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31.夏の思い出

 海へ出掛けた数日後の夜、月が出ていないことを確認するとお母さんを誘った。


「お母さま、これから星を見に行きませんか?」

「星ですか?」

「はい。お母さまは夜に星を見に出掛けるということをしたことがないのではありませんか?」

「えぇ、ありませんね」


「では是非、行きましょう!」

「どこまで行くのですか?」

「この前、皆で行った海ですよ」

「これから海まで行くのですか?」


「そうは言っても一瞬で行って、一瞬で帰って来られるのですからね、ベランダに出るのと何も変わりませんよ?」

「あ!そう言えばそうですね。分りました」

「ではお母さま、この前の敷物を取って来ますから、お母さまはガウンを用意してください」


「夏なのにガウンですか?」

「えぇ、夏でも夜の海風は涼しいのです。じっとしていると寒さを感じるくらいになりますよ」

「よく知っているのですね」


 準備ができると僕は宙に浮き、お母さんに抱きついて瞬間移動する。最近では僕がお母さんの首に腕を回し、お母さんが僕を抱きしめてくれる。それが嬉しいのだ。


「シュンッ!」


「わ!真っ暗ですね!」

「それは明るい所から急に暗い所へ来たからです。しばらくすれば目が慣れて来ますよ」

「あ!本当ですね。少し周りが見える様になって来ました」


「お母さま、まだ空を見上げないでくださいね。今、絨毯を敷きますから」

 僕はそう言って、砂浜に絨毯を敷いて行く。

「さぁ、お母さま、ここに仰向けで寝てください」

「寝るのですね」


「あ!す、凄い!なんて沢山の星。どこを見ても星、星、星です!」


 僕もお母さんの隣に横になった。


 あまりにも星の数が多くて星座とか恒星がとかいう話ではない。天の川の様に特に星が密集して見えるところや星雲とかガス雲というものなのだろうか、薄い紫とかピンク色にもやが掛かって見えるところもある。ふたりはしばらくの間、無言で星を眺めた。


「素晴らしいですね。この世界の自然は本当に美しいです」

「月夜見はこの世界に生まれ変わって良かったと思えていますか?」

「そうですね・・・まだ生まれ変わった理由が分からないというか、戸惑いの方が大きいでしょうか・・・でもお母さまの息子として生まれ、こうして一緒に居られることが嬉しいのです」


「ありがとう。私も月夜見が、あなたが生まれてくれたことが嬉しいのです。あなたにこの世界で幸せになって欲しいのです」

お母さんはいつもの様に僕を抱きしめた。


「僕もお母さまに幸せになって欲しいのです。それでこの星空を一緒に見たいと思ったのです」

「そう・・・ありがとう。こうしてあなたに連れて来てもらわなければ、私は一生、この様な美しい星空を見上げることはなかったでしょうね・・・」

「これからも美しい景色を一緒に見に行きましょう。お母さま」

「えぇ、嬉しいわ!」


「お母さま、ネモフィラ王国の中で景色が良いと言われているところは他にもありますか?」

「そうですね。今頃でしたら小白を見つけた湖の対岸の山を越えた向こうに、山肌一面にチングルマが咲く場所があるそうです」

「お母さまは行ったことがないのですね?では今度行ってみましょう」

「ありがとう。月夜見。チュッ!」

 お母さんが頬にキスをくれた。むふふ。




 善は急げと言うものだ。まだ花が咲いているうちに見に行かねばならない。北国の夏は短いのだから。


 海へ行った時のメンバーで小型船に乗り込んだ。ステラリアが操縦するのだが、あることに気付いた。小型船は山を登ろうとすると、常に地面との高さを一定に保って自動的に高度が上がって行く。どうやらこの星の大地の磁力に反発しているという山本の仮説は正しいのかも知れない。そうでなければ山に近付いたら山肌にぶつかってしまうからね。


 湖を超えた山の向こうには万年雪を頂く高い山が見えた。恐らくはその中腹なのではなかろうか。僕らは景色を楽しみながら花が咲き誇るという山肌を探した。

すると、遠目にもうっすらと白い絨毯の様に見える場所があった。雪があるところははっきりと白いので違いが分かったのだ。


 ステラリアにその場所を示して近寄って行く。すると一面にチングルマの花が咲き乱れていた。


 船を止めると二人ずつ地面へ降ろした。最後に小白を降ろすと一目散に走って行って見えなくなった。僕は念話であまり遠くへ行くなと声を掛けた。


 いつもの様に絨毯を敷いて昼食の準備だ。レイラとシエナもすっかり慣れた様だ。

食事をしながら景色を楽しむ。空の青、山の雪の白と草木の緑、そしてチングルマの白い花が美しく調和している。山から下界を見下ろすと白い雲が目線より下を流れている。


「空の青さが濃いのですね!」

「夏なのに雪がまだ残っているなんて!」

「雲が私たちより下に見えますよ!」

「皆、これ程高い山には登ったことがないのかな?あの雪はね一年中溶けずに残っているんだ。万年雪というんだよ」

「はい!初めてです。美しいところですね」


「僕らはここへ船で来たよね。これをふもとから歩いて登ったら大変な時間が掛かるし、途中には野獣も居るから命の危険もある。そう簡単に人間が入って来られない場所なんだ。だからこそ、こうして美しい状態が保てるのですよ」

「そうなのですね」

「この花もきれいですね」


 チングルマは白い花弁に黄色いやくが中心に集まっている。白梅の様にも見えるかな。高山植物なのだろう。平地では見られない花だ。


 ひとしきり楽しんでいたらかなり遠くに小白が何か口に咥えて戻って来るのが見えた。

あ!小白が何か捕まえたな。皆に見せない方が良いな。

「ちょっと待っててね。小白が呼んでるから」


「シュンッ!」

 瞬間移動で小白の目の前へと飛んだ。


『小白。野ウサギを捕まえたのだね』

『つかまえた つくよみ たべる?』

『うん。僕はいいよ。小白がひとりで食べるといいよ。ここで食べてから戻って来てくれる?』

『わかった ここで たべる』


「シュンッ!」

「うわ!」

「お戻りになられたのですね」

「うん。小白も食事中だったよ」

「何を食べていたのですか?」

「う、うん。それは知らない方が良いよ」


「あ!月夜見さま!あの雲は・・・嵐が来るのではありませんか?」

 ステラリアが指さす方向を見ると、確かに夏の積乱雲が立ち上ってこちらに迫って来ていた。雲の遥か高い位置では稲光が見えた。


「あぁ、このままでは大雨が降るね。ちょっと待って」

 僕は皆から少し離れると積乱雲を山の向こうへと押し出すイメージで力を送った。雲はどんどん離れて行き、そして渦を巻きながら天空へ引き込まれる様に消えていった。


「さぁ、雲は消したからね。これで大丈夫だよ」

 振り返ると皆が固まっていた。

「つ、月夜見さまは、く、雲さえ操れるのですか?」

「そうだね、必要なら雨を降らすこともできますよ」

「か、神さま・・・」

 レイラとシエナが固まって動けなくなっていた。


 僕らと小白の食事が終わり、皆、思い思いに周囲を散策し、十分に景色を堪能したところで帰ることとなった。皆を船に乗せると瞬間移動で城へと帰った。


「月夜見。また美しい景色と思い出をありがとう」

「お母さま。お礼なんて要りません。僕はお母さまと美しい景色を見たいだけなのですから」


 そして、ネモフィラでの二度目の夏が終わろうとしていた。




 僕は八歳になった。身長は百四十センチメートルまで伸びている。


 僕の成長速度は恐らく、平均より二年は早いようだ。髪も肩を超えて肩甲骨けんこうこつの下まで伸びている。どこまで伸ばすかはまだ決めていない。最近では骨格もしっかりして来たので、剣術の訓練も本格的になって来た。


 ほとんど、ステラリアからのマンツーマン指導だ。フォルランも大きくなっているが、僕よりも一回り小さい。まだ、他の女性騎士に稽古をつけてもらっている。


 月影姉さまがロベリアと結婚してから二年が経った。結婚して一年後に姉さまは男の子を生んだ。僕は何もお手伝いはしていない。


 月の都ではちょっとした騒動となった。今までに神宮の宮司になって結婚し、子を儲けた例はあったのだが、男の子を授かったことはなかったそうなのだ。


 女の子の場合、宮司になる力があれば「月」の付いた名をつけて宮司にするのだそうだが、男の子は初めてなのでどうしようかとなっている。


 お爺さんの話では宮司になる力は持っているそうだ。なので、一般の家庭に入れたくはないとのことだ。


 ロベリアもこのまま宮司にしたいと言っている。確かに神宮の中で子を儲けて世継ぎが出来れば、月の都から派遣しなくて済む。月影姉さまもロベリアもそのままこの神宮に住めることになる。


 これからは神宮の運営や未来も変わって行くことだろう。これは悪いことではないと思う。そして、ふたりの長男は良夜りょうやと名付けられた。




 ベロニカとリアは男の子を生んだ。ミラの子は女の子だった。結婚時、当然ながら三人は処女だったので、ひとり目の子の産み分けはできればしたくなかった。


 世継ぎの男の子が欲しいことは分かっている。でも処女に絶頂感がどうのこうのと言っても分からないだろう。こればかりは教えることもできない。だから駄目元で技術的な要領だけを説明しておいたのだ。


 それでもベロニカとリアの子は幸運なことに男の子だったのだ。ミラは三人の中でも一番に出産したので娘は一歳になる。それで二人目は男の子を授かる様に僕が協力することになった。今日はステラリアと共にシュルツ家を訪問する。


「ようこそいらっしゃいました月夜見さま。お久しぶりで御座います」

「お久しぶりです。シュルツさま、エミール殿、ミラ。元気でしたか?」

「月夜見さま。お陰さまで。今日は私のためにありがとうございます」

「えぇ、ミラのために来ましたよ!」


「ステラリアさまもようこそお出でくださいました」

「おひさしぶりです。お元気そうで何よりです」

「さぁどうぞ、サロンの方へ」


 侯爵家だけあって立派な城だ。今回、サロンにはミラと僕、それにステラリアだけにしてもらった。エミールやその親が居ると話せないこともあるかと思ってそうしたのだ。


「ミラ。最初の妊娠の時だけど結婚してかなり早く授かったよね」

「はい。この家に来た一か月目でしたから」

「言い難いことを聞くけど、それでは性交した時、絶頂感どころか気持ち良くもなかったのでは?」

「え、えぇ、そうなのです。まだ痛いくらいの時で・・・」

「まぁ、それでは女の子ができても当然かな」


「二人目は男の子を授かることができるでしょうか?」

「最近ではどうなのです?その絶頂感は?」

「あ、はい。それは・・・あります」

 ミラの白く美しい頬が赤く染まった。その顔を見たら何故だか複雑な気持ちになった。


「そう。それならば、このグリーンゼリーを使えば男の子を授かる可能性は高まりますよ」

「本当ですか?ありがとうございます」

「では、基礎体温表を見せてくれるかな?」


 僕はひとり目の子の誕生日を聞いて出産後一年が経過していることを確認した。基礎体温表から次の排卵日を予想し、基礎体温表に印を付けた。


「では、この日の朝八時にこのサロンに瞬間移動で参ります。排卵を確認し、排卵していなければ次はお昼に伺います。排卵していたら性交して頂くよ。それでいいかな?」

「はい。ありがとうございます」

 その後、サロンでエミールや両親に今後のことを説明し、最近の話などを聞いてから屋敷を後にした。


 城への帰り道、リアやベロニカが嫁いだ先の屋敷の場所を確認しながら帰った。

「月夜見さま。その、先程のお話で性交での絶頂感とはどの様なことなのですか?」

 ステラリアから大胆な質問をされ、少し戸惑いながらも冷静に答えることにした。


「え?失礼ですけれど、ステラリアは性交の経験は?」

「そ、そんなこと!ある訳がありません!」

「そうだよね。うーん。経験がないと説明しても分からないのではないかな?」


「そ、そうですね。私には関係のないお話でした。申し訳御座いません」

 ステラリアの表情が曇ってしまった。

「え?そんな風に言われてしまうと放ってはおけなくなってしまうな・・・」


「言葉で説明しても難しいのだけどね、まずは女性の全身をくまなく触るとか胸を・・・」

「あ!あの!や、やはり、け、結構です!はい!」

 ステラリアの顔が猛烈に赤くなった。


「え?いいのかい?」

「は、はい。大丈夫です!すみません。おかしなことを聞いてしまって」

「でもステラリアがそういうことに興味があることが分かってホッとしたよ」

「え?それはどういう意味でしょうか?」


「だって、ステラリアってあまりにもさ・・・固いから」

「そ、そうでしょうか?」

「そうですよ」


 ステラリアは女性らしくなって来たと思うな。僕は定期的にお母さんと同様に服や靴を贈っている。髪型も変わったし化粧もする様になった。益々綺麗になっていると思う。


 良い傾向だ。でもそれを口に出して言ってしまうと誤解されるから言えないのだけど。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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