1.学校生活の始まり
僕は十歳の春を迎えようとしていた。
身長は百六十センチメートルに達し、ニナとほぼ同じ背丈にまで成長した。
ソニアの脱走事件の後、肋骨の骨折が完治してからは、剣術の訓練にも力を入れた。学校という不特定多数の人間が集まる場所に行くならば、それまでに形にしておきたいという思いがあったのだ。
それをステラリアに話し、本気で指導してもらった。最後の方では暁月お爺さんが言っていた、自分に対する殺気を感じることで未来予知が発動し、相手の剣筋が見える様になる。これを会得するため、剣聖であるステラリアと真剣で決闘もした。
初めに太刀筋を見切って剣で受けて流す訓練をした。
この訓練でステラリアからの全ての打ち込みを剣で受けられる様になればステラリアは本気で、つまり殺気を乗せて打ち込むことができる。
これを繰り返している内にステラリアが次にどの様に剣を振るうのかが直感の様に察知できるようになったのだ。
でも本当の目的はその本気の打ち込みを僕が見切って剣で受けるのではなく、ギリギリで瞬間移動して剣を受けない。この訓練がしたかったのだ。
初めのうちは剣に触れてしまい髪が数本斬られたり騎士服が斬られたこともあった。皮一枚斬られて血が滲んだ時には、ステラリアは泣きそうな顔になって自分が守るからもう止めましょうと懇願された。
でも僕も自分の命を守るためだからと意地を通して訓練を繰り返し、太刀筋を見抜くまでの時間を短縮し、瞬間移動で避けるまでの反応速度を速めていった。
そして最後にはステラリアからのどんな攻撃も躱せる様になった。
ステラリアと騎士団長からお墨付きを頂いた。でも騎士団長は釈然としない表情をしていた。
「月夜見さま。剣聖の技を全て受ける、躱すことはできました。それは確かに免許皆伝で、剣聖の称号を与えても良いと思うのですが攻撃はされないので?」
「騎士団長。僕は騎士ではないのです。人に攻撃をするつもりも誰かに勝ちたい気持ちもありません。もしもの時に自分の身を守ることができればそれで良いのです」
「では、横に立つ自分に近しい者を守ることはされないのですか?」
「いえ、自分の近くの人に向けられた攻撃は、ほとんどの場合自分から見て距離があるので、攻撃を見切って守りたい人を浮かせるとか、攻撃してきた者を吹き飛ばすなど能力で対処ができると考えています。でも自分に対する不意打ちでの攻撃は距離がないことが考えられるので今回の訓練をしていたのです」
「なるほど・・・」
騎士団長、まだ腑に落ちない顔をしているな・・・
「騎士団長。実際にやってみましょう。僕とステラリアが街を歩いているとして、騎士団長が暴漢役で背後からステラリアに斬り付けてみてください」
「わ、分かりました。本気で斬り付けますよ」
「どうぞ。では、ステラリア。参りましょう・・・」
僕とステラリアがふたりで歩き出す、後ろから気配を消した騎士団長がそっと近付き、無言のままステラリアに上段から剣を振るった。
「ズバッ!」
「シュンッ!」
僕はその剣を振り上げる動作を察知し、ステラリアの左腕を掴むと、ふたりで三メートル前方の宙へ移動した。騎士団長の剣は空を斬った。
「こういうことです。では、今度は前方から騎士団長と、あと騎士の方三人入って頂いて四人で僕らに一斉に斬り付けて来てください」
僕は、周りで見ていた騎士たち右から三人を指名した。四人に並んでもらい、僕とステラリアに正面から斬り付けてもらう。
「では、3、2、1。はい、どうぞ」
「いやぁーっ!」
四人が一歩踏み出す瞬間に、四人まとめて後方へ吹き飛ばし、そのまま宙に磔た。四人とも何が起こったのかよく分かっておらず、ぽやっとした顔をしていた。
「こんな感じです。相手の動きが見えるならば、これで十分に無力化できるのです」
僕は四人を磔から解放した。
「いやはや。参りました。月夜見さまには剣聖の称号を」
「騎士団長。僕は騎士ではないので剣聖の称号など不要です」
「さ、左様で御座いますか。かしこまりました」
今日の訓練を黙ってずっと見ていたフォルランは、僕のところに来て言った。
「月夜見。僕は君みたいな能力はないから剣を使って自分や仲間を守るよ」
「うん。そうだね。フォルランはステラリアの様な剣聖を目指すのかな?」
「うん。僕は剣聖になるよ!」
「その意気だ。頑張れフォルラン!」
そして学校に行くに当り、お母さんと相談をした。
「お母さま、学校ではどんなことを学ぶのですか?」
「そうですね。言語、数学、歴史、法律、農業畜産、習慣と文化、剣術、それくらいでしょうか」
「五年間なのですよね?」
「えぇ、でも五年行かなくても試験に合格すれば卒業できますよ」
「え?そうなのですね」
「月夜見なら一年で卒業できてしまうかも知れませんね」
「一年ですか?試験の難易度にもよるでしょうか」
「それよりも、留意しなければならないことがありますよ」
「はい。どんなことでしょうか?」
「女性です」
「女性ですか?学校で?」
「えぇ、この世界の貴族の女性達にとっては、卒業までに結婚相手を決められるかどうかが全てなのですよ」
「あぁ、ルイーザ姉さまも必死でしたね」
「そういうことです。あなたは全女生徒憧れの的なのですよ」
「なるほど。学校にはステラリアを伴っても良いのですか?」
「えぇ、高位貴族には侍従か護衛の付き添いが認められています」
「それなら、僕に女生徒を近付けない様にステラリアに頼めば良いのでは?」
「まぁ、できないことはないでしょうが、それをするとステラリアはかなり嫌われ者になりますよ」
「あ!そ、そうなのですか。それは望みませんので・・・でも、いきなり面と向かって女性から求婚してくる様なことはないですよね?」
「普通はそうですね。でもあなたの場合は、成人するまで正式に求婚するなと暁月さまが通達しているので、学校に居る間にお近付きになろうとする娘や、親に命令されて近付く娘もでてくると思われますね」
「うーん。それは厄介ですね・・・」
「でも、月夜見が本当に結婚しても良いと思える娘ならば構わないのではありませんか?」
「結婚ですか・・・」
「だから、あまり構え過ぎずに普通に接すれば良いのですよ。でも罠にはめられないために、女生徒と二人きりにならない様に注意すれば良いのではないかしら」
「罠?ですか!」
「えぇ、相談があるとか言ってどこかの部屋に連れ込まれ、身体を触らせるとかキスしてくるとか・・・キスなんてされたらもうお終いです。あなたがして来た、奪われたとか言われますからね」
「キ、キス!ですか!」
脳裏にミラが浮かんでしまった。でもあれ以来、音沙汰はないけど。
「気をつけるに越したことはありません。その辺はステラリアにも注意してもらいますから」
「えぇ、それが良いでしょうね」
「それと、教室は高位貴族と下位貴族、平民に分かれています。あなたは高位貴族の教室に入りますので」
「それぞれ一教室ですか?複数教室があるのですか?」
「一学年一教室ずつ五学年ですから、全部で十五教室です」
「やはり、平民は貴族の教室に入ってはいけないとか規律があるのですか?」
「えぇ、そうです。高位貴族の教室には高位貴族の者しか入れません。でも学年は関係ありませんからね、上級生があなたの教室に挨拶に来るでしょうね」
「あれ?一教室何人くらいなのですか?」
「その年によって違いますし、上級性になると繰り上げで卒業して減っていってしまうのですが、一年生では三十名位でしょうか。その内大体二十五名は女の子ですよ」
「あ!そうか。女の子の方が圧倒的に多いのですよね?」
「えぇ、だから五年生までの百名以上があなたを狙っていると思ってくださいね」
「そ、それは大変ですね。あ!でもフォルランだって同じですよね?」
「勿論です。フォルランは将来のネモフィラ国王なのですからね」
「全部、フォルランに行ってくれないかな?」
「そうですね。フォルランの将来性も良いですけど、現状の見た目ではあなたの方が遥かにもてるでしょうね」
「見た目ですか。フォルランまだ小さいからな・・・」
フォルランはまだ、百五十センチメートル位だ。僕より一回り小さい。それでも同年よりは大きいのだけど。僕の成長が早過ぎるのだ。
「失礼します!」
ステラリアがやって来た。
「あ!ステラリア。今、お母さまと学校の話をしていたんだ。ステラリアは僕に付いて学校に行ってくれるのかな?」
「はい。その様に申し付けられております」
「あのさ、僕が女の子たちの罠にはめられない様に気を付けてくれるかい?」
「あ!あぁ、そうですね。では、できる限りお守りします」
「ありがとう!頼りにしています。ステラリア」
そして、四年生のロミー姉さまとフォルランとともに学校へ通うこととなった。
その学校は、ネモフィラ王国王都王立学校という。王都の貴族の屋敷が建ち並ぶ地域の西の外れにあった。
学校には寮もあり、地方の下位貴族や大商人の子供たちがここに入る。卒業までは学校で生活し、勉強するのだ。
高位貴族の子は、ほとんどが王都に屋敷があるので通いである。そのために侍女か護衛の付き添いが許されているのだ。
僕にはステラリアが付き、ロミー姉さまには護衛のイザベラと侍従のアヴァが、フォルランには護衛のゾーイと侍従のキアラの二人が付いている。二人は王女と王子だから特別なのだ。
ロミー姉さまとフォルランは王城の小型船で登校するが、僕はステラリアと瞬間移動で教室に直接飛んで通学することにした。ただ、今日は初日なのでロミー姉さまとフォルランと一緒に八人での登校だ。
「お兄さま、フォルラン。やっと今日から二人と一緒に学校へ通えるのですね。嬉しいわ」
「姉さまはもう四年生ですものね」
「えぇ、始めの二年間はアニカ姉さまと通えたのですが、昨年は姉さまが卒業されてひとりだったので寂しかったのですよ」
「今日から二年間は僕たちと通えますね。お姉さま、色々と教えてくださいね」
「いいわよ。フォルラン。なんでも聞いて頂戴」
ロミー姉さまはちょっぴり自慢げにしていた。可愛いな。
小型船が学校の玄関に付くと学校の護衛が船の整理をしてくれる。
僕らは正面玄関に降り立つと、既に沢山の教師と生徒たちが玄関から校舎内に向けて長い列を作って待っていた。やはり母国の王女と王子を出迎えねばならない様だ。
校長なのかなと思われる女性が前へでて来て挨拶をした。
「月夜見さま、ロミー王女殿下、フォルラン王子殿下。当ネモフィラ王国王立学校へようこそ!私は校長のメラニー トンプソンで御座います。以後、お見知りおきを」
「ではどうぞ!教室へご案内致します」
校舎は正面玄関から縦長で玄関のある階が三階だった。三階は高位貴族の教室で玄関から五年生、四年生と続いている。
二階は下位貴族、一階が平民の教室だ。正面玄関から廊下を進むと右側に教室が並び、中間の三年生の教室の前には廊下から左へ渡り廊下で別の建物に繋がっていた。
廊下左側の外に見える建物は一階が平民の寮、二階は下位貴族の寮になっていて、それぞれに食堂も完備しているそうだ。三階は高位貴族の昼食用の食堂がある。
食堂の隣には図書室が各階にある。それぞれの階級ごとの専用だ。やはり高位貴族用の図書室が一番蔵書数も多いそうだ。そして廊下の突き当りにはまた別の建物が続いており、職員室や武道場、救護室などがある。
この世界の学校はかなり充実した施設だと言えるだろう。これからここで学ぶこととなるのだ。
女生徒との関りが些か心配ではあるが、この世界のことを学べることは楽しみだな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!