15.ルイーザ姉さまの恋
ネモフィラ王国に初夏が訪れた。
ミモザたちは体力を付けた上、一か月の礼儀作法の研修を経て無事それぞれの希望の職場へと配属された。
話を聞いたところ、四人は成人している訳ではないので、皆の妹として位置付けて、遊びながらお手伝いをしてもらうこととなったそうだ。四人とも張り切っていて少しは役に立っているとのことだった。
ローレル家の三人の妻の子は、三人ともに男の子だった。ローレル家は大変なお祭り騒ぎとなった。世継ぎ争いには関わりたくないのでお祝いだけ告げ、早々にお暇した。
それはそうとお母さんがそわそわしていた。
「月夜見。私、行きたいところがあるのです。あなたも一緒に行きませんか?」
「お母さまが行きたいところですか。どんなところなのでしょうか。勿論、行きますよ。二人で行くのですか?」
「いいえ、ニナたち三人と月影、姉の子たち、それにステラリアも連れて行きましょう」
週に一度の侍女が三人とも出勤で月影姉さまがお休みの日の午後、僕たちは出掛けた。
王宮の小型船に皆で乗り、荷物室に小白も乗せた。絨毯やお茶の道具にお菓子も積んで。
ステラリアの操縦で二十分、ゆっくりと飛んだ先にそれはあった。湖は城から北の方角だったがこちらは西の方角だ。
森を抜けた先に広い丘が現れた。その丘一面にネモフィラの花が咲いていた。ネモフィラの花はその花弁が青く、花の中心は白くなっている。その青色が丘全体に広がって真っ青に見えた。その丘の左右の林の新緑が額縁の様になり、まるで絵画の様だった。
「お母さまが見たかったのはこの風景なのですね」
「えぇ。素晴らしいでしょう?」
「はい。とても・・・」
「本当にきれいですね!」
「こんなに美しいところへ来たのは初めてです!」
「夢の世界みたいです」
「そうでしょう。夢の世界みたいですよね」
夢の世界か・・・確かに。同じ花がこれほど沢山、絨毯の様に美しく咲く場所なんて、自分は見たことがない。植物園とか公園みたいに管理された場所ならあるのかも知れないけど。
船から二人ずつ手を繋いで空中を浮遊し、地上へ下ろしていった。持って来た絨毯を花の少ない木々の下に敷き、皆で座ってお茶を頂いた。小白は嬉しくてしばらく走り回っていたが、やがてハァハァ言いながら僕の横で寝ころんだ。
「このネモフィラがあるから国名がネモフィラ王国なのですか?」
「ネモフィラの花が先か国名が先かは分からないみたいですね」
「あぁ、そうか。国名がネモフィラ王国だからネモフィラの花を沢山植えようとした。ってこともある訳か」
「ここの花は毎年、種を蒔いているそうですよ」
「そうなのですか、これだけの広い場所に!凄いですね。それにしても美しい。この花の色は好きだな」
「この青はこの国の色々なところで使われていますね」
「あぁ、ステラリアさまの騎士服の青もこの色なのですね」
「そう言えば、前に月夜見がステラリアに贈ったドレスもこんな素敵な色でしたね」
「えぇ、そうです。それで僕もそのドレスが気に入ったのだと思います」
「まぁ!ステラリア、聞きましたか?あなたは幸せ者ね」
「は、はい。ありがとうございます」
「まぁ!お兄さまが、ステラリアさまにドレスを?私、知りませんでした」
「えぇ、月影は見ていませんからね」
「まぁ!残念。そのドレス。見たかったわ!」
「そうだわ、七月にルイーザの成人のお披露目があるわ。そこで着れば良いのよ」
「え?私がドレスを着て出席するのですか?それでは月夜見さまの護衛になりません」
「その日は護衛ではなく、侍従として付けば良いのですよ」
「まぁ!それは楽しみですね」
「で、でも、恐らく、そのお披露目には私の両親が出席するかと・・・」
「まぁ!ご両親に見せたくないのですか?」
「い、いえ、ちょっと、その。何か言われるかと思うと・・・」
「ステラリア。大丈夫です。僕の隣に堂々と立てば良いのです。もし、失礼なことをいう様でしたら僕が黙っていませんから。安心してください」
「月夜見さま・・・」
「まぁ!お兄さま!もしかしてお二人はもう婚約されたのですか?」
「そ、そんなことある訳ないでは御座いませんか!」
ステラリアが真っ赤な顔をして狼狽えている。
「そうなのですか?でもお兄さまの今のお言葉はその様にしか聞こえませんでしたが」
ルイーザが呟く様に言った。
「皆もこれで分かったでしょう?月夜見に貴族の常識は通用しないのですよ」
「あ!そうでした!失礼致しました」
「えーっ?ではその様なことになっても、ステラリアのご両親を言い負かす様なことはしてはいけないのですか?」
「そうですね。月夜見の立場であれば、しても良いのですよ。でも今の様に周囲に誤解はされるでしょうね」
「そ、そうですか・・・気をつけます」
その後も和やかな時間が流れ、他愛のない会話を楽しんだ。
その後、ルイーザ姉さまは成人のお披露目を控えて慌ただしかった。
ルイーザ姉さまはシレーノスお婆さまの遺伝の効果が出始めたのか、あれから半年でブラジャーのサイズがAからCカップへと自然に成長した。
本人はそれでも満足できない様だったので、僕の提案でブラジャーの寄せて上げる効果とドレスのデザインで何とかしようということになり、僕は姉さまをグロリオサ服飾店へ連れて行くことになった。
勿論、皆の前で「胸を大きく見せるドレスにしてくれ」とは言えないので、お姉さまを連れて行く前に、僕が一度グロリオサ服飾店に飛び、アリアナにお姉さまの髪や瞳、肌の色、身長や体格それにお姉さまの侍女から聞きとりしたブラジャーのサイズを伝えてお姉さまの希望に合うドレスを用意してもらった。
アリアナもその辺はよく心得ている様で、すぐに理解してくれたので助かった。来店日時も事前にアリアナに伝えておき、姉さまの侍女も引き連れて王家の小型船で店まで瞬間移動した。
店の前には従業員一同が、深々と頭を下げて待ち構えていた。流石に北の大国の王女の来店であるので、最上級のもてなしが必要な様だ。
「お初にお目に掛かります。王女殿下。ようこそ、お出でくださいました。私は当グロリオサ服飾店の店主、アリアナ グロリオサに御座います」
「ネモフィラ王国王女、ルイーザ ネモフィラです。よろしく」
「さぁ、こちらです」
応接室にて最上級のお茶でもてなされ、ドレスの説明が始まる。
「こちらが当店の夏の新作で御座います」
「まぁ!素敵!」
「ありがとうございます。こちらは、胸をより華やかに強調するデザインとなっております。特に月夜見さまの発案にて作られた下着によって、通常よりも胸が美しい形に見えるのです。更には、この新しいスカートの装飾により、主役である殿下のお姿をより華やかに演出できるもので御座います」
「まぁ!素敵ね!是非、試着してみたいのですけれど」
「はい。勿論で御座います。こちらにご用意ができております。お付の方もご一緒にどうぞ」
「お兄さま、失礼致します」
「お姉さま、どうぞごゆっくり試着して来てください」
しばらくしてアリアナがルイーザ姉さまを連れて来た。
「お待たせ致しました。さぁ、如何でしょうか」
「お兄さま。どうでしょう?」
そのドレスはピンク色だった。でも派手でもなく子供っぽくもない。艶の無いピンク色だ。そしてその色は姉さまのブルネットの髪や茶色の瞳にとても似合っていた。
そして何といっても胸だ。本当はCカップなのにEカップのボリューム感があった。
ドレスに浮き出る胸の形も美しく表現され、ウエストはきれいに絞られている。スカートは腰の部分に大きく華やかなリボンが付いている。
「お姉さま!素晴らしいですね。とても可愛いのに大人な雰囲気で、お姉さまの髪や瞳の色とも調和していますね。そして何よりも胸元が美しいです」
「本当ですか!お兄さま!」
「えぇ、こんなに美しいなんて本当に驚きました」
侍女に子声で聞く。
「ちょっと大袈裟だったかな?」
「いえ、丁度良いです。大変助かります!」
「お兄さま、素晴らしい服飾店をご紹介頂き、ありがとうございます」
「アリアナ。お姉さまも満足された様です。素晴らしいドレスをありがとうございます」
「まぁ!お気に召して頂き光栄で御座います。ありがとうございました」
お姉さまは上機嫌でネモフィラへ帰ることとなった。
でもこのドレスって男を騙すことにはならないのだろうか・・・
ルイーザお姉さまの成人のお披露目が近くなった。
僕は余計なお世話に奔走した。まずは、姉さまのお母さんはエーデルワイス王国の第一王女だ。だからお姉さまにとってのお爺さんとお婆さんである、国王と王妃にも出席して頂こうと考えた。それには、エーデルワイス王国の第二王女である、ジュリア母さまに相談しに行く。
ひとりで月宮殿に瞬間移動し、お父さんとジュリア母さまに相談した。勿論、ルイーザ姉さまの伯母のマリー母さまにも打診する。
ジュリア母さま、マリー母さまともに賛成の上、出席を申し出てくれた。他のお母さま達も、子供たちの面倒は見ているからと、行って来る様に後押ししてくれた。
そこで今度は、ジュリア母さまと瞬間移動でエーデルワイス王国へ飛び、国王と王妃に出席を打診した。王と王妃も快く日程を調整してくれた。
当日は勿論、僕がネモフィラの小型船を使い、まず月宮殿でジュリア母さまとマリー母さまを乗せエーデルワイス王国へ飛び、王と王妃を乗せてネモフィラ王国へ飛ぶこととなった。
そしてお披露目の当日。
招待されたネモフィラ王国の貴族全員、既に到着し大広間へと入った。
それを確認してから僕は月宮殿の二人を迎えに行き、続けてエーデルワイス王国の王と王妃を迎えた。でも時差の関係でかなりの早朝に迎えることとなった。
そして全て瞬間移動なので十分も掛からずにネモフィラ王国へと戻って来た。
ネモフィラ王国の王と王妃、ステュアート伯父さん、オードリー伯母さんとお母さんが出迎える。
早速、大広間へ案内し一同へ紹介される。
「本日の国賓のご到着です。エーデルワイス王国アーサー エーデルワイス国王さま、イヴォーン グロキシニア エーデルワイス王妃さま、月光照國より、マリー ネモフィラさま、ジュリア エーデルワイスさま、アルメリア ネモフィラさま、そして月夜見さまに御座います」
「おぉー!」
続けて、ネモフィラ王家の面々が舞台へと登壇し、最後にルイーザ姉さまが紹介される。
「この度、ネモフィラ王家で新たに成人となられました。ルイーザ ネモフィラさまです」
舞台の袖より、ルイーザ姉さまが登場する。例のドレスを着こなし、化粧もされている。
「おぉー!」
「なんてお美しい・・・」
「まぁ!お綺麗ですこと」
会場中がお姉さまの美しさに息を飲み、感嘆の声が響いた。うん。大成功だな。
その後、王の挨拶があり、立食パーティーが始まった。舞台には王家の者が座り、招待客が次々と舞台へ上がってお姉さまと家族にお祝いの言葉を述べている。
僕は招待客の側なので、舞台上に縛られてはいない。早速、偵察行動に移る。まずは、舞台袖に居るルイーザ姉さまの侍女を探し、すぐに見つけて小さな声で話し掛ける。
「あの」
「あ!月夜見さま。如何されましたでしょうか?」
「お姉さまのお目当ての男性とは、どこの馬の骨・・・じゃなかった殿方ですか?」
「あ。それは、ロビン クリューガーさまです。公爵家のご長男で御座います」
「ここから見えるところに居ますか?」
「ええと。あ!あそこにいらっしゃいます。次に舞台に上がられようとしている方です」
「あぁ、あの金髪で緑の瞳をした?」
「はい。左様です」
「分りました。ありがとう」
ふむ。あの男か。まぁ、イケメンではあるのかな。線は細そうだが、あれがお姉さまの好みなのか。暫く観察してみよう。僕は舞台の袖に上がり物陰からそのロビンとやらに集中して心を読むことにした。
ロビンは舞台に上がると、ずっとお姉さまを見つめている。
『あぁ、今日のルイーザさまは一段とお綺麗だな・・・』
『どうしよう。僕なんて相手にしてもらえるだろうか?』
『用意したプレゼント。喜んで頂けるかな?』
ふーん。なんだ。ロビンもお姉さまが好きなんじゃないか。ちょっと自信がないのだな。
でもプレゼントも用意しているみたいだし。それをお姉さまが喜べばめでたしめでたしなのかな。
さて、ロビンの番がやって来たぞ。
「ルイーザさま。本日は成人、おめでとう御座います。こちらは心ばかりの品で御座います。お受け取り頂ければ幸いで御座います」
「ロビン クリューガーさま。ありがとうございます。中を拝見しても?」
「はい。どうぞ!」
「まぁ!素敵なネックレスですこと!とても気に入りました。あの、今つけてくださいますか?」
「本当ですか!はい。すぐに」
お姉さまの首に手を回してネックレスをつけている。ロビンの手が震えていた。何と初々しいこと。
「素敵!素晴らしいネックレスをありがとうございます!」
「あぁ!お喜び頂けて幸せです」
「まぁ!ロビンさまったら・・・ふふっ!」
「あ、あの!ルイーザさま。後でダンスのお相手をお願いできますでしょうか?」
「はい。勿論!喜んで!」
あぁ、熱いな。この世界は十五歳でこれなのか。
お読みいただきまして、ありがとうございました!