまと佳月姉さまを送り出すダンスパーティーが開かれたのですよ。その際に僕とお父さまだけで全ての女性のお相手をするのが辛かったので、フォルランを連れて行ったのです。そこでフォルランが柚月姉さまを気に入ったのですよ」
「まぁ!では、ふたりが結婚することもあり得るのですか?」
「そうですね。まだ分かりませんが」
「でも、神の一家に生まれた娘が宮司になるだけではなく、嫁げる道もできたならば、とても良いことですね」
「月影姉さまにそう言って頂けるとありがたいです」
「それもお兄さまが口添えされたのでしょう?」
「え?ま、まぁ、そうなりますかね・・・」
「お兄さまは、私たち姉妹のことを本当に親身になって考えてくださるのですね。ありがとうございます」
「兄弟なのですからね。当然です。柚月姉さまが来たら一緒に食事をしましょう」
「えぇ、とても楽しみです!」
「ではお姉さま。今日は失礼します」
「月影さま。また来週、よろしくお願いいたします」
「絵里香。今日はありがとう。またお願いしますね」
二人で僕の部屋へ瞬間移動で戻った。
「絵里香。これからパソコンで医学関係の写真や動画を観てもらいますね。観ながら僕が解説していくからね」
「はい。お願いいたします」
この世界で僕が治療したケースを病巣の写真を見せながら解説していった。特に多い、風邪、気管支炎や肺炎は透視ができると確実に治療ができるので、是非覚えて欲しい病気だ。
そして、姿見を見ながら絵里香自身の身体を二人で透視して、乳癌の検査の仕方やポイント、肺や胃、腸など内臓系の癌細胞の見分け方と破壊の仕方を解説した。幸い絵里香の身体には問題は見つからなかった。
「絵里香。自分の身体はたまにこうして、セルフチェックしておくんだよ。そうすれば問題のない臓器に見慣れて来て、問題のある臓器を見た時にすぐに気付くことができるからね」
「はい。分りました」
「そうだ。絵里香は何歳くらいまでには子が欲しいという希望はあるのかな?」
「いえ、自分は結婚できないと思っていましたから、その様な希望も持ったことがございません」
「うん。今まではそうかも知れないね。でももう僕たちは婚約したのですからね」
「そ、そうでした。で、でもまだそこまでは考えたことはないのです」
「では今、考えてみてよ。どうかな?」
「自分の子供・・・ですか?」
「うん。僕たちの子供のことだよ。考えて?」
「え?あ、あの・・・月夜見さま。お顔が近いです・・・」
「それはそうだよ。キスしようとしているのだから・・・」
「え!・・・」
「チュッ!」
「まぁ!ドキドキして考えられないです!」
絵里香は耳まで真っ赤にして下を向いてしまった。
「でも、早ければ早い程良いかな・・・とは思いますけれど。でも勿論、結婚してからで構いません」
「そう。待たせてごめんね。でもその練習はしておこうね」
「練習ですか?それってどういう?」
僕は絵里香に念話で囁いた。
『セックスするってこと!』
絵里香は口に手を当てて、叫びそうになるのを必死に押さえていた。顔は勿論真っ赤になっていた。
「あ!そうだ。絵里香。君の能力のことはご両親やアントンに話したのかな?」
「いいえ、話していません」
「そうだね。ご家族が他人に話してしまうとあまり良くないから、できれば言わないでおいて欲しいかな」
「はい。家族に話すつもりはございません」
「そう。絵里香を守るためにもお願いするよ」
その翌日、お母さん、ステラリア、絵里香たち侍女三人を連れて、プルナス服飾店へとやって来た。
「ビアンカ。こんにちは」
「まぁ!月夜見さま。アルメリアさまにステラリアさまと絵里香さままで。皆さま、ようこそ、お越しくださいました」
「今日はね、異世界の衣装を揃えに来ました。侍女の三人にはお仕着せではなく、異世界の衣装を着てもらおうと思っているのです。お母さまとステラリア、それに絵里香には彼女たちが着ても安っぽくならない異世界の衣装をお願いします」
「おひとり当たり何着ほどご用意いたしましょう?」
「そうですね。ひとり最低五着でお願いします」
「おひとり五着ですね。それでしたら様々な形を選ぶことができますね」
「色は侍女についてはお仕着せの代わりですから揃っても構いません。できれば最低一着はそれぞれの髪の色などに合ったものにして頂けるとなお良いですね」
「かしこまりました。すぐにご用意いたします」
この五人の衣装の寸法は既に店が把握しているので、ビアンカのセンスでどんどん決めていってくれる。一時間も掛からずに全員分が決まった。
「月夜見さま、今回のワンピースやスカートなのですが丈が短いのではございませんか?」
「ステラリア。君の様に美しい女性は足を出して人に見せるのがこれからの主流なのですよ。先日、カンパニュラ王国の服飾店へ行きましたが、もうほとんどがこの様に短いスカートや腕を出す衣装になっていましたよ」
「そ、そうなのですか。私で大丈夫なのでしょうか?」
「君だから似合うのですよ。ステラリアだけではありません。お母さまだって絵里香やニナ、シエナも絶対に似合いますよ」
「でも、月夜見。城の中で私たちだけがこの様な衣装で居たら目立ってしまうではありませんか」
「えぇ、目立って欲しいのです。そして広めて行くのですよ。この五人は指折りの美女なのですからね。皆が見て真似をしたくなるのです。そうですよね。ビアンカ?」
「わ、私が美女?」
「私も?そんなこと・・・」
「あれ?シエナ、ニナ。二人は分かっていなかったんだね。シエナもニナも飛び切り可愛くて美人だと、初めて会った時から思っているよ」
「ま、まぁ!月夜見さまったら・・・初めて会った時からなんて・・・」
「それくらい二人は可愛くて美人なんだよ」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます・・・」
シエナとニナは、真っ赤になって下を向いてしまった。僕の侍女は皆、本当に可愛いくて困るくらいだ。
「そうですね。流石は月夜見さまでございます。皆さまでしたら間違いなく、ネモフィラ王国の流行をけん引して頂けると思います」
「えぇ、そうですね」
カンパニュラ王国に負けてはいられない。ネモフィラにも流行の風を吹かせたい。
お読みいただきまして、ありがとうございました!