22.この世界の服飾文化
ラナンキュラス王城に居て、少し気になることがあった。
グラジオラス王国でもエーデルワイス王国でも実は感じていたことだ。この三国は赤道直下にあり御柱がある。赤道直下だからいつ来ても暑い。とは言え、地球の赤道直下の地域よりは暑くはない。
恐らくこの星と太陽との距離が遠いのか、または太陽が小さいのかも知れない。でも、暑いことは暑い。その割には皆の衣装が厚着なのだ。日差しの強い南国では敢えて長袖を着るのはよくあることではある。
でも、生地も厚いのではないかと思うのだ。何故、それに気がついたかというと・・・
皆さん、汗臭いのだ。女性も含めて。きっと皆がそうだから慣れてしまって気がつかないのだろうな。でも正面切って臭いですよ。とは言い難い。どうしようかな。
城で昼食を頂いた後でシャーロット母さまをバルコニーへ誘い、景色を見るふりをしながら少し聞いてみた。
「シャーロット母さまの母国へ来て失礼なことを聞くのですが・・・」
「まぁ!失礼だなんて。何でも聞いて良いのですよ」
「あのですね。この城の人たちの衣装は生地が厚いのか、皆さん凄く汗をかいていると思うのです。何故、薄着をしないのですか?」
「あぁ。汗臭いのですね。そうなのですよ。私も常々、嫌だなと思っていたのです。でもそれはシルヴィア姉さまとジュリア姉さまのところも同じなのだそうです」
「やはり衣装の生地が厚いのでしょうか?」
「それもありますが重ね着をしているのがいけないのだと思います」
「何故、その様な衣装なのでしょうか?」
「私にも分からないのです。恐らく伝統で受け継がれているものだと思います」
「では、他の衣装を着ることはできないのでしょうね」
「そうでしょうか?知らないだけかも知れませんよ。ブラジャーは既に受け入れられているのですからね。でも女性は余計に暑くなってしまっているかも知れませんが」
「あぁ、そうですね。ブラジャーの当たるところに汗疹ができてしまい兼ねませんね」
「えぇ、そうなのです。何か良い案があるのですか?」
「いえ、僕は服飾については全く分からないのです。でも地球の服ならば暑い夏でも快適な服はあると思うのですが」
「またブラジャーみたいに地球の友人から引き寄せるのですか?」
「あ!その手があったか!」
「あーでも、見本があっても同じ様に作れるか分かりませんよね?」
「ラナンキュラスの様に大きな国であれば服飾工房の腕も良いのでできるのではないでしょうか?カンパニュラ王国の服飾店でブラジャーを作れたのですからね」
「では、各国にお伺いをしてみましょうか?異世界の衣服を参考にして、その国に合った新しく快適な衣服を作りたいと希望される国はありますか?と」
「希望すると申し出た国にはどうするのですか?」
「そうですね。地球の衣服を見本として差し上げますよ。それを参考にして独自の新しい衣服を作って頂ければ良いのではないでしょうか」
「それは良いですね。新しいドレスができるかも知れません。是非、お願いしたいです!」
「分かりました。では各国に打診してみましょう」
ラナンキュラスの国王にはシャーロット母さまからお話し頂いて、ネモフィラには僕が直接お話しする。それ以外の全ての国には月宮殿の船から伝達して頂いた。
シャーロット母さまとお父さんが月宮殿に帰る頃には、ほとんどの国から返答が集まっていた。やはり大きな国や服飾産業に明るい国だけが見本が欲しいと回答して来た。
僕は月宮殿にお父さん達を送ると、すぐにネモフィラへと瞬間移動して帰った。
僕は地球の友人、山本へ手紙を書いた。
こちらの世界の服飾の文明が遅れているので地球の洋服をサンプルとして用意して欲しい。北の国や冬を想定したものと赤道直下や夏を想定したもの、またその中間のもの。これらを男女、上下、下着から上着まで、全てサンプルとして二十着ずつ。それとファッション雑誌も入れて欲しい。
そしてそれらを一度に転移させるために必要な箱の大きさと、その箱はきっと大きくなるから山本の部屋では駄目だろうと思うので、他の場所を指定して欲しいこと。また、そこは僕が思い出せる場所にして欲しいことを書いた。あとは、その代金が前回送った金貨の何枚分になるか。品物が何日で用意できそうか。などだ。
これらの希望と質問を書き、返答はまた僕が引き寄せるので日時を指定し、この封筒に入れてテーブルに置いて欲しいと書いた。
そして念動力で手紙を山本の家に送った。
「シュンッ!」
さて、これで返事を待つばかりだ。
色々と希望が多かったので、一週間後を指定していた。そして指定した日時に念動力で手紙を引き寄せる。
「シュンッ!」
僕の手の上に、こちらから送った時と同じ封筒が現れた。恐らく便箋の枚数が多いのだろう。送った時よりも明らかに厚みが増していた。
拝啓
碧井 正道様
お元気そうですね。
六歳(三十一歳)になったのですね。
大慌てで服の選定と見積をしました。女性物は同じ科の高島女史に頼みましたが、快く引き受けてくれましたよ。彼女も碧井のことを応援してくれているし、そちらの世界の話を楽しみにしています。
それと、高島女史が服だけではなく、糸や布地のサンプルも入れた方が良いと言っていたので任せてあります。
転移用の入れ物なのですがダンボール箱四十箱位になるので、縦横二メートルで長さ三メートルは欲しいです。場所は碧井の分かる場所で広い所だと病院の屋上しか思いつきません。
雨が降る可能性を考えると、箱を送ってもらってから再びそちらへ戻すまでの時間を最小にする必要がありますね。警備員に見られても面倒ですからね。
代金は例の金貨四枚で結構です。高島女史が一枚は自分のコレクションにすると言っていました。
転移の日は四月一日十八時。一時間で箱詰めするので同十九時に引き取ってください。
あと、デジカメを入れておくので碧井の家族写真や空中に浮かぶ大地、低軌道エレベーターの写真を撮ってSDカードを送ってください。六つ歳食った俺達の写真を撮っておくからカメラの液晶で見てくれ。
そちらでも撮った写真のプリントがしたければ、プリンターも送りますよ。電源が合いそうにないので入力電圧が大きめのコンバーターも探しておきます。他にもパソコンとか欲しいものがあったら言ってください。
それと、そちらの世界なのですが、大学の同期にその様な話に詳しそうな奴が居たので、それとなく聞いてみたのだけど、それはパラレルワールドという奴ではないかと言っていたよ。
要するに次元が違うだけで地球とそちらの世界がすぐ隣り合っているのでは?ということらしいです。以前ならそんな話を聞いても信じなかったけど、今ならばきっとそうなのかも。と思っています。まぁ、詳しいことは分からないけれどね。
最後に。もっとこまめに手紙を書いてください。こちらからは連絡できないし、皆、そちらの世界のことが知りたくてうずうずしているのですから。
では、四月一日に待っています。
敬具
山本 拓也
便箋の他に服飾メーカーの見積書が入っていた。デジカメにパソコンか。あれば何かに役立つのかな?
早速、転移で使う大きな木箱をネモフィラの大工に頼んで作ってもらった。
考えた末に山本へもう一度手紙を書き、ノートパソコンとプリンター、写真用紙に普通紙も追加し、コンバーターも送ってもらうことにした。大金貨は二枚追加だ。そして、この手紙の封筒に全部の代金の大金貨六枚を入れて送っておいた。
そして、四月一日十八時。大きな木箱を僕が勤務していた大学病院の屋上へと飛ばした。
「シュンッ!」
ネモフィラ王城の中庭にあった箱が消えた。
一時間後、今度は地球から引き寄せる。大変な重さの筈なので、今までにない程強く集中して引き寄せた。
「シュンッ!」
「ズシンッ!」
重そうな音がして木箱が現れた。転移が成功した様だ。ちょっと手で押してみたが、びくともしない程に重い。中身がぎっしりと入っているのだろう。
木箱は側面の一面が扉になっている。箱を開くとダンボール箱がぎっしりと詰まっていた。箱にはマジックペンで大きく国名が書かれてあった。僕が送り先の国名を手紙に書いておいたのだ。向こうでもその方が仕分けし易いだろうと思ったのだ。
その中から、ネモフィラ(男)、ネモフィラ(女)と書かれた二つの箱を取出して中身を確認してみた。
まず女性用だ。スーツ、コート、アンサンブルの上下、ダウンジャケット、ウエディングドレス、フリース、セーター、メイド服、ワンピース、ミニスカート、ブラウス、ジーンズ、看護師用白衣、下着の上下セットやガードルが数種類、帽子数種類、靴下、パンスト、パンプスにハイヒール、ブーツにサンダルまで。よくこんなに集めたな、というくらい入っていた。
男性用には、スーツ、Yシャツ、ネクタイ、コート、革ジャンパー、セーター、ジーンズ、ジャージ、作業着、医師用白衣、下着にTシャツ、アロハシャツ、帽子数種類、靴下、ベルト、ブーツ、革靴、スニーカー、サンダルなどが入っていた。
更に布地や糸が数種類、ボタンやファスナー、フックのサンプルまで入っていた。
あとはファッション誌が男女別で、それに型紙や洋服の作り方の本もあった。
完璧だ。この仕事は高島女史だ。彼女の仕事はいつも完璧なのだ。これをするならあれが必要。あれがあるならこれも必要。みたいな気の回し方、段取りが完璧なのだ。本当にありがたい。
それから僕はこの地球の服の見本を必要とした国、二十か国に配っていった。
どこの国でも応接室の大きなテーブルの上に服や靴を並べ、端からどの様な用途で使うものなのかを特徴と併せて説明して行った。
服飾職人は勿論のこと、王や王妃、王子に王女も皆、目を丸くして驚き、そして感心していた。一国当り二時間程度、二十か国を一週間掛けて回った。
全ての服飾について発案料は一割だけもらうことにした。それは将来、莫大な金額になることは確実なのだが、この先なにかに使うのではないかとぼんやり考えてのことだ。
各国を回るついでに山本に頼まれていた写真を撮って行った。各国の王城と神宮、御柱と写っているか分からないけれど、最大望遠でオービタルリングも一応撮った。
カンパニュラ王国のグロリオサ服飾店から見た空に浮かぶ月の都の写真。僕が空に浮かんで航空写真の様にして撮った月宮殿、月宮殿の大型船、僕の父とその七人の妻、そして僕とお母さん、僕と小白とアルが並んでいる写真など沢山撮った。
各国を回り、落ち着いたところでデジカメとパソコン、プリンターだ。
どれも僕が生きていた時のものよりも格段に進化していた。ノートパソコンは薄くなり、デジカメも高品質で動画も撮れる様になっていた。
セットにはカメラの三脚、ライト、電源のコンバーターに電圧計もあり、ついでの様に小型のプロジェクターまで入っていた。皆で写真を観ろということか。
まずはデジカメを起動し、液晶パネルに撮ってある写真を表示した。まずは山本が撮った写真からだ。今、僕の後ろには、お母さん、侍女三人とステラリアが一緒に見ている。
「月夜見。それは何ですか?」
「これはカメラというものです。景色や人物、そこにあるものを写して保存するのです」
「よく分かりません」
「この中には地球の友人が写っていますのでお見せしますね」
一枚目の写真だ。病院の前で山本と高島女史が立っている。
「うわっ!人が居ますよ!」
「これが写真です。これが僕の友人で医師の山本と高島です」
「まだ若いのですか?」
「二人とも三十一歳ですよ。そして二人ともまだ結婚していません」
「え?では、月夜見もこの位の年齢で見た目だったということですか?」
「向こうで生きていたのは六年前ですから、もっと若かったと思いますけど」
「でも大人ではないですか!」
「そりゃぁ、そうですよ。僕は大人でしたよ」
「この後ろの大きな城は何ですか?」
「それは城ではありません。僕が働いていた病院です。こちらの神宮と同じものです」
「こんなに大きいのですか?何階まであるのですか?」
「えぇと、確か、十二階建てでしたね」
「十二階?そんなに階段を昇ったら疲れてしまいそうですね」
「いえ、船や御柱にある様な昇降機がありますから階段を昇り降りすることはありませんよ」
「へぇー凄いのですね」
二枚目の写真だ。
それは山本が新しい車を買った様で、その車の前で撮った写真だ。
「また、同じ人ですね。後にあるのは船ですか?」
「自動車という地面を走る乗り物です。空は飛びませんよ。中は小型船と同じ様なものですね」
「地面を走るのですか。変わっていますね」
変わっている?そうだね。常識が違えばそう思うよね。
三枚目の写真だ。
どうやら秋葉原へ行った時の写真の様だ。周りに多くの人が写っている。
「何ですか、この人の数は!」
「皆、髪の毛が黒いです!顔も何だか似ているみたいです」
「服装が変わっていますね!スカートが短いです!足が出てしまっていますよ!」
「後ろの建物が光っていますね。何でしょう?」
「これが私の言った、人を避けながら歩かないとぶつかってしまうという状態です」
「本当に沢山居ますね。男性の方が多い様に見えます」
「はい。この場所は恐らく、男性の方が多いでしょうね」
「凄いです!」
「では皆さんを撮ってみましょう。そこに並んでください」
三人の侍女をお母さんとステラリアで挟む様にして五人が並んだ。
「さぁ、撮りますよ!ハイ!」
「カシャ!」
「今、その箱が何か言いましたよ!」
「ははっ。それはシャッター音ですよ。さぁ、今の写真です」
「うわーーっ!私がこの中に入っちゃった!」
「まぁ!どうなっているのでしょう?」
「これは大丈夫なのでしょうか!怖いです」
「皆さん、大丈夫ですから。今の姿を写し取っただけですからね」
さて、あまり驚かせても仕方がないからこの辺にしておこうかな。
お読みいただきまして、ありがとうございました!