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25.ステラリアの恋

 ネモフィラの丘でのピクニックを楽しんでいた。


 ベロニカをからかって笑っていると、僕の横で寝転がっていた小白が急に立ち上がり丘の上を睨んだ。


 小白は低い唸り声をあげている。僕は小白に話し掛ける。


『小白、どうしたんだい?何か来るのかい?』

『くさいやつ くる』

『落ち着いて。僕が止めるから大丈夫だよ。小白は動かないで』

『わかった うごかない』


「皆、小白が何か来るって言っているんだ。何が来ても刺激しない様、声を出さないで。動いてもいけないよ。大丈夫だから落ち着いてね」

「はい」


 次の瞬間、丘の上の茂みから小さな焦げ茶色のもふもふしたものが転がり出て来た。

二頭、いや三頭出て来た。小熊だ。小熊は遊んでいるだけだ。


「熊の子供だね。ということはその後ろから親熊が・・・」

「バキッ!ガサガサッ!」


 出た!超巨大な熊だ。姿を現した途端、僕ら人間に気付くと立ち上がった。その高さは三メートル位ある。この世界の動物って狼も熊も大きいな。それだけ人間が少なくて彼らのテリトリーが広く、餌も豊富だということだよね。


「来た!うわっ!でかいな!」


 ステラリアが腰の剣に手を掛ける。僕はその手に自分の手を置くと

「大丈夫」

 そう言って浮かび上がると丘に向かって飛んで行った。

「月夜見!」

 後ろからお母さんの心配そうな声が聞こえた。


 長引かせると心配させてしまうな。ここはのんびり話していないで早くケリを付けよう。


僕は親熊と子熊を全て一気に空へと持ち上げて、ひとつところへまとめた。みんな、空中に浮かんでジタバタとあがいている。


「みんな、この子たちを安全な場所へ連れて行くからそこで待っていてね」

「大丈夫なのですか?」

「大丈夫!話して落ち着かせたら瞬間移動で戻るよ」


 そのまま彼らと空を飛び、山の奥まで飛んだ。飛びながら親熊に話し掛ける。

『今日は里まで下りて来てしまったのかい?』

『おまえ なんだ』

『僕は人間だよ。月夜見っていうんだ』

『にんげん なのか?』


『冬眠から目覚めたところかな?』

『こども はしる おいかけた』

『あぁ、子供たちが走って来ちゃったんだね』

『あそこ あまり いかない』


 その時、山の中に池と川があるのが見えた。その池のほとりに降ろそう。地面にゆっくり降ろすと池の中を透視する。大きな魚が見えた。その魚を念動力で持ち上げて熊たちの前に四、五匹落とした。


 小熊は夢中で魚に飛付き、じゃれついている。親熊はキョトンとしてこちらを見ている。


『驚かせてしまったお詫びだよ』

『さかな くれるのか?』

『どうぞ。寝起きだろうからこれで栄養つけてね』

 親熊は不思議そうに魚の匂いを嗅いでいた。


『それじゃぁ、またね!』

「シュンッ!」


「わぁっ!」

「月夜見さま!」

 僕は皆の元へ戻った。


「熊はどうなったのですか?」

「うん。山奥に池があったから、そのほとりに降ろしたよ。池に居た魚を捕って親子にあげたから今頃、家族で食事をしているよ」

「何故、こんなところに出て来たのでしょう?」


「冬眠から目覚めて穴から出て来たら、小熊が嬉しくて走っている内に、普段来ないこの辺りまで来てしまったのですって」

「そ、そうなのですか・・・」

 ステラリアが明らかに気落ちしている。どうしたのだろう?


「ステラリア。怖かったのかい?」

 僕は宙に浮いてステラリアの横に行く。

「い、いえ、普段ならその様な熊の意思は分かりませんから、私は容赦なく斬りつけていたかと」


「それは仕方がないよ。ステラリアは悪くない。皆を守らなければならない立場なのだから」

「はい」

「でも僕が居る時は大丈夫だからね」

 僕はちょっと元気がないステラリアの頭を撫でた。


「つ、月夜見さまって、ステラリアさまの旦那さまなのでしたっけ?」

「ベ、ベロニカ!」

 思わずつぶやいたベロニカにステラリアが真っ赤な顔をして一喝する。

「え!だって!」


「まぁ、そう見えても仕方がありませんね。月夜見。ステラリアを子ども扱いしてはいけませんよ」

「あ!ごめんなさい。ステラリア」

「そ、そんな。月夜見さま。私のことは良いのです」


「本当に仲が良いのですね」

「羨ましいです!お兄さま。次の舞踏会はいつなのですか?私、早く結婚したくなりました!」

「月影姉さま。それは良い意気込みですね。では早々に企画せねばなりませんね」

「是非、お願いします!」


 ちょっとしたハプニングがあったけど、今年も良いお花見になったな。




 その夜、ベロニカは宿舎に戻るとステラリアに声を掛けた。

「ステラリアさま。ちょっとご相談があるのですが、この後よろしいですか?」

「ベロニカ。どうしたんだ?では食事にでも行きましょう」

「はい。お願いします」


 二人は王城から小型船に乗り、貴族の屋敷街を抜けたところにある商店街まで来た。

行きつけの食事処に入ると適当につまみ三、四品とビールを注文した。


 まずは二人で木製のジョッキを頭上までささげて軽く合わせる。それがこの世界の乾杯だ。そしてグビグビっとのどに流し込む。

「あぁー美味しい!」


「それで?相談というのは?」

「あ、今日、月夜見さまが、マイヤーさまとリヒターさまと一緒に結婚後の世継ぎの問題で指導してくださるってことになったではありませんか。あれって大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫かって?ベロニカはローレル家での問題を一緒に見ていたでしょう?」

「えぇ、はい。あれは凄かったですね。侍女長が空を飛んでぴゅーって!」


「ビール、二杯お代わり!」

「はい!すぐに!」

 茹でたそら豆を一粒ずつ手に取り、口に放り込んではビールで流し込む。


「あのお方は誰にでもお優しく、そして真摯に考えてくださるのだから、きっと大丈夫ですよ」

「でも、私もフィリップさまも子爵家なのです。マイヤーさまとリヒターさまとそのお相手も侯爵家ですし、私たちが一緒になんて良いのでしょうか?」

「あのお方は異世界から来られたお方。その世界には貴族は居なかったそうです。ですから、貴族の階級のことなど一切気にしておられないのですよ」


「では、甘えてしまって良いのでしょうか?」

「えぇ。大丈夫だと思います」


「それにしても、ステラリアさま。今日は驚きましたね」

「熊のことか?」

「えぇ、私、あんなに大きな熊は生まれて初めて見ました。実は全く動けなかったのです」

「私もあそこまで大きい熊は初めてですよ」

「それなのに月夜見さまったら、少しも驚くことなくちょちょいと持ち上げて飛んで行ってしまわれたのですからね。しかも魚を捕って熊の親子に食事までさせたなんて!」


「ビール、二杯お代わり!」

「はいよー」

 鳥のローストの足をガッと掴み、かじりつく。肉汁が溢れ出す。そしてビールを流し込む。


「あのお方にとっては、あの位のことなんでもないのです。去年、湖で二十頭もの狼に出くわした時も、相手と冷静に話して傷付けることなく帰らせたのですからね」

「二十頭の狼!私なら気絶していたかも知れません」

「そうね。でもそうなっても笑わないわ。それ位に大きな狼だったのよ」


「それでは、学生で剣の天才の名を欲しいままにされたステラリアさまでも心を奪われる訳ですよね」

「私が?心を奪われている。ですって?」

「え?ご自分では気付いていらっしゃらないので?」

「無論、生涯仕えるのだから、心から忠誠を誓っていますよ」


「ビール、二杯お代わり!」

「あいよ!」

 サーモンの燻製をつまんでは口へ、つまんでは口へと運ぶ。そしてビールを飲む。


「違いますよ。男としてどう思っているか?ですよ」

「男として?あのお方は私の主です。その様な目では見ません」

「えぇーっ!本当ですか?でも月夜見さまはステラリアさまを女性として扱われますよね」

「そ、それは・・・」


「舞踏会の時も見たことがない素敵なドレスをお召しになって!あれは月夜見さまからの贈り物なのですよねー」

「あ!あれは・・・だな。その・・・私がドレスなど持っていなかったから・・・」


「ビール、二杯お代わり!」

「え?もう?」

 チーズの乗った黒パンを口いっぱいに頬張る。そしてビールをあおる。


「それにぃ、しっかりエスコート!されていたではありませんかぁ」

「い、いや、そ、それは・・・だな」

「今日だって、頭をぽんぽんって!キャー!」

「こ、こら!何を言って・・・いるのですか」


「その時のステラリアさまのお顔ったら!まるでぇ・・・恋する乙女でしたわ!」

「そ、そんな訳ありません!」


「ビール、二杯お代わり!」

「また?!」


「それだけじゃありませ~ん。剣術の訓練の時もですよ~」

「剣術の訓練?」

「月夜見さまって、いーっつも。ステラリアさまのこと見てますもの!」


「う、嘘だ!そんなことはないでしょう!」

「嘘じゃありませーん!」

「訓練場であのお方と目が合ったことなどないのですから」


「それはそうですよぉーだって、月夜見さまはステラリアさまが見ていない時にずーっと、ステラリアさまのことうぉ・・・目で追って見てるんですからねー」


「ビール、二杯お代わり!」

「ほ、本当に?はっはい!」


 その時、ステラリアの脳裏には、アルメリアと二人で話した時の言葉が浮かんだ。

『彼はあなたの髪と瞳の色が本能的に好きみたいなのです。きっと大丈夫ですよ』


「ぼっ!」

ステラリアの顔が真っ赤に染まった。


「ステラリアさま?!」


 ステラリアは、注文したばかりのビールを一気に飲み干すと「ターン!」とジョッキをテーブルに叩き付ける様に置いた。

「私は帰ります!」

 テーブルに大銀貨を数枚投げる様に置くと、ひとり足早に店を出て行った。


「あれ?あれれ?どうしたの?」

 ひとりテーブルに残されたベロニカは、肩をすくめてジョッキのビールを飲んだ。


 ステラリアは船には乗らず、階段で一階へ降りると、誰も歩いていない夜の貴族街を走って城まで帰った。


 その頬は真っ赤に染まっていた。ビールのせいか、恋のせいなのかは分からないが。




 今日は月影姉さまのところへ次回の舞踏会のお誘いにやって来た。


 前回の舞踏会の評判も良かったし、前回、月影姉さまの様にお相手が見つからなかった人も居るので、それ程期間は空いていないが、城の予定が空いている時を見計らって計画を立てたのだ。


 神宮へ行き、姉さまの診察の合間に声を掛けた。

「お姉さま。こんにちは」

「あら、お兄さま!どうしたのですか!」

「次回の舞踏会の日程が決まったので、一足先にお知らせに来たのです」

「ありがとうございます。それで、いつなのですか?」


「三週間後の姉さまのお休みの日ですよ」

「そう。今度は頑張らないと!あ!でも私、また同じドレスで出席することになってしまうわ」

「では明日のお休みに服飾店へ行きましょう」


「どこまで行くのですか?」

「この王都にある服飾店ですよ。この前、地球の服飾の見本を渡しているのです」

「え?異世界のドレスを着るのですか?」


「いえ、それはその後の進捗を聞きたいだけです。ドレスは姉さまの好きなものを選んでください。」

「そういうことなのですね」

「では明日、朝の診察が終わったら僕の部屋まで来てくださいますか?」

「はい。分りました。お願いしますね!」




 翌日の午前中、姉さまとステラリア、お母さんと四人でプルナス服飾工房へ足を運んだ。

「月夜見。何故、私まで同行するのですか?」

「たまには、お母さまとお買い物をしたいからですよ」

「まぁ!そうなの?嬉しいわ」


「先日、地球の服飾の見本を渡していますから、その後、どうなっているかも知りたいですしね。一緒に聞いて頂きたいと思ったのです」

「分かりました。楽しみですね」


 城からステラリアの操縦で、予約しておいたプルナス服飾工房へ飛んだ。

「お待ちしておりました。月夜見さま。アルメリアさま。月影さま。ノイマンさま。当プルナス服飾工房の主、ビアンカ プルナスで御座います」

「こんにちは。ビアンカ」

「月夜見さま。先日は異世界の服飾の見本を頂き、ありがとうございました。さぁ、どうぞ、お入りください」


「いらっしゃいませ!」

 全従業員が壁に沿って立ち、一斉に挨拶をした。その声にちょっと驚いた。

「それで、見本は役に立ちそうですか?」

「はい。どれも驚くものばかりです。一見、どうやって作られたものなのか分からないものもあるのですが、大変参考になっております」


「そろそろ季節も夏になりますが、風通しの良い素材や服の種類などで、着心地の良い新しい服は作れそうですか?」

「はい。私共でもすぐに素材が分かり、織り方や縫い方が分かったものについては、いくつか商品化をしているところです」

「そうですか。下着などは如何ですか?」


「男性の下着はすぐにでもできます。女性用もブラジャーは以前にカンパニュラ王国から手に入れておりましたので、商品化はできております」


「月夜見さまへ発案料も支払っておりますよ」

「あぁ、そうでしたか。最近、その辺の確認をおろそかにしておりました」


 そうだった、もうお金が数え切れない程に貯まっていたのだったな。

お読みいただきまして、ありがとうございました!

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