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5.新しい侍女

 僕は早速、絵里香に早期卒業の話を打診することにした。


 昼休みに昼食を早目に切り上げ絵里香が居る平民の食堂へ行った。絵里香を呼びたくても平民の生徒は高位貴族の階へ上がることが許されていないからだ。


 ステラリアと共に階段を降り一階の食堂へ入る。

「きゃーっ!」

「まさか!月夜見さまだわ!」

「な、な、なんて高貴なお方なのでしょう・・・」

「何故、この階へ?」

「どうされたのかしら・・・」


 僕は食堂の中に絵里香が居ないか探す。人数が多くて中々見つからない。

「絵里香!居ますか?」


 僕は大きな声で絵里香を呼んだ。食堂が静まり返る。もう一度呼ぶ。

「絵里香!」

「は、はい!」


 奥の方で声が聞こえた。僕はそちらの方へ歩いて行きステラリアが後に続く。


 絵里香は三人の女生徒たちと食事をしていた様だ。立ち上がってこちらを見ていた。

「やぁ、絵里香。ちょっと話があるのだけど食事は終わっているかな?」

「あ、はい。済んでおります」

「では、そうだな。外へ出て話そうか」

「はい」


 平民用の食堂は一階なので建物を出ればそこは外だ。農地の方へ歩きながら話をする。食堂の窓からは大勢の生徒たちがこちらの様子を伺っていた。


「絵里香、侍女になってもらう話なのだけどね。今、侍女は三人居るのだけど、その内のひとりが婚約したんだ。それでこの秋にも結婚するので侍女を辞めてしまうんだよ」

「はい」


「そこでなのだけど。絵里香。秋には学校を卒業して侍女になってもらえませんか?」

「え?秋ですか、それではあと半年もないのですね?」

「卒業試験に合格することが難しいかな?それとも学校を早く卒業したくないかな?勿論、無理にそうして欲しいとは言わないよ。丁度、侍女の仕事に一人分穴が空くので聞いてみているだけなんだ」


「はい。私は八月で十五歳の成人になりますので、九月までに卒業してお世話になりたいと存じます」

「本当に?無理はしていないかな?」

「はい。卒業試験は大丈夫だと思います。それに私にとっては侍女になれることの方が大切ですから」


「良いのですね?では、詳しい期日が決まったら連絡するので準備だけはお願いします。ご両親にはこの件をお伝えしに行くと言っておいてください」

「はい。ありがとうございます」

「では、食堂へ戻ろうか」


「あと、近々城へ来てお母さまと会ってください」

「え!王女さまとでございますか?」

「そうです。私はお母さまと同じ部屋で暮らしているのです。ですから私だけでなくお母さまのお世話も兼ねるのですよ」


「そ、そうなのですね。益々、私で大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ。同じ平民の侍女も居ますから安心してください」

「は、はい。ありがとうございます」


 ずっと一部始終を見守っていたらしい生徒たちが睨む様にこちらを見ている。僕らはその刺さる様な視線を浴びながら食堂へ入り、そのまま絵里香と別れると三階へと戻った。




 放課後、僕はステラリアと職員室へ向かった。

「ロジャーズ先生。質問があるのですが」

「月夜見さま。どの様なことでしょうか」

「この星の成り立ちや自転と公転の周期、気圧などいわゆる科学に詳しい先生はいらっしゃるでしょうか?」


「かがく?それは何のことでしょうか?」

「そうですか。ではこの星の名前もご存知ありませんか?」

「星の名前?でございますか?ちょっと分り兼ねます」


「そうですか。では御柱みはしらについては如何でしょう。よくご存知の先生はいらっしゃいませんか?」

「それも専門の先生は居りませんね」

「そうでしたか。残念です」


 あぁ、なんだ。誰も知らないのか。それにしても学問が進んでいないのだな。

まぁ、人口五十万人では仕方がないのかな?この世界は何かおかしいよなぁ・・・




 次の学校の休みの日、ステラリアと小型船に乗り瞬間移動で絵里香の家を訪問した。

「シュンッ!」


 家の玄関に到着すると絵里香の家族が出迎えてくれた。

「譲治殿、ハンナさま。先日はありがとうございました」

「こちらこそ絵里香のこと、本当にありがとうございました」

「さぁ、お入りください」


 家族の食堂へ通され、お茶を頂きながらお話しする。

「実は、私の侍女のひとりが結婚することとなりまして、この十月に退職するのです。絵里香にはその後任として入って頂きたいのです」

「はい。先日そのお話を聞きまして驚きました。今年の秋から務めさせて頂けるそうで」

「確認なのですが、エリカは八月に十五歳になるということで九月で学校を卒業し、十月から務めて頂くことで問題ないでしょうか?」


「勿論、問題などございません。ただ、この子に務まるのかだけが心配で・・・」

「私と母上の侍女を長年務めている者が居りますがこの者は平民なのです。その者と同じ部屋で暮らしながら、指導を受けられるので心配は要らないと思います」

「まぁ!王女さまの侍女が平民なのですか?」


「えぇ、母上が月宮殿へ嫁に入った時より母上に仕えていた者ですので」

「月宮殿!でございますか!」

「はい。そうです。ところで母上が一度、絵里香と顔合わせしたいと申しております」

「まぁ!どうしましょう!それは登城するということですね・・・」

 ハンナの顔が少し曇った。何だろう?


「どうされたのですか?城に行くのに問題が?」

「あ!い、いえ、すみません。そ、その、絵里香の衣装がお城に出入りできるようなものが・・・」


「あぁ、そういうことですか。では、今から買いに行きましょうか」

「え!絵里香の服を月夜見さまにご用意頂くのですか?」

「えぇ、お安い御用ですよ。絵里香、ステラリア。行きましょうか」

「はい。絵里香、こちらへ」

 ステラリアは有無を言わせず絵里香をいざない小型船に乗せた。


「では、ハンナさま。服を買いましたら再びここへ送って来ますから」

「は、はい。よろしくお願いいたします」

「シュンッ!」


「キャーッ!船ごと消えてしまわれたわ!」

「何ということだ!」

「お姉さまはどうしたのですか?」

「分からないわ!」


「シュンッ!」

「さぁ、絵里香。服飾工房に着いたよ」

「え?船に乗ったばかりですが?」

 絵里香がきょとんとしている。

「絵里香、瞬間移動したんだよ。さぁ、降りて!」


「これは月夜見さま、ようこそお越しくださいました」

「こんにちは、ビアンカ」

「今日は如何されましたか?おや、そちらのお嬢さまは?」

「この娘は絵里香。この秋から私と母上付きの侍女となるのです。今日はその支度として、下着から登城用の服、普段着と夏物の例のワンピースやケープなど人揃えお願いします」


「かしこまりました。侍女のお仕着せ以外のものを人揃えでございますね」

「えぇ、この黒髪に合った色合いでお願いしますね。あ!そうだ。特に異世界の服に近いものを二、三着入れてください」


 僕とステラリアはお茶を飲みながら待っている。常識では侍従の者は立っているのが普通で主と一緒に座ってお茶を飲むなどあり得ないのだが、最近では僕がお願いしてそうしている。


「ステラリア。そろそろ新しいドレスを仕立てる頃ではないかな?」

「月夜見さま。もうドレスを掛けるところが無くなりそうな程、頂いているのです」

「あぁ、そうか。寄宿舎の部屋では狭いよね・・・あ!そうだ。新しい部屋を用意しよう」

「え?部屋でございますか?」


「そうだよ。何で今まで気がつかなかったんだろう?ごめんね。何も考えていなくて。僕の侍従になった時に部屋を用意するべきだったのだね。あーまたやってしまった!」

「月夜見さま。本当に大丈夫ですから!」


「え?今のままでってこと?いや、それは駄目ですよ。だって侍従なのにそんな離れたところに居るなんておかしいでしょう?」

「そ、そうでしょうか?」

「えぇ、絶対に駄目です。帰ったらすぐにお母さまにお話しします」


「さぁ、お嬢さまの準備ができましたよ。如何でしょうか?」

「おー良いですね。まるで日本人だ!」

「にほんじん?でございますか?」

「あー、いえいえ、こちらの話です。絵里香。とても似合いますよ」


 それは、ネモフィラカラーのワンピースに白いジャケットが合わされていた。更に、意外に胸が大きいことが分かった。Dカップ位あるのではないだろうか。もしかして、ブラジャーを持っていなかったのかも知れない。


「絵里香。どうですか?」

「はい。自分ではないみたいです!この下着も初めてで!」

「あぁ、そうなのですね。ビアンカ。ブラジャーは使用人用を七着と貴族用を三着用意してください」


「かしこまりました。この春物の他にも夏の装いと秋冬物、下着と寝間着、靴とサンダル、帽子も複数御用意致しました」

「月夜見さま。こんなに沢山、頂けるのですか?」

「そうですね。また必要になったら買ってあげますよ」


「まぁ!月夜見さま。侍女でこの様な待遇は聞いたことがございませんよ。このお嬢さまは特別な方なのですか?」

「えぇ、僕にとっては特別ですね」

「そ、そうなのですか・・・」

 ビアンカの眉がヒクヒクしている。


「あ!そうだ!僕の侍女には、皆、異世界の服を着ていてもらうことにしよう!」

「え?皆?でございますか?」

「ステラリアは例えば今、絵里香が着ている様な服は嫌かな?」

「嫌ではございませんが護衛としては如何なものかと?」

「あ。そうか。護衛のことを忘れていました・・・」


「まぁ、それは絵里香が来てからニナとシエナにも着てもらおうかな」

「月夜見さま。本日もありがとうございました」

 購入した大量の衣装を店の従業員に船に積み込んでもらい瞬間移動で絵里香の家へと飛んだ。


「シュンッ!」

「わ!もう着いた!」


 家の中から家族が走り出て来た。

「もう、帰ったのですか!って、まぁ!絵里香!なんて素晴らしい衣装なの!」

「うわっ!お、お前!絵里香なのか!」

「お、お姉さま!凄い!」


「そうでしょう!似合っていますよね?」

「さぁ、皆さん、絵里香の衣装を出すのを手伝って頂けますか?」

「え?これが全部衣装なのですか?」

「お城で暮らすということはこれ程の衣装が必要なのですか?」

「あ、あー、これは私の侍女だからです。普通はお仕着せだけで済みますので」


「え?では絵里香はお仕着せを着ないのでしょうか?」

「はい。絵里香にはこの私の前世の世界の服を着ていてもらいます」

「これは異世界の服なのですか!道理で見たことがない衣装だと・・・」

「お姉さま、胸が大きくなっていませんか?」

「スパーンッ!」

 絵里香の張り手がアントンの後頭部をはたいた。


「アントン!何を言い出すのですか!」

「あたた・・・」

 アントンが頭を手で押さえている。


「う、うん・・・あ、あぁ、これも異世界の下着、ブラジャーを付けているからそう見えるのですよ・・・」

「そ、その下着は絵里香にはまだ買ってやれていなかったのでございます」

「ハンナさまもですか?」

「は、はい。お恥ずかしながら・・・」


「そうですか、絵里香に私の侍女になって頂くのですから今度、お母さまにも贈らせて頂きますよ」

「そ、そんな・・・」

「このブラジャーは私が異世界のものとして紹介して作らせたものなのですよ。ハンナさまも是非、お試しください」

「あ、ありがとうございます」

 お母さんが乙女の様に恥じらい、真っ赤な顔になってもじもじしている。


「では絵里香。次のお休みの日に母上に挨拶へ参りましょう。迎えに来ますので」

「はい。かしこまりました」

「今日はこれで失礼します。ステラリア、行こうか」

「はい」


「シュンッ!」


「うわっ!また消えた!お姉さま、先程はここからいきなり消えてしまってどこへ行かれたのですか?」

「瞬間移動です。月夜見さまのお力だそうです。気がついた時には服飾店の玄関に着いていました。そしてあれよあれよという内に、服を脱がされて寸法を測られ下着を着せられて、気がついた時にはもうこの衣装を着ていたのです」


「ちょっと絵里香。他にどんな衣装があるのか見せて頂戴!」

「はい。全て店の店主の女性が、私の瞳や髪の色を見て、あれにこれにと次々に決めていったの。私は何が何だか分からなくてただ呆気に取られていたわ」

「まぁ!この真っ白なシルクのワンピース。これ一体、幾らするのかしら?それにこのブラジャーの数!一体何枚あるの?それに靴やサンダルに帽子まで!」

「月夜見さまは、最後に何も無いところから大金貨を何枚も取出して支払っていたわ!」


「だ、大金貨を何枚も?これ全部でか?」

「えぇ、お父さま。顔色ひとつ変えずに大金貨を店主へ支払っておられました」

「大金貨なんて見たことあるか?」

「えぇ、私、初めて見ました。金貨だって滅多に見ないのに金貨より断然大きいのです!」


「神さまというのは恐ろしいお人だな・・・絵里香がその神さまにお仕えすることになるなんて」

「お姉さまに務まるのですか?」

「まぁ!アントン!何ですって!」

「ほら、お姉さまはそうやってすぐ怒る!神さまにそんな口を聞いたら大変ですよ!」


「そうね。私も心配だわ。前もってこれ程沢山の衣装を用意して頂いて、それですぐにこの素行そこうの悪さが知られたらと思うと気が気ではないわ」

「そうね。私も心配になってきたかも・・・」


「ねぇ、絵里香。月夜見さまって絵里香のことを気に入っているのではありませんか?」

「そ、そんなこと!」

「そうだな。こんな高価な衣装を平民の娘に贈るなんて聞いたことがないぞ?」

「え?お姉さま。神さまと結婚するのですか?」


「何を言うのですか!ステラリアさまがいらっしゃるのですよ!侯爵令嬢で剣聖のステラリアさまが侍従で、平民の私が何故、妻になれるのですか!そんなことある訳ないでしょう?」

「それもそうですね」


 シュナイダー家ではその後、しばらく大騒ぎが続いた。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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