10.新しい能力者
十月になり、絵里香が僕の侍女になる日が来た。
僕はステラリアと小型船で絵里香の家へと飛んだ。玄関で出迎えられ家に入ると絵里香の荷物が四つの箱に詰められていた。
「絵里香、荷物はこれだけかい?」
「はい。でも箱が大きいのです。小型船に入るでしょうか?」
「いや、船には積まないから大丈夫ですよ」
僕はそう言うと、箱をひとつずつニナと絵里香の部屋へ送った。ニナにはこの時間に部屋に居ない様に伝えてある。
「シュンッ! シュンッ! シュンッ! シュンッ!」
「あーっ!荷物が!き、消えました!」
「もう、部屋に届いていますよ」
「凄いです!」
「では皆さま、絵里香をお預かりします」
「月夜見さま。本当にありがとうございます。娘をよろしくお願いいたします」
「娘がきちんと仕事ができるか心配ですが、何卒よろしくお願いいたします」
「お姉さま。寂しいです」
アントンが絵里香に抱きついていた。もう会えないと思っているのだろうな。
「譲治殿、ハンナさま。絵里香ならきっと大丈夫です。アントン、絵里香にはいつでも会えるからね。週に二日はお休みなのですからいつここへ遊びに戻っても良いのです」
「そうなのですか!」
「では、失礼します」
「お父さま、お母さま、アントン。行って来ます!」
「シュンッ!」
「さぁ、絵里香。城に着いたよ。これからよろしくね」
「はい。月夜見さま、ステラリアさま。これからよろしくお願いいたします」
「よろしくね。絵里香」
「さぁ、まずは部屋へ案内するよ、一度僕の部屋に行ってニナと一緒に行こうか」
「はい」
「お母さま、戻りました」
「月夜見。お帰りなさい。絵里香。今日からよろしくね」
「はい。アルメリアさま。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「ニナ。絵里香に部屋を案内したいんだ。一緒に来てくれるかな?」
「はい。かしこまりました」
四人でニナと絵里香の部屋へと向かう。
部屋に入ると先ほど送った荷物が床に四つ並んでいた。
ニナが部屋の中を案内していく。部屋の真ん中にテーブルとイスがふたつ置いてあり、その向こうに窓がある。真新しい明るい青のカーテンが美しい。窓の両サイドには手紙が書ける様な作業机とイスもあった。
入り口から見て左右の壁沿いにシングルベッドがある。右がニナで左が絵里香だそうだ。
ベッドの足元にはそれぞれのクローゼットがあり、その横の壁にはそれぞれにドアがあって、ニナの側がお風呂で絵里香の側がトイレとビデがある。
「ニナ。この部屋は前の部屋と比べてどうかな?」
「はい。前の部屋はひとり部屋でしたが、トイレやお風呂は共同でしたので廊下に出て歩いて行かなければなりませんでした。でもここは部屋に専用のお風呂とトイレがありますので、とても嬉しいです」
「良かった。絵里香はどうかな?」
「はい。私の家よりも格段に素敵です。ビデも家にはありませんでしたから」
「それは良かった」
「月夜見さま、絵里香の仕事の衣装なのですがどうされますか?」
「ニナ、絵里香にはお仕着せではなく、異世界の衣装を着てもらうよ。ニナとシエナの分も揃えるからね」
「まぁ!ありがとうございます。では絵里香の衣装は、本日はこのままでよろしいのですね」
「うん、そうだね。では絵里香。荷物の整理が終わったら僕の部屋へ来てくれるかな?」
「あ!荷物の整理は仕事が終わってからやりますので、すぐに伺います」
「絵里香。それは駄目だよ。仕事が終わってから部屋の片付けを始めたらニナがゆっくりできなくなってしまうからね。先に済ませてしまって良いのですよ」
「あ、はい。分りました」
そして絵里香は一時間も掛からずに片付けを済ませて戻って来た。やはり有能な娘の様だ。それから絵里香は常にニナと一緒に行動して仕事を覚えていった。
夜のダンスレッスンもすっかり定着し、フォルランもかなり上達していた。
彼は初め、自分はダンスなんて踊りたくないとか言っていたものの、僕が「学校で習うと女子たちが君に群がるぞ」と忠告すると、それならここでできる様にした方が良い。と気付いた様だ。長年、世話をしてくれている侍女を相手にかなり上手に踊っていた。
絵里香も学校では一応習ったものの上手とは言えないレベルだった。それではと、僕の英才教育を受けて上手に踊れる様になった。
そうこうしているうちにレイラの退職日が近くなった。
最後の出勤日は僕とお母さん、ステラリアと侍女だけでサロンで食事会をし、その後、ダンスパーティーをすることになった。
この食事会の時間だけ、他の使用人に給仕をしてもらい、ニナ、レイラ、シエナ、絵里香にステラリアも一緒に食事をする。
席順は、お母さん、僕、ステラリアと並び、お母さまの対面にニナ、レイラ、シエナ、絵里香と並んだ。今日は食後がダンスパーティーのため、皆、華やかなドレスを着ている。
「レイラ。今まで私と月夜見のお世話をありがとう。結婚して幸せになるのですよ」
「レイラ。結婚おめでとう!お幸せに!」
「アルメリアさま、月夜見さま。ありがとうございました。お二人の侍女を務めさせて頂けたこと、本当に幸せでした」
レイラの嫁ぐ領地の話や結婚式の話など、レイラの幸せそうな笑顔を見ながらの食事は楽しいひと時だった。
デザートを頂き、お茶をゆっくり飲んでからダンスパーティーを開始した。
「では今日の主役のレイラから。僕と踊ってくださいますか?」
「はい。喜んで!」
僕はレイラと踊った。踊りながら今までの思い出話をした。そして曲の最後に、
「レイラ。もし子供のことで困ることがあったらいつでも相談に乗るからね」
「はい。ありがとうございます。最後にこうして月夜見さまに頂いたドレスを着て踊って頂けるなんて夢の様です」
「そう、良い思い出になったのなら良かった。幸せになってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
その後も僕は大忙しだ。だって男性が僕だけだからね。
「今日はお母さまもドレスを着て頂いているからいつもと違いますね」
「そうね。なんだかドキドキするわ!」
「本当に美しいです。お母さま」
「ありがとう。月夜見もその衣装だと王子さまの様ね。とても素敵よ!」
「ありがとうございます」
僕のダンスの衣装は真っ白なタキシードの様な王子さま然とした衣装だ。
次はステラリアだ。
「ステラリア。今日も美しいね」
「まぁ!ありがとうございます。月夜見さまもその衣装、とても凛々しいですわ」
「それにしてもステラリアとのダンスが一番スムーズに踊れるな」
「私もです。こうして話ながらでも流れる様に踊れます」
「レイラさま、月夜見さまとステラリアさまのペアって本当にお美しいですわね」
「そうね。シエラ。これ程までにダンスをおきれいに踊る姿を私は見たことがございません」
「本当に!」
「あのプラチナシルバーとストロベリーブロンドの髪が流れる様に回転する様は、まず見られるものではありませんよ」
「そうですね。私、この目にしっかりと焼き付けておくわ・・・」
「ニナ。ダンスが上手くなったね。ダンスは好きになったかな?」
「はい。こんなに楽しいものだとは思いませんでした」
「そうだね。月宮殿ではダンスなんてしていなかったものね」
「どちらにしても、侍女は主人と踊ることなどあり得ませんが・・・」
「そうでしたね。ごめんね。無理矢理に付き合わせてしまって」
「いいえ、とても楽しいのです。感謝しております」
「シエナ、レイナと二人部屋だったけど部屋はどうなるのかな?」
「はい、ニナさまの使われていたひとり部屋へ移ります」
「あぁ、そうか。少し寂しくなるかな?」
「大丈夫です」
「シエナはダンスが上手だね。好きなのかい?」
「はい。楽しいです。でも月夜見さまと踊るのは意識を保つのが大変ですが」
「そうなの?気絶しないでね」
「はい、こうしてお話ししていれば大丈夫です」
そして最後に絵里香と踊った。
「絵里香、ダンスの時は髪を結っていないのですね」
「はい。皆さん下ろしていらっしゃいますので」
「そう。絵里香の髪は艶があって美しいですね」
「え!そんなこと初めて言われました。私のこの黒い髪が美しいのですか?」
「私の前世の世界は勿論ですが、この世界でもカンパニュラとかグラジオラスには黒髪の人は居ますよ」
「そうなのですか。私はあまり見たことがないもので」
「もっと自信を持った方が良いですよ」
「はい」
その時、何故か絵里香の心の声が聞こえた。
『月夜見さまは本当にお優しいのだな・・・』
あれ?僕は心を読まない様にしているのに何故聞こえるのだろう。
『あら?頭の中に月夜見さまの声が聞こえるわ』
『あれ?絵里香。心で話しているかい?』
『え?お話ししていないのに何故、会話しているみたいになっているのでしょう?』
『これって念話なのかな?絵里香、本当に僕の話声が聞こえているの?』
『はい。聞こえています。これは声に出してお話ししていませんよね?』
『うわぁ、これは大変だ!』
『え?大変なのですか?』
『うん。大変なことだよ!』
『そうなのですか?』
僕はダンスが終わると絵里香の手を引いてお母さんのところへ急いだ。
「お母さま!大変です!」
「え!どうしたのですか?」
「絵里香は念話ができます!」
「絵里香が?どうしてですか?念話は神でも力の強い者にしかできないのでは?」
「そう聞いていますよね。でも絵里香とは念話で会話できるのです」
「一体、どういうことでしょう?」
「あした、暁月お爺さまのところへ連れて行ってみましょうか」
「そうですね。それが良いでしょう」
「では絵里香、明日は月宮殿へ行きましょう」
「私、何かおかしいのですか?」
「おかしいということではありません。きっと特別なのでしょう」
「明日、ステラリアも一緒に来てください」
「はい。分りました」
翌朝、レイラを実家へと送り届けた。
まずは荷物をまとめると部屋の一か所に置き、ステラリアとレイラと三人でレイラの実家へと飛んだ。途中僕が後押しして、三十分程で到着した。それからレイラの荷物を引き寄せて引越が完了した。
「レイラ。今まで本当にありがとう。お幸せにね」
僕は最後にレイラを抱きしめた。レイラは真っ赤な顔をして照れていた。
「月夜見さま、ステラリアさま。ありがとうございました」
「ではまた!」
「シュンッ!」
瞬間移動で城へ戻り、今度は絵里香を乗せて月の都のお爺さんの屋敷の前へと飛んだ。
「シュンッ!」
「さぁ、着いたよ」
「ここが月の都なのですね。あ!月があんなに大きく見えています!凄いですね!」
「えぇ、美しいでしょう?」
「はい。素晴らしいです!」
「おぉ、月夜見ではないか。久しいな」
「お爺さま。ご無沙汰しております」
「今日はどうしたのかな、そんな綺麗な女性を二人も連れて」
「お爺さま、こちらは僕の侍従でステラリア ノイマンです」
「初めてお目に掛かります。ネモフィラ王国王宮騎士団 剣聖ステラリア ノイマンでございます」
「はじめまして。暁月です。月夜見が世話になっている様だね」
「いえ、お世話になっているのは私の方でございます」
「うん。末永く、よろしく頼みます」
「はい。かしこまりました」
「お爺さま、それで今日来たのはこちらの絵里香 シュナイダーのことなのです。彼女は今月から私のお付の侍女となったのですが、何故か彼女と念話ができるのです」
「何?念話が?分かった。まずは屋敷に入りなさい」
「まぁ!月夜見さま、ようこそお越しくださいました。しばらく会わない内に立派な男性に成長しましたね」
「ダリアお婆さま。カルミアお婆さま。お久しぶりです。こちらは僕の侍従のステラリアと侍女の絵里香です」
「初めてお目に掛かります。ステラリア ノイマンでございます」
「初めてお目に掛かります。絵里香 シュナイダーでございます」
「まぁ!侍従に侍女なの?嫁ではなく?」
「はい。まだ嫁ではありません」
「ああ、まだ。なのね。分かったわ。今、お茶を淹れるわね」
「さて、そちらのお嬢さんは絵里香でしたか。念話ができると?」
「はい。昨夜、月夜見さまとダンスをしていたら突然、頭に言葉が伝わって来て・・・」
「そうか。では試してみようか」
お爺さんが絵里香に念話を開始する。でも僕にも聞こえている。
『私は暁月。月夜見の祖父だ。絵里香、聞こえるかな』
『はい。頭の中でお話しが聞こえています』
『うん。これは驚いた。本当にできるようだね』
『そうですよね。お爺さま』
『わ!月夜見さまのお声も聞こえます!』
『私も三人で念話をするのは初めてのことだよ。さて、絵里香殿、君はどこの出身なのかな?』
『私はアスチルベ王国から五年前にネモフィラ王国へ移って来ました』
『お爺さま、この絵里香と父親の譲治殿は、我々同様に漢字の名前を持っています。その一族はどうやら、アスチルベ王国の建国前からその島に住んでいる先住民だった様です。そしてその容姿は私の前世の国、日本人と同じなのです』
『そうなのか。すると我々の祖先とその島の先住民は同じ種族である可能性があるのだな』
『そうなのかも知れません。また、その先住民が味噌や醤油を作り、現在も作り続けて世界へ輸出しているそうなのです』
『そうだったな、味噌や醤油はアスチルベ王国からの輸入品であることは知っていたがな』
『それにしても、絵里香殿の力は強い様だな。おっと、三人だけで話していてはステラリア殿が来ている意味がないだろう。念話はこれで止めておこうか』
「ステラリア、ごめんね。今、三人で念話を使って話していたんだ」
僕は今話していた内容をステラリアに説明した。
「分かりました。ありがとうございます」
「絵里香。もしかしたら君は念話以外にも何か力を持っているのではないかな?」
「力。でございますか?これがそうなのかは分からないのですが、未来のことが分かる夢を見たことがあります」
「ほう。予知夢か。それはどのくらい先のどんなことが見えたのかな?」
「はい、五歳の時と十歳の時に、どちらも五年後の自分の姿が見えました。そしてどちらも夢の通りになりました」
「それは、私でもできたことがない能力だな。月夜見はどうかな?」
「私にもできません」
「絵里香は今、何歳なのかな?」
「はい。十五歳になりました」
「では、また五年後の夢を見たのかな?」
「いえ、まだ見ておりません」
「前の時も五歳と十歳になってすぐに夢を見た訳ではないのかな?」
「はい。少し経ってからだったと思います」
「では、そろそろ未来を予測する夢、予知夢を見るのかも知れないな」
「それで、五歳と十歳の時にはどんな夢を見たのか聞いても良いかな?」
「はい。五歳の時は私が十歳になった時に弟が生まれ、ネモフィラのお爺さまに呼ばれて移り住み、王立学校へ通うこととなる夢で、十歳の時は十五歳になったら今着ているこの服を着て広くて大きな部屋で信じられない程にお美しいお方の侍女になっている夢でした」
「それで、その通りに月夜見の侍女になったのだね」
「はい。その通りでございます」
「絵里香。僕と初めて会った時にその話はしなかったよね?」
「はい。そんな夢の話をしても信じて頂けるとは思いませんでしたから」
「それはそうだろうな。絵里香殿は賢いな」
「ではそろそろ、五年後の二十歳になった時の自分の姿を夢に見るかも知れないのだね」
「そうなのでしょうか?」
「まぁ、見るかも知れないし、もう見ないかも知れないな。その様な能力の話は聞いたことがないものでな。分からんのだ」
「それでは、絵里香の父上も能力があるかも知れませんね」
「うむ、あり得るな」
「ただ、治癒能力にしても他の能力にしても、その力に目覚めた時、それを正しく使ってくれるかどうかは分からないからな。そこは慎重にならねばならんぞ」
「あぁ、そうですね。絵里香は僕と一緒に居れば教えることもできますからね」
「まずは、絵里香の使える能力を見極めるのだ。他の者は無暗に調べない方が良いだろう」
「絵里香。その能力のことを誰かに話したかな?」
「はい。お父さまとお母さまだけには話しています」
「その時のお父さまはその能力について知っていたかな?」
「いいえ。何も知らない様でした。ただ驚いていましたので」
「アスチルベ王国に居た時、周りでその様な能力の話は聞いたことがあるかな?」
「いいえ、全くありませんでした」
「それであれば、今は絵里香を保護しておけば大丈夫だろう。良いか月夜見。絵里香は大切に守るのだよ」
「はい。お爺さま。分りました」
それにしても絵里香が能力者だったなんて・・・驚いたな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!