14.気持ちの整理
フォルランと月宮殿から帰って来た。
もう、二つの月がかなり高い空に昇っていた。城に帰るなりフォルランから話があるから部屋へ来て欲しいと言われた。切羽詰まった表情だ。どんな話なのかは想像がつくけれどね。一度、お母さんに戻ったことを伝えてからフォルランの部屋へ行った。
フォルランのお付の侍女キアラがお茶を出してくれた。
「フォルラン。どうしたんだい?」
「月夜見。こんなこと初めてで分からないから教えて欲しいんだ」
「珍しく真剣そうだね。どんなことだい?」
「柚月さまのことだよ」
「柚月姉さまがどうしたんだい?」
白々しく聞いてみる。
「柚月さまのことが頭から離れないんだ。一目見てから気になって仕方がないんだよ」
「それは一目惚れというやつなのかな?」
「僕が柚月さまに惚れたと言うのかい?」
「惚れたのでなければ何なのかな?」
フォルランは大真面目な顔をしてとぼけたことを言っている。
「兎に角、今までにこんなことはなかったんだ。貴族令嬢を紹介されても、学校のどの女の子を見てもね」
「恋ってそういうものだろう?」
「やっぱり恋なのかな?」
「でも、今日数時間を一緒に過ごしただけだからね。これから一緒の時間を重ねていけばそのうちにはっきりと分る時が来るのではないかな?」
「これからだって?柚月さまはどこかの国の神宮へ派遣されてしまうのだろう?」
「柚月姉さまはまだ十二歳だ。成人まであと三年あるんだよ。派遣される半年前くらいまでならば変えられるのではないかな?」
「変えるってどういうことだい?」
「だから神宮へは行かせずに、フォルランが嫁に迎えるということさ」
「え?嫁に?い、いや、でもあと二年半では僕はまだ十三歳だよ」
「でも、僕らはあと一年半で学校は卒業するだろう?」
「ん?ということは?・・・どういうこと?」
フォルランは赤い顔をしてきょとんとしている。
「学校を卒業したら柚月姉さまに求婚して、婚約しておくんだよ。それで成人してから正式に結婚すれば良いのさ」
「なるほど!その手があったか!」
「いや、ちょっと待て。まだ本気なのか自分でも分かっていないって言っていなかったか?」
「それもそうか。でも気持ちを確かめようにもネモフィラと月宮殿は離れ過ぎていて、そう簡単には会えないではないか!」
「分かったよ。それならば、何か行事がある度に僕が柚月姉さまを瞬間移動でここへ連れてくれば良いじゃないか」
「本当か!月夜見!」
「あぁ、だけどこれだけは約束してくれ。不誠実な付き合い方をして姉さまを泣かせる様なことだけはしないと」
「それは勿論。約束するよ」
「うん。では柚月姉さまを頼むよ」
「ありがとう!月夜見」
その後、どんな行事の時に姉さまを呼ぶかを二人で考えた。フォルランはもっと行事を増やしてくれと無茶な要求をして来た。これからネモフィラは冬が始まるので、それほど行事などないのだ。初めてで燃え上がってしまっている気持ちを抑えるのに苦労した。
フォルランはまだ女性のことなど全く気にしていないと思っていたのに、恋に落ちるとこれ程変わるものなのかと驚いた。
自分はどうなのだろうか?絵里香に恋をしたのは確かだ。ステラリアのことも絵里香への気持ちと比べることで気がついた。もう否定はできない。大好きは越えて愛になっている。
だけどフォルランの様に一気に燃え上がらないのは何故だろう。
やはり舞依のことなのかな。舞依がこの世界に一緒に転生している可能性は高い気がする。だからステラリアや絵里香に集中できないでいるのだろう。
もし舞依と再会したら僕はどうするのだろう?ステラリアや絵里香を捨てるのか?いや、そんなこと絶対にできない。そうだ。それは確かなことだ。
それならば、二人をもっと受け入れても良いのではないか?フォルランみたいに燃え上がっても良いのではないか?
そうだ。それに舞依がこの世界に転生していることは確定ではないのだから。あまり舞依に執着し過ぎるのは良くない。ステラリアと絵里香にも失礼だ。
うん。ステラリアと絵里香のことは自然の流れに任せて進めよう。
きっとそれが答えだ。
夜遅くに自室へ帰った。
「月夜見。遅かったですね。フォルランがどうかしたのですか?」
「えぇ、色々と相談に乗っていました」
「月夜見。お風呂に入るでしょう?」
「えぇ、入りたいですね」
「今、準備しますね」
「あぁ、お母さま、自分でやるから良いですよ」
「いいえ、一緒に入りたいのです」
「そうですか。分かりました」
二人でお風呂に入った。僕はもう、お母さんより身体が大きいのだ。それなのに一緒にお風呂に入るなんて、前世の日本なら完全にマザコンである。
勿論、拒絶したい自分も居るが、まだ自分ひとりになる自信がないのかも知れない。そしてお母さんを愛している自分が居るのも確かだ。
冷静になって分析するならば、僕の中では恐らくお母さんに関しては舞依を裏切ることになっていないのだろう。だからそこに甘えているのだ。
実際、ちょっと前まではお母さんが僕の精神的な支えであったことは確かなのだから。そしてこれから先は僕がお母さんを守らなければならない。
今、フォルランの恋をきっかけにして、初めてステラリア、絵里香、お母さん、舞依。この四人の女性と僕の関係を冷静に考えられる様になっている。それだけ僕が立ち直りつつあるということの証明なのではないだろうか。
今の僕を支えているのは、舞依がこの世界に転生しているかも知れないという期待感とステラリアと絵里香、そしてお母さんからの愛だ。
だから舞依のことで頭を一杯にして、ステラリアと絵里香の気持ちを蔑ろにしてはいけない。
僕は一年半後に学校を卒業してから舞依を探しに行くが、それは成人するまでをタイムリミットとして一度区切りを付け、ステラリアと絵里香とは結婚すべきだろう。
「月夜見。何をそんなに思い詰めているのですか?またマイのことですか?」
「お母さま。実は・・・」
僕は、先日のネモフィラの丘で、舞依のネックレスを日本から引き寄せたことと、ネックレスを見ていたら、また前の少女の映像が頭に浮かんだこと。もしかしたらそれが舞依の転生した姿なのではないかと考えていることを話した。
「まぁ!そんなことがあったのですね。確かその少女はステラリアと同じ瞳と髪の色をしているのでしたよね?」
「はい。そうです」
「もし、その少女がマイの生まれ変わりだったとして、再会出来たらあなたは必ず結婚しますよね」
「はい。そうしたいです」
「では、そうなった時、ステラリアと絵里香はどうなるのですか?」
「勿論、嫁に迎えます」
「マイが見つかるまでステラリアと絵里香を待たせるのですか?」
「待たせるのは、僕が成人するまでだと思っています。それまでに見つからなければ、先にステラリアと絵里香を嫁に迎えます。それまでに見つかれば三人一緒に娶ります」
「そう。それならば良いのです。きっとマイは見つかりますよ。学校を卒業したら探しに行くのですね」
「はい。そのつもりです。でも何故、お母さまは舞依がきっと見つかると思うのですか?」
「ふふっ。女の勘ですよ」
「女の勘。ですか・・・」
「月夜見。マイを探しに行く時は二人を連れて行くのですよ」
「はい。そうします」
「月夜見。それを今から二人に伝えませんか?」
「今?ですか?」
「あぁ、今夜はもう遅いですね。明日で構いません」
「分かりました」
「あなたは本当に良い男だわ!」
僕はお母さんとも話して気持ちの整理をつけた。
翌日、ステラリアを呼び、絵里香と一緒にソファに座らせた。ニナには、お茶を淹れてから休憩に入ってもらった。僕の隣にはお母さんが座っている。
「今日は二人に話があるんだ。この前、皆でネモフィラの丘へ行ったよね。その時に、アニカ姉さまが誕生日のプレゼントでネックレスをもらった話をしていたでしょう?」
「はい」
「その時に、僕は前世のことを思い出していて、舞依にも誕生日にネックレスをプレゼントしたことがあったんだ。それで、その時のネックレスが鮮明に思い出されたんだ」
「引き出してしまったのですか?」
「そうなんだ。これがそうだよ」
僕はポケットからそのネックレス出して皆に見せた。
「まぁ!可愛い!」
「きれいですね」
「素敵だわ!」
「それで、ひとりでこれを見ていたら頭の中である映像が見えたんだ。それはどこの国かは分からないのだけど、湖のほとりで白馬に乗った少女が現れたんだ。その少女はステラリアと同じ瞳と髪の色をしていたんだ」
「まぁ!私と同じ色ですって?」
ステラリアはそう言って驚き、絵里香と顔を見合わせている。
そして僕はパソコンの写真を二人に見せた。
「それでね。二人には初めて見せるけれど、これが僕と舞依の前世の姿なんだ」
「まぁ!本当に私と同じ黒い瞳と髪なのですね!」
「月夜見さまは、やはり頭の良さそうな顔をしていらっしゃいますね」
「なんだかそれ前にも言われたな」
「ところで、これは一体何なのですか?」
「あぁ、絵里香はまだ知らないのだよね。パソコンだよ。また今度、詳しく話しますね」
「はい。お願いします」
「僕はこの写真を四年前に見たのだけど、その時にもさっき言った女の子の映像が頭に浮かんだんだ。その時はネモフィラの丘みたいに、辺り一面に黄色い花が咲いていてね、そこへ白馬に乗った少女がやって来るんだ」
「四年前はその女の子は五歳か六歳位の姿で、今回見た時には十歳位に見えたんだ。つまり、僕と同じくらいの歳で一緒に成長していると考えられるんだよ。だからね、もしかしたら舞依も僕と同じ日にこの世界に一緒に転生しているかも知れないんだ」
「では、月夜見さまは彼女を探しに行かれるのですね」
「うん。そのつもりなんだ。そしてその時には二人にも一緒に行ってもらいたいんだ」
「私は侍従であり護衛ですから。必ずついて参ります」
「はい!勿論、私もご一緒します!」
「ありがとう。ステラリア。絵里香」
「それでね。とても勝手なお願いで言い難いことなのだけど・・・」
ふたりが少し不安そうな顔になる。
「あ、あのね。僕が学校を卒業したら舞依を探す旅に出る。でもいつまで探し続けるのか分からないんだ。だから見つからなくても僕が十五歳の成人となったら、その時にステラリアと絵里香を妻に迎えたいと思っています」
二人とも両手を口に当てて、真っ赤な顔になった。
「その前に見つかれば、十五歳になった時、三人一緒に嫁に迎えるつもりですけれど・・・」
「それまで、待ってもらえますか?」
二人は僕の話を全て聞き終わる前から大粒の涙を流していた。
「はい。お待ちします。そして必ずマイを見つけます!」
「私もステラリアさまと同じです。ありがとうございます」
「二人とも良かったわね。これで二人とも月夜見の婚約者ですからね」
「え?婚約者。ですか?私が?月夜見さまの?本当なのですか?」
「まぁ!ステラリア。さっきの話が分かっていなかったのですか?あと四年と少しであなたと絵里香は月夜見の妻となるのですよ」
「し、信じられません・・・本当なのですか!」
「本当だよ。ステラリア。まだ少し待たせて申し訳ないことなのですけど」
「い、いえ、そんなことありません。大丈夫です・・・」
また乙女のステラリアになってしまった。可愛い。
「絵里香もごめんね」
「そんな。謝罪を頂くことなどございません。私は嬉しいのです。ありがとうございます」
「近々、ステラリアと絵里香のご両親に婚約の申し込みに行かないといけないね」
湖月姉さまが宮司として派遣される日が来た。先に湖月姉さまをお送りし、一週間後に佳月姉さまを送るのだ。僕は瞬間移動でひとり月宮殿へ移動した。
「シュンッ!」
「お父さま、出発前に少し、お話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「おぉ、月夜見。よく来てくれたな。話か?では私の部屋で聞こう」
お父さんの部屋でソファに座って話をする。
「お父さま、先日も少しお話ししましたが、私はステラリアと絵里香を成人したら妻に迎えようと思います」
「そうか。それは良かった」
「はい。それで今、婚約はしてしまおうと思うのですが、神の一家ということで何か特別な手続きや習慣などはございますか?」
「婚約については、各国貴族の風習だから、そちらに合わせてやれば良いだろう。こちらとしては何もないのだよ」
「分かりました。では、私とお母さまで進めます」
「ところで、準備などに金が必要なのではないか?」
「それならば、下着や異世界の服の発案料が、毎月使い切れない程入って来るのです。だからご心配には及びません」
「うむ。分かった。本当にお前は凄い男だな・・・」
お父さんの笑顔が引きつっていた。
「それと、柚月姉さまのことなのですが、やはりフォルラン王子が姉さまを気に入った様なのです。婚約するかはまだ決断できていない様ですが、今後、二人の気持ちを確認するために何度か柚月姉さまをネモフィラへ連れて行っても良いでしょうか?」
「そうか。構わんぞ。もしネモフィラに嫁に行ければ柚月にとって幸せなことだな。メリナにも言っておいてくれるか?」
「はい。伝えます」
僕は、その足でメリナ母さまの部屋へと行った。
「メリナ母さま。よろしいでしょうか?」
「まぁ!月夜見さま。如何されたのですか?」
「柚月姉さまは、いらっしゃいますか?」
「部屋に居ると思います。すぐに呼んで来ますね」
メリナ母さまは、柚月姉さまを連れて戻って来た。
「あ!お兄さま!湖月姉さまを送りにいらっしゃったのですね」
「そうですよ。それで柚月姉さまにお話しがあるのです」
「はい。何でしょうか?」
「先日、フォルラン王子をここに連れて来ましたが、彼が王城へ戻ってからも柚月姉さまのことが気になって仕方がない。と言うのです」
「まぁ!本当ですか?」
お姉さまは満面の笑顔となった。分かり易い。
「えぇ、お姉さまは如何ですか?」
「フォルランさまですか?勿論、毎日思い出しては考えています・・・」
「そうですか。お父さまとも相談したのですが、今後、ネモフィラで何か行事がある時に僕が姉さまを王城へお連れしますので、お二人で時間を過ごして頂いてお互いの気持ちを確かめてください」
「え?確かめてどうなるのですか?」
「それは、お互いが愛し合っているのであれば婚約されたら良いのです」
「え?私は神宮へ行かなくて良いのですか?」
「えぇ、良いそうですよ。ただ成人するまでには決めて頂かないといけませんが」
「ほ、本当なのですか?お、お、お母さま!そんなこと良いのですか?」
「柚月。落ち着いて。まだフォルラン王子があなたを嫁にと言ってくださったのではありませんよ。今後もお会いしてお互いに気に入れば。のお話ですよ」
「あ!はい。そうでした。でもネモフィラへ行けるのですね?フォルランさまに逢えるのですね?」
「えぇ、それは私が瞬間移動でお連れしますよ」
「ありがとうございます!お兄さま」
「月夜見さま。柚月のためにありがとうございます」
「姉さまもフォルランも、どちらも私の家族なのですから当然です」
そして、湖月姉さまを月宮殿の大型船でルドベキア王国へと送って行った。
ルドベキアの王城の直上へ瞬間移動し到着した。
この王城の隣にある神宮には今まで宮司が居なかった。今回湖月姉さまが初めて派遣されるのだ。今までは巫女だけが居り、薬でできる程度の治療にだけ対応していたのだ。王家の者たちに迎えられ神宮へと案内された。
これから一週間でお父さんとお姉さまで診療の体制をつくるのだ。
神宮の中を歩いていると、そこここに花瓶が置いてあり黄色い花が活けてある。
「あれ?この花。黄色いな。何ていう花かな?」
「これはルドベキアでございます。この国の名となっている花でございます」
巫女が説明してくれた。まさか舞依の映像で見た花ってこの花かな?一面に黄色い花が咲いていたからな。同じかどうかは分からないな。でも覚えておこう。ルドベキアか。
「湖月姉さま。僕は学校もあるので帰りますが、お身体に気をつけて。また遊びに来ますから」
「はい。お兄さま。楽しみにしています。送って頂きありがとうございました」
僕はルドベキアの神宮からネモフィラ王城へと瞬間移動で帰った。
お読みいただきまして、ありがとうございました!




