7.王家の娘の結婚候補
翌朝、ステラリアのベッドで目を覚ました。
ステラリアは既に起きていて僕の顔を見つめていた。
「おはよう。ステラリア」
「おはようございます。月夜見さま」
「昨日はよく眠れた?」
「はい。眠れました。少し早く目が覚めてしまいましたが」
寝起きのステラリアも綺麗な顔のままだった。瞳やまつ毛、鼻や唇。順番にじっくりと観察してしまった。
「そんなに見つめられたら恥ずかしいです・・・」
「ステラリアは早く起きて僕の顔を見ていたのでしょう?」
「はい。沢山見せて頂きました」
ステラリアの頬はほんのりと赤くなった。時折見せる少女の様な仕草や態度を見る度に引きつけられている自分がいる。
「ステラリアは僕が好きかい?」
「はい。お慕いしております」
「慕うというのは、僕の前世では古い言葉であまり馴染みがないんだ。同じ意味としては、愛している。かな?」
「はい。愛しています」
「ありがとう。僕のどんなところが?」
「はい。月夜見さまは、いつでも誰にでも平等で分け隔てなく接してくださいます。その上、真摯に相手のことを考え、手を差し伸べることができるお方です。私にも手を差し伸べてくださり、女性として扱ってくださいました。繊細で優しく愛に溢れたお方です」
「ありがとう。ちょっと褒め過ぎかも知れないけれど・・・」
僕は真直ぐに彼女の瞳を見つめたまま問い掛ける。
「ステラリアのその気持ちが変わることはないのだろうか?」
「はい。生涯、変わりません」
「そう。ありがとう」
そう言ってステラリアを抱きしめた。
「そうだ。ステラリア。折角今、裸なのだから検診をしておこうか。ステラリアはしたことがないと思うんだ」
「え?この明るい朝に、このまま私の身体をお見せするのですか?」
「一晩、裸のまま一緒に過ごしておきながら何を言っているの?大体、検診ですからね。主に診るのは身体の中ですよ」
「ステラリアのお母さまは子宮に問題がありましたからね。娘であるあなたも同じ病気になる可能性があるのです。だから定期的に診ておく必要があるのですよ」
「はい。先生。ではお願いいたします」
「先生か。何だか凄く久しぶりにそう呼ばれたな・・・」
「いけなかったでしょうか?」
「いや、大丈夫だよ」
まずは乳房を診ていく。
「身体を起こしてくれるかな?胸に触れるからね」
「はい」
乳房にしこりがないかを触診していく。同時に透視して細胞に異変がないかも確認する。
ステラリアは我慢している様だが、時折切なそうな声を漏らす。
僕としても大好きな女性のこれ程までに美しい乳房に触れながら欲望を押さえるのが苦しい。このまま押し倒したい衝動に駆られる。それを何とか抑え込んだ。
「では、また横になって」
「はい」
胸の奥の肺や心臓、その下の消化器も診ていき子宮や卵巣も確認する。問題は見つからなかった。
「ステラリア。どこにも異常はないよ。健康だ。でも今後も定期的に検診は続けようね」
「はい。いつでも見てください」
何だか大胆発言だな。裸をくまなく見られたことで開き直ったのかな?
「それにしてもステラリアは美しいね。前世の世界では見たことがない程に美しい」
「私がですか?アルメリアさまの方が断然美しいです」
「あぁ、そうだね。お母さまも驚く程に美しいけれどね」
「まだ、お見せしますか?」
「あ!ごめん。もう服を着ていいよ」
「何だか僕だけ見たみたいで申し訳ない気がするな・・・」
「では次回、見せてくださいませ」
「え?次回?う、うん。そうだね」
その日の放課後。学校から戻ると僕はフォルラン、アミーと小白で乗馬に出掛けた。
僕の部屋にはお母さんとステラリアが留守番をしていた。
「ステラリア。そこに座って。ニナとシエナはお茶を淹れたら一時間ほど休憩して頂戴」
「はい。アルメリアさま」
お母さんとステラリアにお茶を淹れ二人は下がっていった。
「それで、ステラリア。昨夜はどうだったのですか?私の言った通りに裸で待っていたのでしょう?」
「はい。その通りにしました。月夜見さまは私のことを大好きだと言ってくださいましたが、愛しているかはまだ分からない。だから少し待って欲しいと」
「まぁ!良かったではありませんか」
「良かったのでしょうか?」
「えぇ、だって拒絶はされていないのでしょう?待ってくれということは、今はなくとも先では受容れる気があるのですよ。それがなければ裸のあなたを置いて出て行ってしまうでしょう?」
「はい。そうですね。一晩中、抱きしめていてくださいましたから」
「それならば大丈夫です。月夜見はこの世界ではまだ十歳なのです。それに前世の辛い記憶があり、心と身体のつり合いが上手く取れていないだけなのです。もう少しだけ待ってあげて」
「はい」
ステラリアは憂いのある微笑を返した。
ネモフィラの丘へ行く日となった。
今回の参加者は、お母さん、ステラリア、アニカ姉さま、ロミー姉さま、フォルラン、侍女三人と絵里香の十名だ。
城を出発する前に僕は絵里香を迎えに行った。
「シュンッ!」
「おはようございます!月夜見さま」
「おはよう。絵里香。今日の衣装も似合っているね」
「ありがとうございます!」
今日も日本の服を基にした服装だ。桜色をしたブラウスと白いスカート姿で春らしい。
「さて、瞬間移動するのだけど、僕が抱きしめるから絵里香はそのままで居てくれる?」
「はい。分りました」
もう同じ過ちは繰り返さないのだ。
「では、行くよ!」
「はい」
「シュンッ!」
城の玄関へと飛ぶと、皆が小型船に乗り込むところだった。
「皆さん、お待たせしました。絵里香を連れて来ましたよ」
「皆さま、おはようございます。絵里香 シュナイダーと申します。今日はお招き頂き、ありがとうございます」
「いらっしゃい」
「絵里香、こちらへ」
一番後ろの席にニナたち侍女と並んで座った。最後に僕が小白を連れて来て、皆が乗り扉を閉めたところで瞬間移動する。
「シュンッ!」
「さぁ、着きましたよ!二人ずつ降ろしますからね」
全員を降ろし、最後に小白を降ろすとお約束の様に走り出した。絵里香もニナたちに混ざってお茶の準備を始めた。
いつ来てもこのネモフィラの丘の眺めは素晴らしい。お母さんがいつもここへ来たがるのも頷ける。きっとこの花の青色が気持ちを落ち着けてくれるのだろうな。
皆でお茶を頂きながら、ただ景色を眺めるだけの一日だ。
「そう言えば、アニカ。プラタナス王国の王子と婚約するのですって?」
「え?アニカお姉さまが婚約?」
「アルメリア叔母さま、お兄さま。そうなのです」
「それはお爺さまとか伯父さまがお決めになった。と言うことですか?」
「いいえ、私がお父さまにお願いして同じ年頃で結婚を望まれている王子さまを探して頂いたのです」
「つまりお見合い相手を探して頂いたのですね」
「えぇ、そうです。昨年、何度かお会いしていたのです」
去年?いつの間に?あ!僕が引きこもっていた時のことか!
「双方、お気に召した訳ですね?」
「えぇ、そうなのです」
「あら?アニカ。そのネックレスは初めて見ますね。もしかして?」
「はい。私の誕生日のお祝いにティアレラさまから頂いたものなのです!」
「まぁ!素敵なルビー。アニカの瞳の色に合わせたのですね」
「はい。そうなのだと思います」
「とても幸せそうね」
「はい」
アニカ姉さまのネックレスは僕がステラリアへ贈ったものにかなり近いものだった。
そうか、王家の者同士で贈り合う様なレベルのものなのか。ステラリアが動揺する訳だ。
それにしてもこの世界で誕生日プレゼントって初めて聞いたな。
あ!そう言えば僕も一度だけ舞依の誕生日にネックレスをプレゼントしたことがあったな。あれはそれ程高価なものではなかったけど、確かプラチナのチェーンとペンダントトップで石は楕円形のルビーだった。ルビーの上にはダイヤが一個付いていたんだ。
「シュンッ!」
「シャラッ!」
「あ!」
「月夜見。どうしたのですか?」
「あ、い、いえ、何でもありません・・・」
僕の手の中に舞依にプレゼントしたネックレスが引き出されたのだ。特に大きな音が出た訳ではないから皆には気付かれていない。
そうか!さっき具体的なネックレスのイメージが思い出されたからだ。また舞依の部屋からか。でもまずいな。こうやって幾度となく舞依の遺品が消えていったら舞依の両親も動揺するよね。
山本から舞依の両親に説明してもらおうかな?いや、そんなことをしたらかえって驚かせるだけか・・・
でもこのネックレス懐かしいな。今、こうして見ると何だかとっても安物に見えてしまう。それでも舞依は凄く喜んでくれたのだけど・・・
すると脳裏に映像が浮かび上がった。その映像は湖のほとりだ。でもネモフィラ王城の近くにある湖ではない。その湖は深い木々に囲まれている様だ。
その湖畔には白馬一頭と女の子が居た。恐らくこの前の黄色い花の丘の時と同じ女の子だ。腰まで伸びたストロベリーブロンドの髪に赤い瞳。ミラやステラリアと同じ雰囲気だ。でも女の子は前より成長している。そして霧の中に消える様にして映像は消えた。
前に見た時はパソコンで僕と舞依の写真を観た時だ。あれは今から四年前だった。
あの時、僕は六歳で女の子も五歳か六歳位に見えた。そして今の映像では十歳くらいに見えた。
僕と同じ様に成長しているのだ。つまり、この映像の女の子は実在する人なのではなかろうか。しかも舞依の写真とネックレスを見た時に脳裏に現れたのだから舞依と関係があるとしか考えられない。
もしかしたら舞依もこの世界に転生していて、その姿が見えているのではないだろうか?そう考えるのが自然だよね。
もし、それが本当ならどうしよう。嬉しい。嬉し過ぎる!また逢えるかも知れないってことだよね?でもどうやって探せばいいんだ?
今、分かっていることを整理しよう。黄色い花の咲く丘と森の中の湖、白馬と親子、女の子はストロベリーブロンドの髪が腰まで伸びている。そしてルビーの様に赤い瞳。歳は僕と同じくらい。衣装からして貴族か、もしかしたら王族かも知れない。
うーん。でもこの世界のどこにでもありそうな景色なんだよなぁ。
僕は舞依のネックレスを両手で包み、しばらく持っていたが流石にこれを皆に見せる訳にはいかないのでそっとズボンのポケットに仕舞い込んだ。
やはり学校を卒業したら舞依を探しに旅に出る。ということなのかな。
「それでアニカ。結婚はいつ頃になるのですか?」
「婚約はもうすぐなのです。私も十六歳になっているので、なるべく早く行きたいのです」
「では来年の春でしょうか?」
「そうですね。あちらの準備もあると思いますので来年でしょうか」
「それは待ち遠しいですね」
「アニカ姉さまは何故、国外へ出ようと思われたのですか?」
「簡単なことです。学校で気に入る殿方が居なかったのです」
「あ!あぁ。そういうことだったのですね。え?ではロミー姉さまは?今のところ、気に入る人は居ますか?」
「居ませんね。最後のひとりをルイーザ姉さまに攫われたからです」
「さ、攫われた?ですか!」
「月夜見。王家の娘は、相手の家とのつり合いを考えねばなりません。誰でも良い訳ではないのです」
「あ、あぁ・・・そういうことですね。僕には分からないお話でした」
「お兄さまは、お相手の身分は気にされないのでしょう?」
「えぇ、全く。私は貴族ではありませんから」
「えーっ!でもお兄さまのお父さまは、王家の者しか嫁に迎えていませんよね」
「アニカ。そうでしたね。暁月さまもそうですからね」
「僕の前世の世界では貴族という者が居なかったのです。形だけ残る王家のある国はありましたが、僕には貴族の階級などは理解できないのです」
「では、お兄さまは例え平民の娘でも嫁に迎えるとおっしゃるのですか?」
「ロミー姉さま。愛する女性が平民だったならばそれもあるでしょうね」
「えーーーっ!」
侍女の四人までもが声を上げた。
「で、では絵里香でも嫁になれるのですか?」
「絵里香はどうか分かりませんが、愛する人ならば身分など関係ありませんよ」
「あー!絵里香が真っ赤な顔をしていますよ!あなたお兄さまが好きなのですか?」
「そ、そんな!大それたこと。考えたこともございません!」
「そうなの?まぁ、それはそうよね」
ロミー姉さまって結構キツいな。
「暁月さまも玄兎さまも、月光照國から出ることがほとんどありません。ですから唯一、交流のある各国王家との付き合いから嫁の話が出ることは仕方がないことなのですよ。月夜見は特別なのです」
「では、王家の者以外で、神の一家である方と結婚できるのは月夜見さまだけなのですね」
「ロミー、それは今までの話です。私を含めて八人の妻が全員、男の子を授かりました。ですから十年後には神の一家の成人男性が八人も居るのですから、王家の女性だけでは嫁の候補が足りなくなると思います。そうなれば貴族の女性でも結婚は可能になるでしょうね」
「それもお兄さまの功績なのですね」
「アニカ。そうよ。月夜見の指導で授かった男の子たちですからね」
「そうですわね。お兄さまの功績はあまりにも大きいものですね。ですからお兄さまは身分など関係なく、何人でも何十人でもお好きな方を嫁に迎えるのがよろしいのでしょう」
「ちょ、ちょっと!お姉さま!私はそんなに多くの嫁は必要ありませんよ」
「では何人くらいお迎えになるのですか?」
「やはり複数の妻を迎える必要があるのでしょうか?」
「お兄さまならば最低十名でしょうね」
「私もそう思います!」
「え?十名?何故そんなに?」
「世界にはまだ神宮が少ないではありませんか。ネモフィラにも二か所しかありません。もっと宮司を増やして神宮を増やさないと人口だけ増えても困るのではありませんか?」
「むむ。それはごもっともなお話しですね。神宮が少なければ増えて行く国民とその病気に対処できませんからね」
「でも月影から始まって、今では宮司も結婚して世継ぎが出来つつあります。宮司は宮司が増やしていけば良いのではありませんか?」
「お母さま。それもそうですね」
「兎に角。月夜見はひとりで責任を負う必要はありませんよ」
良かった。お父さんの八人でも尊敬に値するのに十人なんてお相手できないよ。
お読みいただきまして、ありがとうございました!