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4.アスチルベの先住民

 学校の休みの日、僕はステラリアとともにエリカの家を訪問した。


 王家の小型船で家の玄関に到着すると、エリカと両親それに弟と思われる少年が出て来た。


「月夜見さま。ようこそお越しくださいました。初めてお目に掛かります。私はクルト シュナイダー男爵の三女で、ハンナ シュナイダーと申します。そしてこちらが私の夫、ジョージ シュナイダー、娘のエリカと息子のアントンで御座います」


「初めまして。私は月夜見です。そしてこちらは私の従者、ステラリア ノイマンです」

「ステラリアです。よろしく」

「こんな平民の家にお越し頂くなんて、よろしいのでしょうか?」


「ハンナさま。私は貴族ではありません。私に特別なお気遣いは不要ですので」

「そ、そうなのですか。で、ではどうぞ、お入りください」


 その家は平民の家にしては大きい。一応、屋敷と言って差し支えないのではないだろうか。ハンナの男爵であるお父さんが体裁を考えて娘に与えた屋敷なのかも知れないな。エリカが王国学校に通えていることから考えても貧しい家庭ではないのだろう。


「月夜見さま。此度は何故、我が家をご訪問頂いたのでしょうか?」

「はい。私はこの世界の人種について調べているのです。エリカの顔を拝見しまして、是非お父さまにお伺いしたいことがあるのです」


「平民のこの私にでございますか?」

「身分のことは関係ありません。エリカとあなたの顔のことです」

「私とエリカの顔?でございますか?」

「えぇ、その黒髪に黒い瞳。その特徴の人はネモフィラ王国で初めて見ました。いや、私はこの世界で初めて見たのです」


「あぁ、確かに。私はこのネモフィラ王国の人間ではございません。私はアスチルベ王国からの移民でございますので」

「アスチルベ王国には同じ様な人種の方は多いのですか?」

「いえ、多くはありません。今では非常に少ないと思います」

「アスチルベ王国の貴族にはあなた方と同じ人種の方は居ますか?」


「いえ、貴族の方には居りません。アスチルベ王国の王家と貴族は皆、島の外から来た人間ですから」


「ジョージ殿のご先祖はずっとアスチルベ王国で暮らして来たのですか?」

「はい。そう聞いております。私の先祖はアスチルベ王国になる前から島に住んでいたそうです」

「ふむ。アスチルベ王国となる前から・・・つまり、その島の先住民だったのですね」


「その先住民が現在では何故、それ程までに少なくなっているのでしょう?」

「祖父から聞いた話では、大昔にアスチルベ王国を建国した頃、この島に移り住んで来た大陸の者たちから病を持ち込まれ、同胞が多く命を落としたと聞きました」

流行はやり病ですか。ではジョージ殿やエリカはその種族の末裔まつえいなのですね」

「はい。そういうことになりましょうか」

「分かりました」


「ジョージ殿。アスチルベ王国では味噌や醤油、米は食べられていますか?」

「はい。それらはアスチルベ王国の主食で世界に輸出しています」

「ん?もしかすると月宮殿でも味噌や醤油を使っているのですが、アスチルベ王国からの輸入品なのでしょうか?」


「はい。そうだと思います。味噌と醤油は元々、我々島の民が作っていたものです。今もアスチルベ王国でしか作っていないと聞いています」

「そうだったのですか。私は二度、アスチルベ王国へ行っているのですが、王城と神宮へ一度だけ行き、二回目は王城の上空へ行っただけです。王城で食事を頂いていないので知りませんでした」


 僕は自分の部屋から紙とペンを引き寄せた。

「シュンッ!」

「うわっ!」


「あぁ、驚かせてしまいましたね。これは私の能力で自分の部屋から引き出したのです」

「そ、その様なことが!」


「ジョージ殿。あなたのそのジョージというお名前なのですが、こんな字で書いたりしませんか?」

 僕は紙に「譲二」、「譲治」、「譲司」、「丈治」と四つの漢字で書いて見せた。


「あ!これです。これは私の名前です。何故、ご存知なのですか?」

 ジョージは「譲治」の文字を指さした。


「ほう。漢字の譲治だったのですね。では、エリカも漢字の名前で書けるのですよね?」

「はい。書けます」

「では、ここに書いてみて頂けますか?」

 譲治は紙にエリカの名前を漢字で「絵里香」と書いた。


「あぁ、絵里香か。その字ならば私も書けますよ」

 そう言って「絵里香」と漢字で書いて見せた。


「何故、月夜見さまが漢字を知っているのですか?」

「神の一族の名前は嫁に来た者以外は皆、漢字の名前ですからね」

「あぁ、そう言えばそうでしたね」


「譲治殿は神の一族とアスチルベの先住民に何か関係があるか知っていますか?」

「いいえ、その様なお話は聞いたことがございません」

「そうですか。でも何かあるかも知れませんね」


「アスチルベ王国に譲治殿のご両親はいらっしゃるのですか?」

「はい。居ります」

「では、そのうちに訪問させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「はい。勿論、構いません。では手紙を書いておきます」

「ありがとうございます。ところで譲治殿は何故、この国へ?」


「それは今から十六年前、ハンナは世界を旅して演劇の公演をする俳優だったのです。そしてアスチルベ王国に来て公演をしている時に私と知り合いました。私はハンナが貴族の娘とは知らぬままに恋に落ち、絵里香を授かりました」


「そして、アスチルベ王国で幸せに暮らしていたのですが、五年前に長男のアントンを授かったのです。そのことを知ったハンナの父上は家族でネモフィラ王国へ戻る様に命じたのです」


「あぁ、アントンをシュナイダー家の世継ぎにということでしょうか?」

「その通りで御座います」

「譲治殿はそれについてはよろしいのでしょうか?」

「はい。アントンさえ嫌でなければ、成人してから世継ぎとなることに異論はありません」

「そうですか。無理強いでないならば問題ありませんね」


「でも、絵里香はそうなっても平民のままなのですね。絵里香には将来の夢はありますか?」

「はい。私はどこか貴族のお屋敷で侍女になれたらと思っていますが・・・」

 絵里香はそう言いながらも表情が曇った。


「侍女になることは難しいのですか?」

「私は平民ですので・・・」

「そうですか。絵里香は今、何歳でしたか?」

「私は十四歳です。五年生になりました」

「あぁ、では今年成人して来年から仕事をするのですね?」

「はい。そうです」


「では、絵里香。来年から私付きの侍女になってください」

「え!月夜見さまのお付きでございますか?それは王城でのお仕事ということでしょうか?」

「ハンナさま。それは勿論そうですよ」

「そんな!絵里香は平民です。王城の侍女など務まりませんし、許されないと思います」


「え?許すも許さないも主人は私ですよ。王城で雇うのではありません。私が私の持っているお金で絵里香を直接、雇うと言っているのです。絵里香。如何ですか?」

「そ、そんな。月夜見さま。何故、私の様な平民の娘にその様な大役を?」

「あぁ、そうでしたね。突然、私が絵里香を侍女に雇うと言い出したから、皆さん理由が分からなくて戸惑うのでしょうね。では、私の話を致しましょう」


「私は、この世界に生まれる前、ここではない別の世界で生きていました。そして二十五歳で死ぬと何故かこの世界に生まれ変わったのです。それも前世で二十五年間生きた記憶を持ったままに」


「その世界は地球という星の日本という国でした。その国はこの世界と同様に天照大神あまてらすおおみかみが創られた国です」


「この世界と同じ言葉を使う、その日本という国には譲治や絵里香と言ったあなた達と同じ名前を使う人が住んで居ました。そして、その国の人は皆、黒い瞳と髪をしていたのです」


「ですから私は黒い瞳の人、黒い髪の人と一緒に暮らしていたのです。勿論、この私もあなた達と同じ様に黒い瞳と髪でしたよ。だから絵里香が私の侍女になって、いつもそばに居てくれたなら心が落ち着くと思ったのです」


「それでは、今の月夜見さまは普通の十歳ではないのですね?」

「そうですね。身体は十歳なのですが、心は前世の二十五歳にこちらで十年生きていますからもう三十五歳といったところでしょうか」


「だから、それ程までに落ち着いていらっしゃるのですね」

「で、では私は三十四歳ですから私より一歳上ということでしょうか?」

「そうですね。生きた年数では譲治殿より上になってしまいますね」


「如何ですか?絵里香。私の侍女になってくださいますか?」

「本当によろしいのでしょうか?」

「えぇ、私がお願いしているのです」

「はい。喜んで」

「では、決まりですね。来年の春からよろしくお願いしますね」


「ありがとうございます。月夜見さま」

「月夜見さま。ありがとうございます。娘をよろしくお願いいたします」


 城への帰路は大した距離ではなかったし、ステラリアも何か言いたいことがあるかなと思い普通にステラリアの操縦で帰った。


「ステラリア。絵里香をどう思う?」

「はい。私もあの様な顔立ちの人は初めて見ました。確かにこの国では珍しいですね」

「やはり、そうなのだね。ステラリアは絵里香を僕の侍女にすることは反対かな?」

「いいえ、月夜見さまが先程おっしゃっていた様に、あのの姿を見ていて月夜見さまの心が落ち着くのであれば良いことだと思います。賛成致します」

「そう。ありがとう」


 城へ帰ると僕はお母さまへ今日のことを報告した。

「まぁ!ではもう決めてしまったのですね」

「はい。王城で平民を雇うことを反対されるのであれば、僕が僕のお金で直接雇えば良いと思いました」

「そうですね。あなたは特別なのですから。好きな様にすると良いわ。私から侍女長とお父さまに話しておきますから」

「お母さま。ありがとうございます」


「ただ、侍女として入ると他の侍女との付き合い方で問題があるかも知れませんね」

「それは絵里香が平民だからでしょうか?」

「えぇ、ミモザたちは平民ですが侍女ではありません。食堂、服飾、庭師、馬番は同じ職場に貴族が居ませんし、彼女たちはまだ子供だったから捨て子でも受け入れられたのです」


「そう言えばそうでした。ミモザたちは職人の仕事に就いたのでしたね」

「絵里香の場合は、成人した平民の娘がいきなり月夜見付きの侍女になったとなれば、やっかみや嫉妬で意地悪を受けるかも知れませんね」


「あぁ、なるほど。そこまでは考えていませんでした」

 その時、部屋に立っていたニナとシエナに気付いた。

「ニナ、君は五年前ここに来た時、他の侍女との付き合いで問題はなかったのかな?」

「はい。皆さん、優しく教えてくださいました」


「ニナは長年、月宮殿で私付きの侍女をしていたのです。尊敬されることはあっても下賤げせんな者として見られる様なことはあり得ません」

「月宮殿の恩恵ですか。それはそうですね」


「侍女の部屋は通常ひとり部屋ですか?」

「普通は二人部屋ですね。でもニナは私のお付なのでひとり部屋なのです」

「では、絵里香にひとり部屋は与えられないでしょうか?」


「月夜見が雇うならばひとり部屋も可能でしょう。ですが・・・そうですね。ニナと絵里香で二人部屋にしてもらうのはどうかしら?」

「ニナと一緒にするのですか?」


「えぇ、絵里香は侍女の経験はないのでしょう?」

「あ!そうですね」

「では、ニナと常に一緒に居て仕事を覚えた方が良いでしょう。それにひとり部屋だと何かあっても分かりませんからね」


「あぁ、そうか。ニナに保護者になってもらうのですね」

「えぇ、それが良いと思いますよ」

「ニナ。そうなっても構わないかな?」

「はい。私は構いません」


「あ!ごめんね。僕がそう聞いて嫌と言える訳がないよね?」

「いいえ、本当に構いませんし、私も妹ができるみたいで嬉しいです」

「そう。ありがとう!ニナ。では二人部屋でも大き目な部屋にしてもらいましょう」

「そうですね」


「でも、丁度良かったかも知れないわ。今日、レイラが婚約したと聞いたの」

「レイラが?あぁ、この前の舞踏会で知り合った方ですね」

「えぇ、その様よ」


「では、レイラの結婚する時期によっては、ひとり足りなくなってしまいますね」

「そうですね。レイラの年齢からすれば、婚約から一年は開けないでしょうから秋には結婚するでしょうね」

「ひとり足りないとニナとシエナに負担が掛かってしまいますね」


「いえ、それは他の侍女に臨時で入ってもらえば済む話ですよ」

「でも、他の侍女とは待遇が違うのではありませんか?」

「それはどの様な?」


「生理の初めの二日のお休みとか労働時間を短くしているとか、生理の時は僕が治癒しているなんていうことも」

「そうでしたね」

「ニナやシエナはその辺の違いを他の侍女と話したりしていますか?」

「いいえ、絶対に言えません」


「そうですよね。それでは一時的にでも入って、知ってしまったら他に行きたくなくなってしまいますね」

「どうしましょうか」


 その時、シエナが一歩前に出て声を上げた。

「あの。よろしいでしょうか?」

「シエナ。何だい?」


「その絵里香という子に学校を早く卒業させるのは如何でしょうか?」

「あ!そうか。女生徒は早く卒業できるとしても結婚相手を探すためにわざと残っているという話がありましたね」


「女性の場合、成人しないと仕事に就けないこともあるのですけれど、卒業試験を受ければほとんどの子は卒業が可能なはずです」

「そうだね。では、レイラの結婚が決まり次第、それに間に合う様に卒業してもらおうか」

「絵里香本人さえ良ければそれで良いでしょうね」


「そう言えば、シエナは舞踏会に出席していませんね。結婚は考えているのですか?」

「アルメリアさま、私はまだ結婚したくありません。このお仕事が楽しいので」

「侍女の仕事がかい?」

「侍女の仕事というより月夜見さまのおそばに居られることが。です」


「え?僕の?」

「あ!すみません。失礼なことを言ってしまいました・・・」

 シエナは耳まで真っ赤になって下を向いてしまった。え?まさか、僕のことを?

「え?う、うん。まぁ、楽しいならば良かったよ」

「はい。ありがとうございます」


 シエナの気持ちはよく分からないけれど、これで絵里香のことは何とかなるかな。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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