13.恋の始まり
絵里香はこれまでに十分過ぎる程の能力を発揮してくれた。
「絵里香、念話がこれだけできるなら、読心術もできるのではないかな?」
「どうすればできるのでしょうか?」
「相手に集中するんだよ。小白やソニアと話す時と一緒だよ。では僕の考えていることを読んでみて」
「はい。やってみます」
僕はソファに座ったまま外を眺めて考えごとをする。
真剣な表情で僕を見つめていた絵里香は「ふぅ」と息を吐いてから言った。
「もしかして「絵里香がこれをできたらご褒美をあげよう」と考えていましたか?」
「凄い!絵里香!できてしまったね!」
「本当ですか!合っていたのですね!」
「うん。正解だよ。では何かご褒美をあげなくてはね。絵里香、何が欲しい?」
「私は、月夜見さまとこうしている、今この時が本当に幸せなのです。欲しいものなどございません」
うわぁ、何て可愛いことを言うのだろう・・・
「そんなぁ、僕が何かしてあげたいのだけどな」
「あ!それならば、この前の月の都の山の山頂へ行って景色を眺めたいです」
「うん。それならお安い御用だ。今、行こうか」
「本当ですか?」
「あぁ、いいよ。さぁこちらへ」
僕は絵里香を抱きしめて飛んだ。
「シュンッ!」
山頂に着いても絵里香は抱きついたまま離れなかった。
「月夜見さま、ちょっとだけこのままでも良いですか?」
「え?うん。いいよ」
三分くらいそうしていただろうか。
「えへっ。甘えちゃいました」
絵里香は、はにかんだ様な笑顔を見せて僕から離れた。
絵里香の笑顔を見た瞬間、何かが僕の胸に突き刺さった。あ!これ、初めて舞依を抱きしめた時と同じだ。あの時も僕から離れた時の笑顔を見て恋に落ちたことを知ったのだった。
まさか絵里香って舞依の生まれ変わりではないだろうな?
いや、それはない。だって僕は十歳。絵里香は十五歳なのだからな。舞依の生まれ変わりが居るならばやはり十歳の筈だ。
でも僕は今、絵里香に恋をしてしまった。この娘はなんて可愛いのだろうか。
「つ、月夜見さま・・・あの、私・・・」
絵里香が真っ赤な顔をしている。
「あ!まさか!絵里香。もしかして今、僕の心を読んだ?」
「あ、あの!読んではいないのです!ですが何故か聞こえて来てしまって・・・」
「あ!あーそうだね。僕もそうだった。人の心が読める様になった時って、聞こえない様にする方法を知らないから何でも聞こえて来てしまうのだよね・・・あーしまった!」
「あ、あの。私、どうすれば・・・」
「そ、そうだね。僕の気持ちはさっきの通りだよ。どうやら恋に落ちた様だね」
「わ、私は平民です。私なんかでは・・・」
「絵里香。この前、ネモフィラの丘でも話していたでしょう?僕は人の身分なんて気にしないんだよ」
「そ、それでは・・・私も・・・月夜見さまを愛しても・・・良いのですか?」
「僕で良いのかい?」
「私は侍女になってくれますかと聞かれた時から一生離れないと決めていたのです」
「そう。ありがとう。嬉しいよ」
「絵里香。でも僕はこの世界ではまだ十歳なんだ。ゆっくりでも良いかな?」
「はい!」
「あの。月夜見さま。マイさまという方はどの様な?」
「あぁ、その話も聞かれていたのだったね。うん。実は僕はね、前世で・・・」
前世での僕の人生を絵里香に全て話した。ここに来てからのブラジャーの話まで含めて全てをだ。隠し事はしたくなかったから。
僕から全てを聞いた絵里香は神妙な面持ちとなってしまった。
「前世でその様なお辛い経験をされたのですね。私は月夜見さまに何をして差し上げられるのでしょうか・・・」
「僕はね。こんな記憶を引きずったままでは、この世界で恋をすることなどとてもできないと思っていたんだ」
「でも、ネモフィラに来てこの五年間で、お母さま、ステラリアや小白、色々な人のお陰で心が癒されていたのかも知れないね。だから絵里香を好きになれたのでしょうから」
「だから僕に特別に何かしようとしてくれなくて良いんだよ。絵里香。ありがとう」
僕はそれから読心術の止め方を絵里香に教え、山からの景色を堪能して城へと戻ることになった。
「さぁ、絵里香。帰ろうか」
絵里香は自然に僕の首に腕を回して抱きついた。僕はそのまま絵里香を深く抱きしめて、お互いの頬を重ね合わせた。
「嬉しい!」
「絵里香。誰も見ていないところへ飛ぶ時は良いのだけど、城に帰る時は僕の首に腕を回すのは止めておいてくれるかな?」
「あ!ごめんなさい。嬉しくてつい」
「良いんだよ。要らぬ焼きもちを焼かせたくないだけなんだ」
「ステラリアさまとアルメリアさまですね」
「うん。もう分かっているでしょう?」
「えぇ、お二人とも心から月夜見さまを愛していらっしゃいますもの」
「絵里香は嫌でない?」
「いいえ。三人で月夜見さまを一生、愛します・・・」
「絵里香。ありがとう」
「では、帰ろうか」
「はい」
「シュンッ!」
僕らは厩の前に瞬間移動した。小白がすぐに気付いて嬉しそうに走り寄って来た。絵里香が先に小白に飛びつき、クシャクシャと首の毛を撫でまわして抱きついた。
絵里香の瞳には涙が光っていた。
そして月宮殿でのダンスパーティーの日となった。
皆とも話し合い、今回はステラリアを伴わず同行者はフォルランだけとした。何故って、またステラリアがオリヴィア母さまやマリー母さまに絡まれるからだ。
それにダンスパーティーと言っても、月宮殿にはダンスができる殿方はお父さんしか居ない。僕が行っても二対十三なのだ。先日も僕ひとりで六人と踊ったがかなり大変だった。
それでフォルランに泣き付いたのだ。これでも三対十三でひとり当たり四人はお相手しなければならない。
事前にフォルランに話したが、既にダンスへの嫌悪感は薄れていたし、何よりも月宮殿に行ってみたかったらしい。それで応じてくれたのだ。大変助かる。
もう結構な図体のフォルランを抱きしめて瞬間移動するのは嫌だったので、小型船に乗って船ごと瞬間移動した。
「ではお母さま、ステラリア、絵里香。行って来ますね」
「湖月と佳月によろしく伝えてね」
「はい。楽しんで来てください」
「いってらっしゃいませ」
「行って来ます!」
「シュンッ!」
「さぁ、着いたよ。ここは月の都。あそこに見えるのが月宮殿だよ」
「おぉー!ここが月の都か!思ったよりも広くて大きいな!」
「そうだろう?」
「さぁ、庭園の方から宮殿に入ろうか」
宮殿に入るとまずサロンへ向かった。そこには既にドレスで着飾ったお母さま達とお姉さま達が居た。僕らが部屋へ入るとシーンと静まり返り、皆が固まった。
「お、お兄さま!そ、そのお姿は!」
「湖月姉さま。これですか?ダンス用の衣装ですが?何かおかしいですか?」
「あぁ・・・バタン!」
「あ!那月姉さまが気絶した!」
「まぁまぁ、那月!しっかりして!」
「お兄さま、そ、そ、そのお方は?」
柚月姉さまが、震えながら聞いて来る。
「柚月姉さま。ネモフィラ王国のフォルラン王子です」
「お、王子さま!」
「まぁ!王子さまよ!王子さまが来たわ!」
「どうしましょう!」
「まぁ皆さん、落ち着いて。まずは自己紹介をしましょうか」
流石、フォルラン!本物の王子さまブランドの破壊力というやつか。
那月姉さまが気絶してしまったが幸いにもすぐに気がついた。お父さん、お母さま達、お姉さま達、弟達の順にフォルランに挨拶をしていった。
ダンスの前に食事だ。フォルランが一番の上座に座り、僕はその隣に座った。目の前には今日の主役の湖月姉さまと佳月姉さまが座った。
「今日は湖月と佳月が成人し、それぞれ神宮の務めへと旅立つことが決まった。今夜、二人を祝うために月夜見がダンスパーティーを催してくれ、ネモフィラ王国のフォルラン王子まで馳せ参じてくれた。誠に喜ばしい日となった」
「では、これから宴を始め、後にはダンスを楽しもうではないか」
「湖月、佳月。おめでとう!」
「おめでとうございます!」
それから皆で食事を頂きながら談笑した。皆の興味はフォルランに集中した。
「フォルランさま。今、お幾つなのですか?」
「はい。十歳です。もうすぐ十一歳ですが」
「フォルランさま。もう、婚約はされていらっしゃるのですか?」
「いえ、まだ婚約はしておりません」
「フォルランさま、その衣装は王子さまの衣装ですか?それともダンス用ですか?」
「これはダンス用のもので月夜見と一緒に作ったものです」
「素敵ですわね!」
「そうですか?ありがとうございます」
「フォルランさま。その美しいエメラルドの様な瞳はお父さまに似たのですか?」
「これは、母上に似た様です」
「フォルランさまは、私のお姉さまの息子なのです。ですから佳月と良節はフォルランさまの従弟なのですよ」
「あぁ、ジュリア母さま。そう言えばそうでしたね」
「え?私、王子さまと従弟同士なのですか」
「では、佳月さまは僕のお姉さまで、良節は弟なのですね」
「佳月お姉さまは、どこの国の神宮へ行かれるのですか?」
「はい。私はプラタナス王国へ参ります」
「あれ?プラタナス王国?どこかで聞いたな?」
「フォルラン。アニカお姉さまが来年嫁ぐ国ではありませんか?」
「あら。トレニアの娘はプラタナス王国へ嫁ぐのですか」
「はい。マリー母さま。ティアレラ プラタナスさまと婚約されたのです」
「まぁ!そうだったのね」
「今、ここに居る娘たちは皆、月夜見さまとフォルランさまより年上ですね。でも背丈はお二人の方が既に高いですけれどね」
「あれ?皆さん、僕より年上だったのですか?」
「そうですね。一番下の子が、柚月と水月で二歳上です」
柚月姉さまがフォルランに手を振っている。可愛いな。お!なんか、フォルランも少し赤い顔になったかな?
「柚月さまは年下かと思いました」
「まぁ!でもフォルランさまはしっかりしていらっしゃるから、私から見ても年上に見えますわ」
柚月姉さま。えらく可愛い子ぶっている感じが否めないな。
「そ、そうですか!?」
あれ?フォルラン。まんざらでもないんかい!
食後はサロンに移り、まずはお茶をした。柚月姉さまは完全にフォルランをロックオンし、片時も離れなくなった。トイレ大丈夫なのかな?あまり我慢していると膀胱炎になっちゃうのに・・・まぁ、今日だけなら大丈夫か。
「月夜見。その後、絵里香の能力はどうなったのだ?」
「はい。やはり念話系の能力が高いです。読心術も動物との念話もできます。それと念動力も軽い物なら持ち上げて動かせます。あとは空中浮遊ができます。治癒能力は今までも自分で能力と気付かぬまま使っていた様です。月影姉さまの下で訓練を開始していますが、お姉さま達より力はあると思います」
「そうか。月夜見。絵里香は手放してはならんぞ。一生手元に置けるか?」
「それなのですがお父さま、僕は将来、絵里香と結婚するかも知れません」
「そうか、それならば良いのだ。いや、そうして欲しい。頼むぞ」
「そうなる様、鋭意努力します」
「お前、硬いな・・・嫁に来いと言えばそれで良いではないか」
「それはちょっと軽いですね。流石はお父さまです」
ちょっとだけ嫌味っぽく言ってしまったかも知れない。でもいいや。十五歳のお母さんを嫁にもらった罰だ。
そして、今夜のメインイベント。ダンスパーティーが始まった。
申し訳ないのだが、やはり僕とフォルランに人気が集中した。でもぶれないのが、オリヴィア母さまだ。
ダンスの曲が始まるや否やオリヴィア母さまはどこからともなく、すぅっと現れ僕の手を引いて中央へと誘われた。
「月夜見さま。今日のその衣装。素晴らしいですわ。惚れ惚れしてしまいました」
「オリヴィア母さまも今日のドレスは新しいものですね?」
「まぁ!気付いてくれたのですね。グロリオサのアリアナから聞いたのです。月夜見さまがステラリアに私と同じドレスを贈ったって。だから新しいものを作らせたのです」
「そ、そうでしたか。それは申し訳ございません」
「月夜見さまが謝ることではございませんよ。でもこのドレスは如何でしょうか?」
「えぇ、オリヴィア母さまの美しさが引き立てられていますね」
「そうですか?それはどの辺でしょうか?」
「あ、あぁ、やはり美しい胸が更に輝いて見えますね」
「まぁ!流石、月夜見さま。見るところも褒め方も一流なのですわ・・・私、もう気を失いそうですわ」
「あ!それは、大変ですね。少し、休憩しましょうか?」
「いいえ、あと一曲踊ってくださいまし!」
「は、はい。かしこまりました」
やっとオリヴィア母さまから解放された僕は、やはり主役と踊らねばと、湖月姉さまと佳月姉さまを探した。
「湖月姉さま。踊りましょうか」
「はい。お願いします!」
「湖月姉さま。ダンスは大丈夫ですか?」
「何とか踊れる様にはなっていると思います。まだ話しながらでは、足を踏んでしまうかも知れませんが」
「大丈夫です。僕がリードしますからね」
「お兄さまは本当に素敵な方ですね」
「ありがとうございます。そう言えばお姉さまが行くルドベキア王国には、一度しか行ったことがないのです。国の実情も良く分からないので、何かあったらすぐに呼んでくださいね」
「はい。ありがとうございます。頼りにしていますね」
次に佳月姉さまと踊った。
「佳月姉さまはプラタナス王国へ行かれるのですよね」
「えぇ、そうなのです」
「それなら、ネモフィラのアニカ姉さまが嫁ぐ時に僕が送って行くので、その時にお姉さまのところへ寄りますね」
「えぇ、嬉しいわ。是非、来てください」
「それまでにもし、困ったことがあったら言ってくださいね」
「ありがとうございます。私、お兄さまの妹で幸せです」
「本当は姉ですよ・・・」
ダンスが一段落して周りを見ると、フォルランと柚月姉さまが踊っていた。
「あれ?メリナ母さま。柚月姉さまとフォルランって、ずっと踊っているのですか?」
「いえ、始めに柚月と踊って、それから他の娘と三人踊ってからまた柚月と踊っているのですよ」
「あのふたりって良い雰囲気なのでしょうか?」
「どうなのでしょう?でも相手は王子さまですからね・・・」
「結婚は難しいのですか?」
「どうなのでしょうか?ネモフィラの宮司はもう埋まっていますしね」
「宮司にならずに嫁に行くという選択は不可能なことなのですか?」
「それは前例がないので、どうなのか私には分かりません」
「後で、お父さまに聞いてみますね」
「お願いいたします」
二人が本気になってしまってから付き合えないとなったら可哀そうだ。前もって確認しておくべきだと思う。
「お父さま。まだ分かりませんが、フォルランと柚月姉さまが良い雰囲気なのですよ。万が一、ふたりが結婚したいと言い出したらお姉さまは宮司にならずに嫁に行くことは可能なのですか?」
「そうだな・・・前例は無いと思うが、今は神宮の宮司も足りているし、これからは宮司が自ら家族を増やし宮司を育てられることを考えれば駄目だとは言えないね」
「柚月の成人まではあと二年あるから、それまでに二人の意思が固まりネモフィラ王の許しが出るならば、嫁に出すことは問題ないだろう」
「あと二年ですね。分りました」
「お兄さま!お、お願いです!私とお、踊ってください!」
「あぁ、那月姉さま。もう大丈夫なのですか?」
「はい。ずっと見て慣れて来たのでもう大丈夫です」
「あれ?フォルランと踊りたいのではなく?」
「いいえ、お兄さまです!今日、最初にお兄さまの姿を見た瞬間に頭に血が上ってしまって」
「え?僕を見て気絶したのですか?」
「そうです」
「分かりました。踊りましょう。でも気絶しないでくださいね」
「頑張ります!でもお兄さま。そのお姿。美し過ぎます・・・こんなに近くで見られるなんて・・・私、幸せです」
「そうですか。幸せで何よりです。では抱きしめて差し上げましょうか?」
「え?本当ですか?」
きゅっ!と細い腰を抱き寄せ、身体を密着させ頬を寄せた。そして那月姉さまは再度気絶した。
「月夜見さま。那月をからかってはいけませんよ」
「えへへ、シャーロット母さま、ごめんなさい。あんまり可愛いことを言うから、つい」
「ふふっ。でも良い思い出ができたことでしょう」
その後、握手会ならぬ、抱きしめ会が始まってしまった。結局、柚月姉さま以外のお姉さまとお母さま達を抱きしめて差し上げた。
どうやら柚月姉さまのフォルランへの思いは本気らしい。
帰ったらフォルランの意思を確認しないといけないな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!