21.ひとりぼっちの小白
僕達がネモフィラに来てから一年が経とうとしていた。
秋も深まり冬の足音が聞こえ始めた頃、フォルランの乗馬に合格が出された。
「月夜見。湖まで乗馬しに行こうよ!」
「あぁ、そうでしたね。雪が降り出す前に行こうか」
月影姉さまがお休みの日に合わせ、ステラリアとお母さんの五人で出掛ける。
先頭を僕とアル。お母さんとソニアが走る。それに続いて月影姉さまとフォルラン。最後尾をステラリアが警備を兼ねて走る。僕の横には小白も並走する。
月影姉さまとフォルランの技量に合わせてゆっくりペースで走って行く。山々は秋の色から徐々に冬へと移り変わろうとしていた。秋の景色を楽しみながら四十分ほど掛けて湖までやって来た。
「フォルラン。上手になりましたね。疲れませんでしたか?」
「アルメリア叔母さま。大丈夫です。乗馬って楽しいですね!」
「そうね。上手に乗れる様になって良かったわね。さぁ、ここで少し休憩しましょう」
今日の侍女はステラリアが務めてくれる。敷物の絨毯を広げお茶の準備を始めた。
その間に馬たちに水を飲ませてから木に繋ぐ。そして馬たちは草を食み始めた。
「お兄さま。素敵なところですね」
「そうでしょう?お姉さま。最近疲れは溜まっていませんか?」
「まぁ!お兄さま。お医者さまみたいですよ」
「え?あ。まぁ、医者ですけれどね」
「そうでしたね。私は大丈夫ですよ」
「そう言えば、お姉さま。舞踏会ではどうだったのですか?」
「全然駄目でした!神宮の宮司だって分かった途端、皆さん引いてしまわれて」
「そうですか。でもまだ一回目ですからね」
「えぇ、また行きますわ!」
あれ?落ち込んでいないのだな。姉さまってこんなポジティブな人だっけかな?
その時だった。五頭の馬が一斉に首を持ち上げ、小白が耳を立てて馬たちと同じ方向を向いた。皆に緊張が走った。
すると、以前小白が出て来た方向から狼の群れが走り出て来た。恐らく二十頭は居るだろうか。
ステラリアが剣を抜き皆の前に出た。小白が低い唸り声を響かせる。
「皆、落ち着いて。大丈夫だよ。僕が話をするからね。刺激をしてはいけないよ」
『アル。ソニア。皆、落ち着いて。大丈夫だよ』
『小白。大丈夫だ。唸らないで』
僕はゆっくり浮かび上がるとステラリアの前に出た。狼の群れはよく見ると、一番大きな狼に見覚えがあった。僕は集中して念話を試みる。
『われのこか?』
『やぁ。久しぶりだね。そうだよ。小白はこんなに元気に大きくなったよ』
『そいつ なんだ?』
『くっていいか?』
『はらへった』
『やめんか!』
小白の親がどうやらリーダーの様だ。彼が仲間に一喝し、押さえ込んでくれた。
その時、小白が少しずつ彼らに近付いて行った。親の前まで行くと、親の匂いをクンクンと嗅ぎながら顔色を窺っている様な仕草をした。親も小白の匂いを嗅いだが「フンっ」と横を向いてしまった。
小白はしばし親の前でウロウロしていたが親は小白を睨み続ける。やがて諦めたのか、小白はすごすごとこちらに向けて歩き出し戻って来た。
『むすこ そだてた かんしゃする』
『うん。いいんだ。これからも大切に育てるよ』
『たのむ』
そして小白の親が群れの仲間を睨む様に見ると、彼らは後ろ髪を引かれる様に、こちらを何度か振り返りながら山へと戻って行った。
『小白、大丈夫かい?』
『つくよみ いる だいすき』
『そうか、ありがとう』
「お、お兄さま!い、今のは?」
「お姉さま。彼らは小白の親とその群れです。きっと小白の匂いに気付いて出て来たのでしょう」
「親子なのに小白を連れて帰らないのですか?」
「狼は群れで集団生活をします。一度、人間の匂いが付いてしまった小白は群れに受け入れることはできないのです」
「では、小白はこれからもひとりぼっちなの?」
「フォルラン。そうなんだよ。だから僕達が仲良くしてあげないとね」
「うん。小白は僕の友達だよ」
「ありがとう。フォルラン」
「フォルラン。良いですか。今日は月夜見が居て彼らとお話しができたから無事に済んだのです。この辺は彼ら狼の縄張りなのです。乗馬ができる様になったからといって絶対にひとりで来てはいけませんよ」
「はい。分りました。叔母さま」
「月夜見、小白の親はあなたに何を言っていたのですか?」
「小白を育ててくれて感謝する。そしてこれからも頼む。そう言っていました」
「そう。それは良かったわ」
「お兄さまが動物とお話しできて本当に良かったわ」
「さて、これで落ち着いて休憩できるね」
「ステラリア。緊張したでしょう。あなたも座って」
「あ、はい。お茶を淹れ直しましょう」
皆で景色を楽しんだ後、湖から貯水池まで水路の状況を確認しながら水路に沿って走り城へと帰った。
僕は六歳になり、ネモフィラでの二度目の春がやって来た。
王城の船の乗組員より、月宮殿から僕に来て欲しいとの連絡が入ったと聞いた。
そろそろ、シャーロット母さまの長女の詩月姉さまが十五歳の成人となり、ラナンキュラス王国の神宮へ派遣されるのだ。その送迎の相談だろう。
僕はお母さんに今日は帰らないことを伝え、ひとりで月宮殿へと飛んだ。
「お父さま。お久しぶりです。只今、帰りました」
「おぉ!月夜見。元気にしていたか?呼び出してすまんな」
「いいえ、詩月姉さまの成人の件ですね」
「あぁ。そうなのだよ」
晩餐の席で久しぶりに家族との会話を楽しんだ。
ネモフィラでの小白やアルの話、伯母二人の男の子の出産、お見合い舞踏会、最近あった子爵の性犯罪や奴隷制度の問題などを報告した。
「月夜見さま。私の姉妹に男の子を授けて下さり、ありがとうございます。それにしてもペリン子爵のことは驚きました。少し悪い噂は聞いたことがあったのです。ですが、そこまで酷いことをしていたとは・・・」
「はい。マリー母さま。被害者の女性を思うと辛いですね」
「でもその様な事件はどこの国でも起こり得る問題ですわね」
「そうですわね。ネモフィラの様に奴隷制度を厳しくする必要があるでしょう」
「それにしても、お兄さま。お見合い舞踏会は面白い試みですね」
「えぇ。月影姉さまも出席したのですよ」
「え?月影が?それは聞いていませんでした。それでどうでしたの?」
「残念ながら今回、お相手は見つかりませんでした。でも姉さまは前向きにまた出席すると話されていましたよ」
「そうですか。乗馬もできる様になったのでしょう?本当にあの子は幸せね」
「はい。マリー母さま。姉さまは元気にされていますよ」
「シャーロット母さま。詩月姉さま。ラナンキュラスへ出向いた際に、これらの案を国王に提案してみましょうか?」
「そうですわね。是非、お話ししてみましょう。月夜見さま。よろしくお願いいたします」
「お兄さま!ありがとうございます!」
「それよりも月夜見さま。マリー姉さまから聞きましてよ。なんでも大変な美人の剣聖を生涯の侍従にされたと」
「オリヴィア母さま。そのお話ですか。その方の母上の重い病を僕の能力で治したのです。そうしたらその父上が大変義理堅い方で」
「月夜見さま。ステラリアは父上に命じられたから侍従になったのではありませんわ。あれは明らかに本人の意思です」
「マリー母さまはステラリアから何かお聞きになったのですか?」
「いいえ。女の勘ですわ」
「勘?ですか・・・」
「え?そのステラリアという方は何歳なのですか?」
「彼女はアルメリアと同じ二十一歳ですわ」
「まぁ!二十一歳ですって?十六歳も上ではありませんか!」
「でも月夜見さまの精神年齢から言えば年下なのですね」
「ちょっと、待ってください。何かステラリアが僕の嫁になるみたいなお話になっていませんか?侍従ですよ?」
「まさか、本当に生涯に渡って侍従でいるなんてあり得ませんわよねぇ」
「それはそうですよ。月夜見さまが成人するのを待っているのですよ」
「私もそう思います」
「間違いないですわね」
「えぇ?ステラリアはそんな感じの女性ではないと思うのですが」
「お兄さま!もう結婚相手がひとり決まったのですね!」
「詩月姉さま。結婚なんて考えていないですよ・・・」
「え?でもお兄さまならば、妻は十人以上居てもおかしくはありませんよね」
「そうですわね」
「あーっ!それなら私もお兄さまのお嫁さんになりたいです!」
「だから、結月姉さま。兄弟は駄目ですからね」
晩餐が終わってもサロンへ移って遅くまで話していた。今日はこのまま月宮殿に泊る予定だ。自分の部屋へ帰ろうとするところをオリヴィア母さまに捕まった。
「月夜見さま。前にいつでも抱かせてくれると約束しましたよね?」
「え?あの話はまだ続いていたのですか?オリヴィア母さまには、条風が生まれたではありませんか」
「それはそうですけれど。月夜見さまの可愛さは別格ですから。ネモフィラへ行ってしまって寂しかったのですよ。もう、今夜くらいしかないではありませんか。お願いします」
「そ、そうですか。分りました・・・」
そのままオリヴィア母さまの寝室に引っ張って行かれベッドに直行された。
「さぁ、添い寝してくださいまし!」
そう言って抱きしめて来た。オリヴィア母さまは大変なグラマーだからちょっと驚いてしまう。お母さんとはまた違う香りがするし、やけに艶めかしいのだ。
僕はまだ六歳だから身体は反応しないものの内心は穏やかではない。母さまとは呼んでいるが実質は他人なのだから。
しかも抱きついて来るだけではなく色々なところを触って来るし、頬にキスまでしてくる。これって良いのだろうかと段々心配になってくる。
「オリヴィア母さま。僕がこれ以上成長したら、もう添い寝はできないですからね」
「えっ!どうしてですか?」
「そりゃぁ、身体はまだ六歳ですから何も反応しませんけれど、心はもう三十一歳なのですよ。しかもオリヴィア母さまとは実質は他人なのですから」
「まぁ!そこまで考えていながらも添い寝してくださっているのですね!」
「それは、考えますよ・・・」
「嬉しい!では月夜見さまは私のことが好きなのですね?」
「え?好きかと聞かれたら・・・それは好きですよ」
「では七人の夫人の中では誰が一番好きですか?」
「え?お母さまは除くのですよね?そうですね・・・やっぱりオリヴィア母さまですね」
「嬉しい!」
「うっ!そんなに抱きしめたら苦しいです!」
もう情熱的過ぎるよ。
翌朝、明け方に目が覚めた。オリヴィア母さまはわざとなのか胸を開けて、生で僕の顔に押し付けていた。まぁ、でもきれいな胸をしている。これで三人子を産んでいるとは思えないな。などと考えながら折角なので乳房を透視して乳癌検査をしておいた。
ひとりベッドから抜け出すと、まだ日が昇っていない空を見上げ月を探した。
月は西の低い空に浮かんでいた。東の空が白み始めると、星の姿がひとつ、またひとつと消えていく。その有様をただ見つめていた。
詩月姉さまが旅立つ日となった。出発間際、姉さまは弟の蘭秋との別れを惜しんで長いこと抱っこしていた。シャーロット母さまに促され、漸く諦めて船に乗った。
月宮殿から船ごとラナンキュラスの御柱まで瞬間移動した。何度見ても低軌道エレベーターは見慣れない。この建造物がこの世界に存在するというのは違和感が強過ぎる。
そう言えば、お爺さんが今度、宇宙まで行けるエレベーターがあるか見に行こうと言っていたが忘れていた。まぁ、宇宙まで行けたところで何もしたいことがないからだけど。
そしてラナンキュラスの神宮へ入る。ここの宮司はやはり伯母さんに当たる人で、月虹伯母さまという人だ。三十歳代前半位に見える。オリヴィア母さまやシャーロット母さまと同じ位の年齢なのではないかと思う。やはり独身なのだろうか?聞けないけど。
ここでも月虹伯母さまが地方の神宮へ移り、詩月姉さまが王都の神宮へ入るそうだ。
その後、シャーロット母さまの両親である王と王妃に謁見し、お見合い舞踏会や奴隷制度の法改正の提案をさせてもらった。王は素直に聞いてくれて宰相へ法改正と舞踏会の企画を命じていた。
この世界も少しずつだが、良くなっていっている様に思う。
お読みいただきまして、ありがとうございました!




