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34.アミーの成長

 僕は引きこもりになった。あの夜からもう一年になるだろうか。


 引きこもりとは言っても、朝はきちんと起きるし小白やアルにご飯はあげる。

アルと小白を走らせて、ステラリアと剣術の訓練だってやっている。でも城の外へは出なくなったのだ。


 ただ、望月みづき姉さまの検診には行った。順調に成長し、先日男の子が誕生した。それと月華げっか姉さまの成人の見送りだけは役目を果たした。


 だが、ミラの屋敷には行かなかった。でも男の子を出産したというお礼の手紙は届いた。


 神宮からの診察の要望は受けられないとお母さんから通達してもらった。


 そして引きこもっている。


 小白と出会った湖やネモフィラの咲く丘。夏の海岸やチングルマの咲く山も。どこにも行っていない。


 毎日決まったことだけをして、それ以外はバルコニーから月を眺めていた。月が出ない夜は星を眺めた。冬も毛布にくるまってずっとそうしていた。


 お母さんはいつでも隣に寄り添ってくれた。時には手を繋ぎ、時には抱きしめてくれた。


 お母さんは駄目な僕にいつも優しくしてくれた。無理をすることはないのだと。したくなければ何もしなくて良い。何かする気が起きるまでは、と。


 恐らく剣術の訓練にも身は入っていなかったと思う。でもステラリアは何も言わず、基本的な訓練に終始し常に身を寄せてくれていた。




 夏が終わろうとしていたある日、午後から雷雨となった。始めは遠くの山で雷鳴が響いていた。その雷鳴はどんどんと大きさを増していった。雷雲がかなり速い速度で移動しているのが分かる。僕はバルコニーで雷鳴を聞きながら夏の終わりの気配を感じていた。


 その時、アベリアから連絡を受けた使用人が僕らの部屋へ駈け込んで来た。

「ご報告致します。先程、うまやから馬が一頭、雷鳴に驚いて暴れ、逃げ出したそうです」


え?厩から?アルかな?まさかソニアではないだろうな?

「その馬の名は分かりますか?」

「名前は聞いておりませんがアルメリアさまの馬だそうです。今、アミーとアベリアが追っているのですが、逃げた先で山火事が起こっている様なのです!」


「ソニアか!山火事まで起こっているなんて。落雷が原因か。でもアミーも追っているだって?アミーはいつの間に馬に乗れる様になったんだ?」

「月夜見。どうするのですか?」

「兎に角、すぐに行ってみます!」


「シュンッ!」

 僕はまずうまやの前に飛んだ。周りを見回すと遠くに煙が立ち上がっているのが見えた。あれが山火事の場所か。そちらの方向へ行ったと言っていたな。


 僕は空へと浮かび上がると高度を上げていく。すると山から煙だけでなく、火の手が上がっているのも見えた。


 雷雲は流れる様に去り、雨は一瞬で止んでしまったため、木々は夏の暑さで乾燥した状態のままだ。炎は瞬く間に広がり、山裾に沿って燃え広がった。雨の水分で辺り一面にもうもうと煙が立ち込めていた。


 そこへ馬が一頭、真っ直ぐに火の海へ向かって走っていた。その後をアミーが乗った馬と、そこから更に後ろにはアベリアが乗った馬が追っていた。


 そのまま走って行くと火の海に囲まれてしまう。すぐに止めなければならない。

僕はソニアをもう一度視認すると、迷うことなく瞬間移動した。そしてソニアの背中に飛び乗った。


「シュンッ!」

「ブルルッ!」

「うわっ!」


 だが、その衝撃に驚いたソニアがバランスを崩し、僕を振り落とした。


 僕は飛ばされ、ごろごろと転がってその行く先にあった木の幹にわき腹をしたたかに打ち付けた。


「ぐえっ!」


 自分でも聞いたことがない声が口から出た気がした。そしてわき腹から激痛が走る。


 しばらく能力を使っていなかったから、咄嗟のことで空中浮遊で逃げることもできなかった。まずい、これは肋骨ろっこつが何本か折れたな・・・折れた骨が肺に突き刺さっていなければ良いのだけど。


 こんな時に妙に冷静に考えている自分に気付き我に返った。


 いかん!ソニアを止めないと!


 僕は走り去ろうとしているソニアに念話で叫ぶ。とは言え、声にも出していた。

「ソニア!止まるんだ。そっちに行っては駄目だ。ソニア!止まれ!」


 するとすぐ後ろからアミーの叫ぶ声が聞こえた。

「ソニアー!どこー?帰って来てーっ!」


 駄目だ。ソニアは止まらない。アミーもここへ来てはいけない。


 仕方がない!僕は念動力を使いソニアを持ち上げた。ソニアは何だか分かっておらず、空中でも走り続けた。足が宙を蹴っている。そのまま僕は宙に浮くとアミーに向かって叫んだ。


「アミー止まれ!これ以上、こちらに来てはいけない。すぐにアベリアと戻るんだ!」

「あ!月夜見さま!ソニアが!・・・あ!ソニア!浮いてる!」

「うん。ソニアは僕が捕まえたから大丈夫だ。それよりも火がすぐそこまで迫っている。すぐに戻るんだ!

「はい。月夜見さま」

 するとアミーに追い付いたアベリアが現れる。


「あぁ、アベリア。ご覧の通り、ソニアは捕まえたからすぐにアミーと戻って」

「月夜見さま!よくご無事で!分かりました。アミーこっちよ!」

「はい!」

 ふたりが城へ戻ろうと方向転換をした時、目の前に煙が充満した。


「きゃーっ!前が見えない!ごほっごほっ!」

 いかん!ふたりが煙に巻かれた。これは悠長なことを言っていられなくなったぞ。


 僕は、能力を最大限に振り絞り雨雲を集め出した。瞬く間に空にグレーの筋が現れ、グルグル回りながら厚みを増しポツポツと雨が降り出す。その間にソニアを僕の横へ下ろして首を撫でながら落ち着かせる。


『ソニア。もう大丈夫だから。落ち着いてね』

『こわいの ならない?』

『鳴らないよ。雷雲はもう去ったからね』


 僕は更に雲を厚くして辺り一帯に大雨を降らせた。

「ドザーっ!」


 大量の雨粒があっという間に煙を消去り、山火事の炎も煙もどこにも見えなくなった。その先にアミーとアベリアの乗る馬が、茫然ぼうぜんたたずみ雨に打たれていた。


 アベリアは顔に付いたすすを雨で流さんとして顔を天に向け洗い流していた。


「月夜見さまのお力ですか?」

「えぇ、アベリア。煙が目に染みたでしょう?」

「はい。でも洗い流せたのでもう大丈夫です」


「月夜見さまが雨で火を消したのですか?」

「アミー。そうだよ。アミーも頑張ったね!」

「はい。アルメリアさまのソニアを守るためですから」

「ありがとう。それにしても乗馬が上手くなったんだね」

「はい!」


「よし、ソニアも無事だったし山火事も消せたからね。三人で帰ろうか」

「はい!」


 僕らは三人で馬に乗って歩き出すと、城の方向からステラリアたち王宮騎士団が続々と走り込んで来た。


「月夜見さま!」

 ステラリアが僕に気付き、馬に乗ったまま駆けて来た。


「月夜見さま。ご無事でしたか!」

「うん。馬も無事だしアミーとアベリアも大丈夫。山火事も消したよ」

「はい。急に雨雲が渦を巻いて大雨が降り出したので、月夜見さまなのだと思いました。ありがとうございました。あ!月夜見さま、どこか痛めたのでは?」

「あぁ、やっぱり、ステラリアには分かっちゃったかな・・・」

「どうされたのですか?」


「うん、暴れたソニアに振り落とされて木にぶつかったんだ。恐らく肋骨ろっこつが何本か折れていると思う」

「すぐに手当を!」

 ステラリアの顔の血の気が引いている。こっちの方がいかんな。


「大丈夫だよ。ステラリア。部屋に戻って自分で治療するよ」

「あ!そうですね」

「それより、ソニアを頼めるかな」

「はい。分りました」

 すぐに他の騎士を呼んで、ソニアをうまやへと引いてもらった。


「アミー、アベリア。ありがとう。すぐにお風呂に入るんだよ」

「はい。月夜見さま。ありがとうございました」

 僕は瞬間移動で部屋に戻った。


「シュンッ!」


「あ!月夜見。どうしたのですか!そんなにずぶ濡れになって!」


 僕はお風呂に入って汚れを落とし、髪を乾かしてもらいながらお母さんに説明した。

「骨が折れているのですか?どうしましょう?神宮へ!いえ、月影を呼びましょうか?」

「お母さま、落ち着いてください。僕は自分で治せるのですから」

「あ!そうでしたね」


「でも、折れた骨がすぐにくっ付く訳ではないのでしばらくは安静にしないといけませんね」

 僕は自分で自分の肋骨ろっこつの状態を見ようとしたが、わき腹は自分ではよく見えなかった。もしかして?と思って鏡の前に立ち、鏡越しに透視を試みると・・・見えた!


 肋骨ろっこつを見て行くと三本にひびが入っていた。でもズレてはいないので自然治癒でも治らないことはないレベルだ。


 僕なら治癒の能力を使えば二週間も掛からずに完治するだろう。自分で朝昼晩に治癒の力を掛けることにした。


 とりあえず、しばらくはベッドに入って静養することにした。


 それからはステラリアが食事を運んでくれて暇さえあれば部屋に来て僕の様子を見ていた。なんかステラリアにとって僕ってやっぱり子供扱いな感じなのかな?


 ベッドで安静にするということは何もすることがない。勿論、剣術の訓練もできない。

だからゆっくりと考える時間が持てた。


 アミーのことを思い出していた。あの捨て子だったアミー。当時五歳と言いながら、三歳位にしか見えない程小さくやせ細っていたアミーが、今はもう九歳。身長も百三十五センチメートル位だろうか、大きくなって乗馬もできる様になった。


 彼女は自分でやりたいと言った仕事をしっかりとこなしている。責任感も強くなり、今回の様に危険を顧みず自ら行動することだってできたのだ。


 そのアミーに比べて僕はどうなのだ?神の一家に生まれ能力を持ちその上、前世の知識もあるから小さな頃から人並外れたことができたかも知れない。


 でもそれはいつだって、その時目の前にあることだけを考えて自分にできることをして来ただけだ。自分の意思でやりたいことをしている訳ではない。


 そして過去の傷に触れる度、何もできなくなってしまう。何て情けないのだろう。

つまり、僕にはこの世界で生きる覚悟ができていないのだろうな。いつまでも前世に引きずられ、新しい人生を自ら生きようとしていなかったのだ。


 まだ、この世界でやりたいことは見つかっていないけれど、生きて行くことだけは覚悟を決めなければならないな・・・




 そして、ネモフィラ王国に来て五回目の春を迎えた。


 もうすぐ結月ゆづき姉さまと紗月さつき姉さまが成人を迎える。神宮へ派遣されるので、僕は二人を送り出すために月の都へと向かった。


 ふたりは同じ日に旅立つこととなった。まずは、結月姉さまを送る。結月姉さまはマリー母さまの娘だから本来ならばネモフィラ王国の神宮へ派遣されるところなのだが、ネモフィラ王国の二つの神宮には既に月影姉さまと千月ちづき伯母さんが居るので他の国へ派遣されるそうだ。


 その結月姉さまが行く国は、アスチルベ王国という国だ。遠い東の島国だ。僕は一度だけ全ての国を回って挨拶した時に行っている。


 その国の神宮には宮司が居なかったので、結月姉さまが初めての宮司となる。そのためお父さまとマリー母さまが最低一週間は一緒に滞在して診療業務の形を作っていくそうだ。


 僕は三人をアスチルベ王国の神宮へ送ったらすぐにその足でルチア母さまと紗月姉さまをユーフォルビア王国へ送ることになった。


 月宮殿からアスチルベ王国へ瞬間移動し、王城の直上へ出現した。昇降機を下ろして三人が下船する。

「お兄さま。送って頂きありがとうございました。お兄さま、必ず遊びに来てくださいね」

「勿論ですよ。瞬間移動で直ぐに飛んで来られるのですからいつでも呼んでください」


「結月。月夜見さまはそう言っても本当に直ぐに呼んではいけませんよ。あなたは本当に呼びそうですからね」

「まぁ!お母さま。私はいつまでも子供では御座いません。きっとこの国で良い旦那さまを見つけて結婚致しますよ」

「まぁ!それならば良いのです」


「お姉さま、子が授からない悩みでしたら本当にいつでも飛んで来ますから」

「お兄さま、ありがとうございます。頼りにしています」

「では、お元気で!」


 以前、この国へ来た時は短い時間で効率よく回って行くことを考えていたから景色を見る余裕がなかった。今、こうして上空から見るととても美しい国だ。


 島国だからか海に近いところに王都があり海岸線一帯に街が広がっている。山々の景色も美しい。何となくだけど日本に近い感じかも知れないな。今度、ゆっくりと来てみたいものだ。


 そしてアスチルベ王国を離れ、紗月姉さまをユーフォルビア王国へ送るために、再度瞬間移動した。


 ユーフォルビア王国には先輩の宮司、紫月しづき伯母さんが居る。紗月姉さまは紫月伯母さんに指導を受け、そのまま王都の神宮の宮司となり、紫月伯母さんは国内の別の領地にある神宮へ移るそうだ。


 神宮でルチア母さま、紗月姉さまと紫月伯母さん、そして僕で最近の神宮の状況やお休みが取れているかなどを聞き取りして僕は帰ることとなった。


「紗月姉さま、困ったことがあったらいつでも呼んでくださいね。たまに遊びに来ますから」

「はい。お兄さま。楽しみにしております」


 僕は船ごと月宮殿へ瞬間移動した。

「シュンッ!」

「只今、戻りました」

「お帰りなさい。月夜見さま」


「うわー!お兄さまー!」

「あーお兄さまだー!」

「ぼくと遊んで!」

「僕と遊ぶんだよ!」

 うわー、大変だ。七人の弟たちが元気一杯だ。もう皆、四歳になっている。


 結月姉さまと紗月姉さまが居なくなって姉さま達はあと六人だから、面倒みて遊んでやるのも結構大変なのだそうだ。お母さま達もお疲れ気味だ。


 僕もたまに月宮殿に戻る度に遊んでやってはいたが、四歳ともなると元気が有り余っている。僕は庭に出て七人を浮かばせ、くるくる回したり、持ち上げてはおろしたりと、力技で楽しませた。ほとんど超能力遊園地だ。


 そして久々に動物を呼んで餌をやって弟たちに見せてやった。


 帰り際、またすぐに来てくれとせがまれた。今日は二人のお姉さまの門出に立ち合うことができ、充実した一日だった。今夜は気持ち良く眠れそうだ。


 そうして僕はこの世界に生まれて、もうすぐ十年が経とうとしていた。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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