6.ステラリアとの夜
絵里香の家から戻り、ステラリアとお母さんの待つ部屋へ戻った。
「お母さま。戻りました」
「月夜見、ステラリアもお帰りなさい」
「お母さま。ご相談があります」
「絵里香のことですか?」
「いいえ、ステラリアのことです」
「まぁ!まさか!」
「は?あの。ステラリアは僕の侍従になったのに自室が王宮騎士団の寄宿舎のままだったことに今更になって気付いたのです。僕の侍従なのですから待遇も上げてこの部屋の近くの部屋にすべきでしたよね?」
「あ、あぁ、部屋のことでしたか。そうですね。それで何故、急に思い出したのですか?」
お母さんは何故か赤い顔をしたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「先程、絵里香に次の休みにお母さまへ挨拶に来て欲しいと頼んだところ、登城するための衣装がないというので、その他の衣装も含めて支度品として購入しに行ったのです」
「その時にステラリアに新しいドレスを仕立てるか聞いたら、もう衣装を掛ける場所がないと言うのですよ。それで部屋のことを失念していたことに気付いたのです」
「そういうことだったのですね。分りました。お父さまに相談しておきます」
「ありがとうございます。あの、ちゃんとお風呂やトイレにはビデも用意できますよね?」
「えぇ、分かりました。用意させますよ」
「それと衣裳部屋とドレッサーも」
「つ、月夜見さま!そんな!」
ステラリアが真っ赤になっている。
「はいはい。分りましたよ!」
あれ?お母さま、ちょっと怒ってるかな?
今日は絵里香がお母さまへ挨拶に来る日だ。部屋にはニナ、レイナ、シエナとステラリアも待機している。
今回の登城は絵里香をお母さまに会わせるだけの非公式なものなので城の正面玄関に船を乗り付ける訳にはいかない。僕が瞬間移動で絵里香を直接この部屋へ運ぶことにした。
「では、迎えに行って来ますね」
「シュンッ!」
「あ!月夜見さま!」
絵里香の家の玄関に現れると絵里香の家族は既に玄関に立っていた。
「ようこそ、お出でくださいました」
「今日は船ではないのですか?」
「えぇ、ここから直接、私の部屋へ瞬間移動で行きます」
「え?どうやって?でございますか?」
「僕は一緒に飛ぶ人と身体を半分くらい密着させれば一緒に瞬間移動できるのですよ」
「密着?でございますか?」
「えぇ、絵里香。ちょっと失礼するよ」
「はい?」
僕は絵里香に近付きそのまま抱きしめた。
「きゃーっ!」
絵里香が耳元で叫ぶものだからびっくりした。真っ赤な顔をして震えている。
「ちょ、ちょっと。大丈夫だから、叫ばないでくれますか・・・」
「あ!す、すみません・・・」
「で、では、飛びますよ!」
「はい」
「シュンッ!」
「お、お母さま!見ましたか。お姉さま達、抱き合っていましたよ!結婚ですよね?」
「え?い、いえ、そ、それは・・・違うのでは?」
戸惑うハンナの横で譲治は真っ赤な顔で口を真一文字に結んでショックに耐えていた。
「シュンッ!」
「お母さま、戻りました!」
「あ!ここは?あ!」
絵里香が真っ赤な顔になっていた。僕はすぐに絵里香から離れた。
「あなたが絵里香ね?私は月夜見の母、アルメリア ネモフィラです」
「あ。あの・・・初めてお目に掛かります。私は、絵里香 シュナイダーで御座います。よろしくお願いいたします」
スカートをつまみ上げ、貴族の様にきちんと挨拶ができた。まぁ、絵里香のお母さんは男爵令嬢なのだからね。それくらいちゃんと躾けてあるのだろう。
「今、私たちの侍女をしてくれている三人よ。こちらから、ニナ、レイラ、シエナ。それに月夜見の侍従のステラリアね」
「絵里香。ニナが同じ部屋で一緒に暮らして指導もしてくれるからね、そしてレイラが今回婚約して十月には結婚するのだよ。シエナは一緒に侍女をしてくれる先輩だ」
「はい。ニナさま、レイラさま、シエナさま、ステラリアさま。絵里香です。ご指導をよろしくお願いいたします」
「ニナです。よろしくね」
「私は、マルス ウィンクラー伯爵の次女、レイラ ウィンクラーです。私の後任をお任せします。よろしく」
「私は、ジョバンニ クルス子爵の次女、シエナ クルスです。一緒に頑張りましょう」
「はい。ニナさま、レイラさま、シエナさま。ありがとうございます」
「月夜見。絵里香の衣装は異世界のものなのですね。何かとても似合っている様ですけれど」
「はい。彼女の黒い瞳と髪、それに顔立ちは僕の前世の世界の人と同じなのです。だから、その世界の衣装が似合うのだと思います」
「そう、絵里香はとても美しいわ!」
「え?私がですか?そ、そんなことはございません。こんな黒い髪や瞳なのですから・・・」
「絵里香は自分に自信がない様ね。まるで月夜見に出会う前のステラリアみたいね」
「ア、アルメリアさま!」
「あら、余計なことを言ってしまったわ。ごめんなさいね、ステラリア」
お母さんは淡々とした口調で話す。
「絵里香には月夜見が自信をつけてくれることでしょう」
「月夜見さまが?でございますか?」
「えぇ、絵里香がそうやって自分なんて。と言っていると月夜見は放っておけなくなるのですよ。ねぇ、月夜見?」
「え?そ、それは・・・そうかも知れませんが」
うーん。なんだかお母さまの機嫌が良くないのかなぁ・・・
「お、お母さま、そろそろ、ネモフィラの丘が見頃になるのではありませんか?」
「あぁ、そうですね。そろそろですわね」
「では、また皆で行きましょう」
「そうですね。では絵里香も一緒に行きましょうか?」
「わ、私もご一緒してよろしいのですか?」
「勿論ですよ。日取が決まりましたらお知らせしますよ」
「ありがとうございます」
「月夜見、では今日はもう下がって頂いて構いませんよ」
「はい。お母さま。では絵里香、帰りましょうか?」
「はい。本日はありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」
「では絵里香、失礼するよ。叫ばないでね」
「あ!は、はい!」
僕が絵里香を抱きしめた、その時、絵里香は僕の首に腕を回した。
「シュンッ!」
「まぁ!あの娘、月夜見の首に腕を回したわ!」
「そ、そうでしたね・・・」
「あ、あわわわわ・・・」
アルメリアとステラリアの目に炎が灯った。その氷の様な冷たい表情にニナたちは震えるしかなかった。
「シュンッ!」
「絵里香。着きましたよ、それとその、腕を首に回すのは・・・」
「え?あ!す、すみません。怖くてつい!」
絵里香は真っ赤な顔をしている。何か僕まで顔が赤くなってしまった。
「あ、で、では僕はこれで。今度はネモフィラの丘に行く時に迎えに来るので」
「はい、お願いいたします」
「では、また学校で」
「はい」
「シュンッ!」
僕はすぐに部屋へと戻った。
「シュンッ!」
「只今、戻りました」
「お帰りなさい」
部屋にはステラリアとお母さましか居なかった。
「あれ?ニナたちは?」
「もう、下がらせました」
「え?もう?まだ早いですよね?」
「良いのです」
「お、お母さま。今日は何か怒っていらっしゃいますか?」
「いいえ、怒ってなどいませんよ」
「ステラリアも何だか・・・」
「私も怒ってなどおりません」
「えー!怒っていますよ!絶対に機嫌が悪いですよね?絵里香が気に食わないのですか?」
「別にそんなことはありません」
「ステラリアは絵里香が侍女になることに賛成だと言ってくれましたよね?」
「それはまぁ、そう言いましたね」
「あー。やっぱり怒ってる!二人とも明らかに怒っていますよ!どうしてですか?」
僕はお母さんに抱きついて聞いてみる。
「お母さま!どうされたのですか?」
するとお母さまは僕の首に腕を回して抱きしめると、
「さっき、絵里香がこうしていましたね・・・」
「あ!そ、それは・・・それはですね。僕も向こうに着いてから聞いたのです。そうしたら、瞬間移動が怖かったのだと、それで思わずと」
「そうですか?ここに来る時はそうしていませんでしたが?」
「えぇ、そうです。ここに来る時は確かにしていませんでした」
お母さんにステラリアが追従して攻めて来る。この二人のコンビネーションって一体なに?
「そ、それは恐らく、来る時は初めてで何が起こったのか分からなかったのだと・・・」
「ふぅーん。そんなに絵里香を庇うのですね・・・」
「えーそんな!お母さま、ステラリア!そんなに怒らないでください!」
「では、今夜はずっとあなたを抱きしめて寝ても良いと?」
「え?それで許してくれるのですか?」
「特別ですよ!」
「はい」
「あ!ステラリアは?どうしたら許してくれますか?」
「ステラリアは明日、一緒に寝てもらいなさい」
「え?お母さま。僕がステラリアと一緒に寝るのですか?」
「嫌なのですか?」
「え?嫌な訳はないです。嫌とかそういう問題ではなく・・・それにステラリアは・・・」
あ!真っ赤な顔してる。おっけーなのー!
その夜、ベッドで・・・
「月夜見。あなた、絵里香のこと好きでしょう?いつ好きになったのですか?」
「え?好き?僕がですか?」
「隠しても無駄ですよ。ミラやステラリアを見ている時と同じ目をしていますからね」
「え?ミラ?ステラリアにも?ですか?」
「あなた、本当に自分では気付いていないのですか?」
「え?何のことでしょうか?」
「あなた、この部屋にミラやステラリアが居ると自然に目で追っていたのですよ」
「え?本当ですか?僕が目で追って見ているのですか?」
「本当に気付いていないのだとしたら罪ですよ。あれだけ見つめられたら相手は間違いなく自分に気があると思ってしまいますからね」
え?では、ミラは僕が好きだと言ったのを愛していると捉えていたのか!え?ではステラリアもそうなの?
「え?ではステラリアと明日一緒に寝るのって、まずいのでは?」
「あなた、本心ではどうなのですか?この前だってステラリアの部屋のことであれだけ拘っていたではありませんか。あれは花嫁の部屋を決める時の旦那さまの口ぶりでしたからね」
「だって、ドレスを掛ける場所がないというから衣裳部屋をと、それに生理の時のことを考えればトイレにビデはあって欲しいし。と思っただけなのですが」
「お父さまと相談して、今日からステラリアには、ルイーザの部屋を使わせることになりましたよ」
「え?ルイーザ姉さまの部屋を?王女の部屋を侍従にですか?」
「あなたが拘るからですよ。あれは「その辺の女と一緒にするな!」と言っていたのと同じなのです。お父さまもやはり嫁にするのかと言って、それならばルイーザの部屋が相応しいだろうと決めたのですよ」
「あー。そんなぁーえー、どうしよう・・・お母さま。どうしたら良いのですか?」
「ステラリアを嫁に迎える気は無いのですか?」
お母さんの目が座っている。まずいな。
「え?嫁に・・・ですか?」
「あぁ・・・そうね。では今は嫁でなくて良いです。ステラリアが好きですか?」
「それは・・・好きです」
「では、大好きですか?」
「そうですね・・・えぇ、大好きです。確かに前に大好きだと本人に言ったことがあります」
「まぁ!大好きだと伝えていたのですか!」
「はい・・・」
「では、ステラリアを愛していますか?」
「そ、それは・・・まだ、分からない・・・です」
「それなら明日一緒に寝てみなさい、そうすれば大好きなだけなのか、愛しているか分かりますよ」
「え?寝てみるのですか?それは手を出す。ということですか?」
「それを試すのですよ。手を出したくなるかどうか」
「それはステラリアに失礼なのではありませんか?」
「ステラリアは既に自分の一生をあなたに捧げる覚悟なのです。そしてあなたが自分を女性として扱ってくれることが嬉しいと言っていましたよ」
「はい。僕もステラリアからそう言われました」
「そうでしょう?ですから彼女は待ち続けているのですよ」
「では、愛が無くとも手を出されることを望んでいると?」
「その覚悟もあるでしょうね。勿論、愛があるに越したことはないのでしょうけれど」
「難しいですね・・・って言うか。僕まだ十歳なのですけど・・・」
「あら?前世では立派な大人だったのでしょう?今世でも八歳の時に大人の身体になったではありませんか。私、この目で見ましたよ!」
「あ!駄目です!お母さま!お母さまは触ってはいけません!」
お母さんが僕を握って来た。お母さんには反応しないって!
「やはり、駄目ですか・・・」
「駄目に決まっているではありませんか。さぁ、抱きしめるだけですよ」
「分かったわ。あ!それで絵里香のことはどうなのですか?好きでしょう?」
「うーん。それもまだ分かりませんよ。まだ出会ったばかりだし、でも容姿は日本人そのものですから気になるのは本当ですし、可愛いとも思っていますけれどね」
「やっぱり、好きなのですね。これは時間の問題ね。良いのですよ。何人嫁にしても。私は平民が相手でも文句は言いませんよ」
「そうですか」
これ以上責められたら敵わん。とばかりに僕はお母さんを抱きしめた。
翌日の晩、僕は本当にステラリアと一緒に寝ることになった。
ここは元ルイーザ姉さまの部屋だ。流石にお風呂は別々に入った。僕が後から入ってステラリアにはベッドで待っていてもらった。
ベッドはクイーンサイズの大きなベッドで天蓋もある。デザインや色合いは独身の女性向きの明るさがある。
部屋の灯りは既に暗く落とされており、ステラリアは既にベッドの中にいた。
「ステラリア。入るよ」
「はい」
僕はいつもの寝間着のまま、シーツの間に身体を滑り込ませた。いきなりくっ付くのもあれかと思い、ぎりぎりのところで止まった。
「月夜見さま。よろしいのですか?」
「ステラリアは良いのですか?」
「私は月夜見さまに全てを捧げます」
「ありがとう。僕もステラリアのことは大好きだよ・・・」
「でもね。ステラリア。僕はまだ君を愛しているのかはっきりと分からないんだ。こんな気持ちでは君をもらえないよ」
「・・・」
「もう少し、待ってはもらえないかな?」
「はい。私は構いません・・・生涯、月夜見さまのお傍におります」
「ごめんね。待たせてしまって。でも今夜はステラリアを抱いて寝てもいいかな?」
「はい。嬉しいです」
「おいで」
僕は腕を広げてステラリアを腕の中へと誘った。そして優しく抱きしめた。
ステラリアは裸だった。お互いに頬を合わせて僕はステラリアの頬に唇をつけた。
ステラリアの甘い香りを胸いっぱいに吸い込み、お互いに抱きしめ合ったまま眠りに落ちた。
お読みいただきまして、ありがとうございました!